2章:夏祭 第11話

 祭典が済み、いよいよ江ノ島へ帰ってゆく神輿を見送る段になって、副官が担ぎ手に加わろうとしないのを、鷲頭はふしぎがった。


 「いいんです、ぼくはいつも小動に残っていますから。それに今年は、おふたりが居られるので、宴会を派手にやるって言って、叔父がきかないんです。ぼくもこれから支度を手伝うので、艦長は祭を堪能してきては?」


 加藤はとっくに神輿へくっついていって、街へ出かけていったが、鷲頭は出かける素振りもなく、まだ嵩利と一緒にいる。


 「いや、私はこのままきみと一緒にいる」


 神妙に社へ参拝しおわったあと、岬の方へ行ってふたりきりで海を眺めた。沿道から囃子太鼓の音がかすかに聞こえてきて、その他は波の音だけがある。


 岬の下は岩場のかげに隠れて、ひとの目に触れぬ場所があった。


 ひっそりとした浜へ目をつけ、鷲頭は副官の手をひいてそこへ歩いてゆく。波に濡れていない砂は驚くほど白くて、裸足で歩けば、まるで絹地のように滑らかに触れる。


 「あの、艦長…」


 「何だ?」


 「先刻のこと、もう一度聞かせてくれませんか?気になって…」


 僅かな間の甘い時間を共にするだけのはずが、もうすっかり、この副官に惚れてしまっている。親友に焚きつけられ、押しこんでいた想いを、吐き出してしまったあの夜から、どうにも落ち着かない。


 表情に出ているのは、それから来る苛立ちで、情欲を堪えているせいでもある。もちろん、そんな内心の葛藤など、副官が知るわけもない。


 目の前でただ不安げに首を傾げて、鷲頭をじっと見あげてくる、そのまなざしが堪らない。


 「二度は言わんちゅうたはずじゃ。教えちゃらん。…ところで、祭も終わらんうちに、神に身を捧げた者に手を出すちゅうのは、いただけん行為か?」


 「そんな大袈裟なことじゃありません…。それに、ぼくには艦長だけです。ちゃんと神社で先に階段を登って…、手をとってぼくを迎えてくださいましたね。今日は祝詞の最中ずっと、それが嬉しくて仕方ありませんでした」


 「私としては、神からきみを奪い返す心境なのだが」


 と言うと、副官はくすくすと笑いだした。その隙に両腕へからだを閉じ込めてしまう。仰け反らせた喉へ吸いつくように口づける。


 「ぁ…っ、艦長…こんなところで…」


 袴紐を解いて、波の届かぬ岩場へ放ると、帯を緩めて単をもろ肌に脱がせる。降らせるように露わにした肌へ唇を落として、羞恥に震える様を愉しんだ。


 時に歯をたてて、襟で隠れぬ場所を吸い、痕がつくかつかぬか、際どいことまでしてのける。


 副官がどう思っているにせよ、軍務に就いているときは、それこそ厳正な大佐の振る舞いしかしないが、別の顔を持っている。


 鷲頭のヰタ・セクスアリスの面は、少なくとも奔放ではないにしても、言ってみれば貪淫ではある。己の欲の儘に食指を蠢かせ、相手を溺れさせる手管も心得ているが、それは徒には用いない。鷲頭の誠実さ、真剣な思いの発露として、一度きりの契りでさえ濃厚な行為を施す。誠意のうちに篭った熱情が噴出するようにして、そのときにあらわれる。


 「―もう一度抱いたら、触れないと言ったが…」


 裾を割って、遠慮なく内腿を撫であげながら、耳もとへ囁くと、副官は細く声をあげて身を捩った。


 「このまま、私の傍にいてくれる気はないか」


 まるで二年前と全く同じ口調で、誘うように訊く。但し、臀の肉を鷲掴みにして揉みしだいている点は、全く別だったが―。こうして、弄ぶようなものにみえても、鷲頭の発している副官に対する言葉とこの行為は、今までの“それ”とは違っている。


 吊り上げるように抱きかかえたあと、砂浜へすッと腰をおろして胡坐をかいたうえに、副官を座らせる。背後から抱きすくめ、うなじへ舌を這わせ、耳朶を噛みつつ、胸をまさぐって執拗に乳頭を捏ねくりまわす。


 「ァ…あっ、や…ッん…あっ、あぁ…」


 ぷくり、と指のあいだで膨らみを増した乳頭を、なおも弄り続ければ、副官は忽ち囀りはじめる。快楽に反応し、小刻みに跳ねるからだの振動が、密着した鷲頭のからだに伝わって、たちまち蹂躙したいという衝動が生まれてくる。これも、鷲頭の悪い癖である。


 ただ手に入れたいとおもっているのではないにしろ、副官のあまりに素直な反応には、ある種の征服欲が湧いてきてしまう。


 「どうだ、千早大尉…?」


 「か、艦長…それは、その意味は―ァあっ!」


 「建前でも何でもない、きみに惚れたからだ。一夜の契りなどと言って、綺麗事で片付けたくなくなった。幾度でもこうしていたい」


 「そ…そんな…、ぼくはどうしたらいいのです。もし、艦長を貶めるようなことになったら、取り返しがつきません。何も…何も知らないのに、ぼくのせいで何かあったら―」


 快楽に浮かされつつも、副官は激しく首を振った。その方面では、世間慣れしていないだけに、どこで尻尾を出してしまうか、怯えている。それも、己のことより鷲頭を案じて。


 「心配するな。これから、じっくり教えてやる。それで―どうなんだ、返事は?」


 肌を撫でまわす手つきに余念がない。副官は吐息が荒くなるのを辛うじて堪え、膨れ面をする。


 「狡い…ですッ、こんな状況で迫るなんて…。艦長が考えていたようなひとじゃなかったのは、今更言うまでもないけど…。でもぼくは、いま…このせいで、口説かれたわけじゃないですからねっ」


 可愛らしい言い草に、鷲頭は忍び笑いを漏らして、肩を震わせてひとしきり笑った。


 「今のは褒め言葉と受け取っておくよ。その狡い男に襲われて、可愛く鳴いているのでは、口説かれたも同然だろう」


 「もーぉ!」


 すこしばかり意地悪を仕掛けると、こどものように怒った顔をする。それすらも愛しくおもう。鷲頭はすっかりむくれてしまった副官を宥めるように、乱してしまった淡いろの単を丁重な手つきで直していった。そうして今度は包みこむようにやさしく抱きしめる。こんなに穏やかに心からひとを抱きしめられたのは、初めてかもしれなかった。

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