第4話
お盆が過ぎ、暗号を受け取った時よりも、蝉の合唱は穏やかになっている。
結局、僕らはその後も特に進展もなく、例年通りの夏休みを過ごした。祭は残された二つの暗号を解読したようだけど、それを僕に伝えようとはしない。今まで小さな秘密も共有してきた仲なのに、祭だけが知っていて僕に黙っている状況は不満しかないけど、アイツにもアイツなりの事情があるんだろう、と思うことにした。
最近、ニュースではもっぱら、今回の事件で明らかになった『日本黎明学会』の話題ばかりだった。
日本黎明学会は、悪魔だとか精霊だとか古のものとか、そういうオカルトチックなものと交流したりすることで、世界を救済しようとしていたらしい。取り調べによりと、叔父は日本黎明学会が犯した殺人罪を負わされただけでなく、学会にとって不都合な事実を知ったために、拉致されてしまった。
しかし、叔父が知ってしまった「不都合な事実」は未だにハッキリしていない。叔父は拉致事件の影響か、記憶が混濁していて、学会の人たちも取り調べでは「悪魔は本当に存在した!」と錯乱状態の者が多く、まともな会話ができないと報道されている。
でも、そんな非日常は僕らの夏休みには関わっていないくて、僕らの小学生最後の夏休みは例年通りのゲームと水泳と公園遊びばかりの毎日だった。
僕の部屋でゲームをする祭の後ろで、扇風機の風に当てられながらドリルの問題を進めていく。部屋の中には扇風機の微かな音と、祭のゲーム機から発せられる電子音だけが響く。
「そういえば、叔父さんが戻ってくるんやって?」
ゲーム機を汗ばんだ両手で握り締めながら、祭が問いかける。その顔には緊張の色が浮かんでいて、いつもより表情が硬かった。僕は不自然な様子の彼に気付いていないフリをして言葉を返す。
「うん、今日退院して家に来るよ。ちょっと記憶障害? みたいな後遺症はあるらしいけど」
「へえ」
気の抜けた返事をして、いつものようにゲームの操作を始めるけど、やはり今日の祭はどこか様子がおかしい。
「ねえ、祭。大丈夫? やっぱり暗号のことで、なんかあるの?」
「暗号のこと、叔父さんには何も言うなよ。報酬の話もなしや。絶対に言うな」
「はあ〜?」
やっぱり変だ。何か訳があるはずだと思い、僕はさらに追及しようとした瞬間、玄関の扉が開かれる音がした。きっと叔父さんだ。僕は起き上がり、自分の部屋を出て玄関に行こうとすると、後ろからTシャツを引っ張られた。
「ここで待っとき。待ってれば来る」
祭が言っていたように、しばらく待っていると部屋の前の廊下を歩く音と、扉をノックする音が聞こえた。扉が開かれると、やはりそこには叔父が立っていた。
「久しぶりだね、二人とも。心配かけてごめんね。元気にしてた?」
叔父は小さく手を振り、部屋に入ってきた。
青白い顔色のせいで、体調が良いようには見えない。でも顔色と表情がどこか不安そうなだけで、声音はいつもと同じだった。
叔父は部屋の隅に座り込んでいた祭に歩み寄る。そして祭の目線に合わせるように屈んだ。
「ありがとう、石黒くん。君が最初に暗号を解いてくれたんだって?」
「いえ、別に」
素っ気ない、壁のある態度。やっぱり、今日の祭は変だ。
僕はいつもより表情の固くてぎこちない祭を無視して、叔父さんに言った。
「叔父さん! お宝は?」
「お宝?」
叔父さんは暗号を解いた報酬のことをすっかり忘れているのか、きょとんとした顔で僕を見つめる。確かに、あんな事件に巻き込まれていたのなら、約束を忘れていても仕方がない。
「暗号解いたら、お宝くれるって言ってたじゃん!」
報酬の約束をやっと思い出したのか、叔父さんは両手を打った。
「ああ、ごめんごめん。忘れてた」
そしてポケットの中から財布を取り出した。
「はい、お宝。大事に使うんだよ」
財布から取り出された手には、一万円札が四枚───四万円が握られていた。僕は両目を見開いた。
「えっ、本当!? やった〜!!」
僕は大はしゃぎして、渡された四枚の一万円札を大事に抱えながら、その場で飛び跳ねた。それでも、祭はそっけない態度のままだった。
叔父さんも、ちょっと───というか、かなり様子のおかしい祭を少し気にしながらも、部屋を出るため、ドアノブに手をかけた。
「じゃあ、叔父さん、ちょっとお母さんとお父さんと話をしないといけないから」
「うん!」
叔父は二、三度、僕らの方を何かを躊躇っているかのように振り返り、
「和臣と石黒くんは、喧嘩しないで仲良くね」
とだけ言い残し、部屋を出た。叔父の言葉の糸が理解できず、僕は首を傾げたけれど、意識はすぐに二人でどう四万円を山分けするかに向けられた。僕は祭に話しかけるけど、やはりどこか浮かない表情を浮かべている。
「祭、もしかして暗号を解いた報酬の話はするなって言われたのに破ったから怒ってる?」
僕の問いに、祭は難しい顔のまま首を横に振った。そしてゲーム機の電源を落とす。
「いや、違う。なあ和臣」
「なに?」
いつも偉そうで出しゃばりな祭は、遠いどこかへ旅に出ているようで、彼は次の言葉を口にするのを非常に躊躇っているようだった。でも静かに僕の目を、黒くて深い二つの瞳でじっと見つめて、意を決したように口を開いた。
「今まで叔父さん、俺のことなんて呼んでた?」
僕は質問の意図が分からず、首を傾げる。
「えっ、普通に祭くんって呼んでたけど───あれ?」
冷たい北風が肌に吹き付けた時のような寒気と、胸のざわつきが僕を襲う。漠然とした違和感を祭の口がハッキリと言葉にした。
「じゃあ、なんで今の人、俺のこと『石黒くん』って言ったんや?」
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