異世界への帰還。あるいは高飛車な彼女とキスの味について。

白金龍二

第1話「彼女には逆らえない」

生々しい夢だった。


ファンタジーのような剣と魔法の異世界。

だが、響くのは怒号と悲鳴。飛び散るのは赤い血液。

敵はモンスターではない。国が違うだけの同じ人間だった。


僕は片方の国を率いている。

この戦争では劣勢であり、仲間たちの表情も暗く重い。


「我が国に伝わる秘密の魔法です。あなたの魂を全く違う世界に飛ばします」


この国1番の老賢者が、唐突に告げた。

僕は思わず何かを言おうとするが、体が動かない。

毒をもられたようだ。


「ごめんね。あんただけでも生きて。そして──」


女戦士が寂しそうな目でこちらを見た。

肉体の感覚が徐々に消え、落ちていくような感覚を覚える。

あるいは、上昇しているのか。


そこでいつも夢は終わる。僕は目を覚ます。

寝汗でシーツが湿り、口の中は乾き切っている。


2011年、京都。

僕はよく同じ夢にうなされるだけの、普通の高校2年生だった。



...



「何してんの、サボりやん」


ベンチで寝そべる僕のそばに、自転車を押した1人の女子が近づいてきた。

僕はアメリカのロックバンド、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのベスト盤「Greatest Hits」の8曲目を聴き終えたところだった。


停止ボタンを押し、イヤホンを外して彼女を見る。

5月のわりに温暖な今日、彼女は袖をまくったカッターシャツの上からベストを着ている。ブレザーは家に置いてきたようだ。


「僕は英語の勉強してんねん。自分の方こそもう2時間目終わるとこやで」

「まだCDプレーヤーなん。iPodにしたらええのに」


僕は何も言わずに体を起こし、彼女が座るスペースを空ける。

彼女は当然のようにそこに座り、ただ一言「コーラ」と告げた。


神様から宣告を受けた敬虔な教徒のように、僕は何一つ口答えをせず、公園の端にある自販機に向かいジュースを2本買った。

そのうち片方を無言で差し出し、彼女は「ん」とだけ返事をしてペットボトルの蓋を空けた。彼女は決まってコカコーラ、僕は決まってファンタオレンジだ。


「今日もファンタオレンジ飲んでるやん。マジ子供舌ぁ」

「甘さで言ったらコーラも似たようなもんやん」


彼女は返事をせず、僕もそれを気にしない。

彼女の態度が高飛車というか、控えめに言っても偉そうなのは今に始まったことじゃない。きっとお母さんの子宮から始まっているはず、というのが僕の見解である。


そしてこのクラスメイトの女子は僕と同じくらいサボっているのに、常に僕よりも成績が良い。この世の理不尽の1つと言っても過言ではないだろう。

今週の小テストの結果で賭けをして、僕はやっぱり彼女に負けた。

だからこうして今日もジュースを奢らされている。


「午後から日本史やろ。暇やし、ツタヤ寄って昼食べよ」

「ええけど。どうせ今日も借りるのはスヌープ・ドッグやろ」

「ううん、今日はウィズ・カリファ」


革のスクールバックには教科書なんていれていない。

化粧品とアクセサリー。携帯とiPodとイヤホンだけ。

大きく開けた襟と胸元のネックレスに、耳にはいくつかのピアス。

好きな音楽はアメリカのギャングスタ・ラップ。


この世の全てとは言わないが、大体のことは思い通りに行くと思っている、この「涼子」という女子。彼女との関係性は、悪友などの言葉が適していると思う。


僕は自分の鞄を彼女の自転車のカゴにのせた。

それだけでなく、彼女の自転車のハンドルを握り、サドルに腰掛けた。

当然のように彼女は僕の後ろの荷台に座り、僕は"運転手"として駅前のツタヤに向かう。


これは小テストの結果でもなんでもない。

高1のころから高2になった今でも、当然のように僕がやらされている。理由なんてのは多分ない。


太陽が東から登るように、りんごが木から落ちるように。

ただ僕は彼女に逆らえないというだけの話なのだ。

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