第3話 「力を貸して」
「はぁ………」
今は自身の部屋にある一人用ベッドの上で横になっていた。天井を見上げ、重いため息を吐く。
「一体、なんだったのかな。月海さんは何かわかっている様子だったけど、聞いても答えてくれなかったし……」
そう言葉を零すと、体を横にし目を閉じた。
「まぁ、佐々木さんが何を考えていても、それがあの人の考えなら私からは何も言えない。私がやるべき事は、もう一人の月海さんと交わした約束を果たすだけ」
「自由を手にするために、私は殺されてみたい」と、最後に言葉を零した。
悩まし気に瞳を揺らすが、そんな茶色の瞳はゆっくりと閉ざされる。
時計の音が彼女の寝息と共に流れ、時を刻む。静かな空間に、外を自由に吹いている風の音が響いていた。
☆
次の日も同じく、授業が始まるまで暁音は自身の席で本を楽しんでいた。だが、集中できておらず、何度も読み直している。時々顔を上げ、ある人物を横目で見ていた。その人物とは、友達と楽しく話している亜里沙。
地声が高いからよく響き、笑い声は明るく活発な印象を与える。人を元気にさせるような人柄なため、自然と人を集めていた。
今だけで彼女の周りには五人の女子生徒がいる。みんな楽しそうに笑い声をあげながら話していた。
「見た感じだと普通だ。よかった」
安心したように息を吐き、再度視線を手に持っている本へと戻す。その際、垂れている髪を耳にかけ直した。
亜里沙は楽しく話しており、笑い声をあげる。だが、みんなが自身から目を離したのと同時に、右手で自身の左腕を強く掴んだ。その手は少し震えており、何かに耐えているような表情を浮かべている。口を閉ざし、目線を落とす。
「笑っていれば……、それが私だ」
そんな言葉は、教室の騒がしい声によりかき消されてしまった。
☆
放課後。暁音はいつものように旧校舎に向かっていた。だが、今回は一人じゃない。
「…………何か用?」
「特に何も無いんだけど、やっぱり気になってしまって」
「早く帰った方がいいよ」
「やっぱり、ダメかな……」
「私的にはどっちでもいいけど」
「やった」
暁音の後ろを亜里沙が付いてきていた。
質問した彼女だったが暁音の返答を待っている間、不安で瞳を揺らし、胸元に右手を置いている。そんな様子など暁音は気にせず、いつものように淡々と返してた。
最後の暁音の言葉で亜里沙はパッと笑顔になり喜んだ。その笑顔は心からのものではなく、作っているようにも見える。だが、暁音にはそれが分からない。何も気にせず、案内するように旧校舎へと足を踏み入れた。
二人はお互いに何も発する事なく、無言のまま旧校舎を歩く。
埃まみれの廊下を、暁音は当たり前のように進む。後ろからついてきている亜里沙は、旧校舎が放つ異様な空気を感じ取ってしまい、体を自身の両手で包み震えながら歩く。
月海が居る教室に辿り着き、ドアを開け中へと入る。前回同様、月海の姿はなく暁音は溜息をつき真ん中にある机へ鞄を置いた。
「あの、答えたくなかったらいいんだけど。なんで鈴寧さんはこんな所に来るの?」
「ここで悩み相談所を設けているから」
「え? 悩み相談所?」
「そう。まぁ、私が悩みを聞くわけじゃないんだけど」
「どういうこと?」
「そのうちわかる時が来るかもしれない」
曖昧な言葉をこぼしながら、暁音は教卓に目線を向ける。
そんな彼女の考えていることが分からないらしく、亜里沙は首を傾げた。
「うーん? えっと。とりあえず、貴方以外にも人がいて、ここで相談場を開設しているってことだよね?」
「そうだよ」
「お金取るの?」
「取らない」
「そうなんだ」
そんな会話を交わしていると、色んな所に興味を持ち始めた亜里沙は、周りを見回しながら歩き始める。
暁音の隣を通り抜けようとした時、足元を見ていなかったため、彼女の鞄が乗っている机を蹴ってしまい落としてしまう。運悪く、チャックが開いてしまっていたらしく、中身が出てしまった。
「あ、ごめんなさい!」
亜里沙が慌ててしゃがみ、手を伸ばす。
暁音は「大丈夫」と言いながら一緒に拾う。その際、亜里沙の手首が目に入ったらしく手を止めた。
「…………ちょっとごめん」
「え、ちょっ──」
いきなり亜里沙の腕を掴み袖を上げた。いきなりのことで反応出来なかった彼女は、声を上げるだけ。
「貴方……」
「っ……」
袖を上げた亜里沙の手首には、リストカットの痕がくっきりと残っていた。
「これ……」
「こ、これはただ転んだだけ!」
「いや、でもこれは――」
「あ、私この後用事あったの忘れてた! 鞄を落としてごめんね! それじゃ明日!」
「え、待っ──」
掴まれていた手を振り払い、亜里沙は笑みを張りつけたまま逃げるように教室を出ていってしまった。
暁音は止めようと追いかけるが教室から出る直前、後ろからの低い声に止められる。
後ろを向くとそこには首に手を置き、コキコキと音を鳴らしながら立っている月海の姿があった。
眠たそうに欠伸をこぼし、涙を拭く。そんな姿の彼を見て、暁音は冷静になるため胸元に手を置き、深呼吸した。
「私、余計なことを言ってしまったわね」
「本当だね。リスカする人の心境は様々。不本意に問いかけるのは得策じゃない」
「ごめんなさい」
「僕に謝ったって意味は無いでしょ。僕が実際に言われたわけじゃないんだから」
「そうね」
表情が変わらないため、落ち込んでいるのかわからない。そんな暁音を目の前に、月海は淡々と言葉を繋げつつ窓側にある椅子に腰かける。それと同時に閉まっていたカーテンを開けた。
背筋を伸ばし、窓を見上げる月海は夕暮れの光も加わり綺麗に映る。
元々顔が整っていない訳では無いため、普通にしていれば美青年だ。
「リスカをするほど悩んでいるということですか?」
「それは本人しか分からないよ。興味本位でやる人もいるし、本当に重い悩みを抱えている人もいる。でも、それは自ら話そうと思わなければ人に伝えることなんて出来やしない。誤魔化されて終わり」
「どうすればいいの? もっと距離を縮めればいい?」
「仲良くなってからリスカに走っているならいけるかもしれないけど、リスカをしている人と仲良くなるのは簡単じゃないよ。その人は、人を信じるのが怖い人かもしれないし、心から他人を信じるのが難しいかもしれない。それに、今回の人の場合、自分で間違った発散方法をしている可能性がある。簡単には聞けないよ」
暁音は冷静に口にしている月海の隣に立ち、同じ景色を見る。
「ねぇ。あの子の心は切れそうなんですか?」
「伸びきってはいるよ。正直、一度切った方がいい」
「それ、修復できますか?」
「…………君の相棒の力を借りれば出来ると思うよ」
「…………私、何をすればいいですか?」
「実行するの?」
「はい。あの人を助けたいと考えています」
「また始まった。君のそういうところ、本当に嫌い」
「どういうところなのか分からないのですが、私は言われたことを実行しているだけですよ」
「はいはい」
そんな会話を交わした二人。すると、いきなり暁音の後ろに黒いモヤが現れ、そこから少年姿の何かが現れた。
「アカネちゃん、僕の力を利用する?」
その声は嬉しそう跳ねており、振り向いた彼女は表情一つ変えずに頷いた。
「うん。君の力が必要みたい。また、力を貸して? 悪魔の力を──」
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