第71話「血肉を賭けて」

 不覚——そう言うほかなかった。


 勢いそのままに、己の長刀が〈地走じばしり〉の盾ごと操縦席を貫いてしまったのだ。血が飛び散り、イヅの悲鳴が耳を打った。反射的に駆け寄ろうとした彼女に、「来るな!」と一喝する。


 思わず身をすくめた彼女に構わず、長刀を引き抜く。


「ワカ、無事かッ!?」


 なんというていたらくだ——歯噛みしかけたその時、〈地走〉の盾が側面に動いた。見ればワカは肩口を中心に血が流れていたが、「大丈夫」と声を上げた。


「肩を切っただけだよ。ほら、ちゃんと手も動くし」


 わきわきと己の手を動かし、シマダは呆れ混じりに嘆息した。


 おもむろに〈地走〉が鋼鉄の手を地面について立ち上がり、それに合わせてシマダも降りた。


 今や、〈地走〉の盾は六枚とも損耗していた。斬られ、貫かれ、欠けてはひび割れ、そのどれもがあと一撃でも喰らえば粉々になるだろうという具合だった。


 ワカは肩口を押さえたその手を、じっと見つめている。血に濡れた己の手が珍しいのか。敵ではなく自分自身の血であるということが、シマダの心境に少なからず救いをもたらした。


「おい、シマダ! ワカ! 大丈夫かよッ!?」


 どしどしと、チヨの〈大刀だいとう〉が駆けつけてくる。「オシロは?」と当然の問いを発したが——彼女は「へっ!」と不敵に笑った。


「あんにゃろ、一人でやるってよ!」

「……大丈夫なのか?」

「大丈夫だろうよ。もう、あいつに迷いはねぇからな!」


 がはは、と品のない笑いを天に向け——すぐさま面を正面に向けた。


 黒の装甲に銀の線が走った、アラグイの〈からくり〉。両手に刀を逆手に持ったまま、つまらなさそうに目を細めている。


「おいおい……随分と舐められたもんだな。ミハクがあんなガキに負けるとでもいうのか? ええ?」

「勝てるとは思ってねぇさ。だがな、負けるとも思ってねぇ」

「ああ?」

「命を賭けた奴ってのは、戦場いくさばでは一番、性質たちが悪ぃのさ。負けるにしたって今のあいつなら、あの真っ白女にひと太刀喰らわせられるだろうよ!」

「…………」


 ふと、シマダが〈大刀〉の隣に立つ。〈地走〉も立ち上がり、シマダは両者に挟まれた形だ。


 小さく笑い声を漏らし、チヨを見上げる。


「お主がそこまで言うとはな」

「村人上がりが言うなってか?」

「そこまでは言っておらん。ただ、感心しただけよ」

「へっ、上から目線で結構ですこと」


 言い終えると同時、チヨが〈からくり〉の名と違わぬ大刀を肩からアラグイに向ける。


 シマダもまた長刀を鞘に戻し、ぐっと腰を落とす。


 ワカは半壊状態の盾をすべて後ろに回し、腰から刀を引き抜いた。それを見、イヅが口を手で覆って、わなわなと震えていた。


 やめて、とイヅが言っている。その気持ちが、シマダにはありありと見えた。


「——チヨ」

「なんでぇ?」

「斬るのは、私たちの仕事だ」

「わかってらぁ」


 次にシマダは、〈地走〉の操縦席に収まるワカを横目に見た。


「ワカ。刀を手にした以上、覚悟はできているな?」

「うん」

「〈地走〉も〈大刀〉も手負いの状態だ。ここは私が斬り込む」

「わかった」


 端的に答えるワカは淡々としているように見えたが——アラグイに対し、目に火を宿している。イヅを捨てた張本人を前にして、怒りを感じているのだろう。


 怒りは思考を、そして刃を鈍らせる。


 ならば――


 シマダはぐぐっと前足を強く踏みしめ、鞘に刀を収めたまま、土塊つちくれを蹴り飛ばして如く前に出た。ほんのわずか瞬きをしただけで距離は詰まり、アラグイの懐に飛び込まんとする。


 鞘から刀を振り抜くのと、アラグイの刀が交錯するのは、同時だった。


 ぎぃいん、という音が鼓膜を刺激し——すぐさまシマダは跳び退った。アラグイの二刀による反撃は、シマダの着物をわずかに斬る程度に留まった。


 次はアラグイの番だった。


「はっはぁッ!」


 逆手に持った二刀を、上から下へ、下から上へ、そして揺れるように左右へと振り回す。一見でたらめに振っているようだが、一刀一刀がシマダの首や腕、足を確実に狙いに来ている。


 そればかりか、反撃のいとまがない。うかつに刀を振ろうとすれば、一刀でそれを受け止め、もう一刀で斬りかかってくるのだ。守りに入れば、二刀で攻められる。


 激しい金属音が立て続けに響く。〈からくり〉の刀を人間の身で、真正面から受け止めるのはあまりにも無謀であったから、受け流すことしかできなかった。


「どうした、どうしたぁ! ええ、〈からくり殺し〉のシマダよぉッ! お前の腕はその程度かッ!?」


 シマダが後じさりする間に、アラグイは二振りの刀を持ち替えた。来る、と瞬時に察したその時——目の前に、チヨの〈大刀〉が立ち塞がった。


「おらぁッ!」


 大刀で二振りの刀を受け止める。一瞬の硬直を狙い、側面からワカの〈地走〉が突出してきた。腰だめに刀を構え、アラグイの収まる操縦席目がけるも——


「見えてんだよ!」


 アラグイはとっさに身を引き、ワカの刺突は空ぶった。そればかりかアラグイの〈からくり〉が〈地走〉の背中目がけて蹴り飛ばす。地面に転がった〈地走〉には目もくれず、アラグイは再び刀を持ち替え――チヨの大刀を真下から弾き飛ばした。


「しまッ――」

「そうら、これでお仕舞だぁッ!」


 操縦席があらわになった〈大刀〉——とっさにチヨは片腕で庇ったが、それすらも斬り落とされた。


「チヨッ!」


〈大刀〉の後面から回り込んだシマダが長刀を振るうが、アラグイは軽快に身を引いてみせた。二機と一人を相手にしても揺るがないばかりか、笑う余裕さえある。いや——愉悦に顔を歪めている。


「はぁ、はぁ……くそッ……」


 もはや両腕を失った〈大刀〉。走るか、逃げるかしかできないことは明白だった。ゴロウの〈巫山戯ふざく〉のように隠し腕でもあれば別だろうが、そこまで気の利いたものが〈大刀〉に備わっているわけがない。


「チヨ、退けッ!」

「ふっざけんな! おれはまだ戦える!」

「刀も持てない状態で何を言うかッ!」

「くッ……」


〈大刀〉が——チヨにしては珍しく素直に——一歩、退いた。安堵の吐息をつく間もなく、「ワカ!」と呼びかける。〈地走〉はすでに身を起こしていたが、その息は荒かった。


「まだ、動けるか?」

「うん……!」

「ならばワカ、私の盾になれ!」

「——!」

「残りの盾を全て防御に回すのだ! 私が討つ! それしかないッ!」

「——やめてぇッ!!」


 絶叫はイヅのものだった。村での気丈な姿はもはやどこにもなく、戦に怯える少女そのものでしかなかった。布袋を抱えた状態で、ぶんぶんと頭を揺する。


「もう、止めてよッ! これ以上ワカを巻き込まないで! アツミ兄様だって、こんな戦になんの意味があるの!? 村を攻めるためにあんなことをして……おかしいよ、人間のやることじゃないわよッ!」


 肩で息をするイヅに、「はッ」と応えたのはアラグイだった。


「イヅ。てめぇはなーんもわかってねぇんだな」

「ッ……?」

「もういいのさ、村を落とせるかどうかってのもな。〈人弾〉も使ったし、貴重な〈剛力〉も使った。雑兵ぞうひょうもありったけな。あと残っているのはせいぜいミハクと、俺だけってもんだ」


「だがよ」とシマダたちに一瞥をくれる。


「こいつらは俺たちを逃がすってえハラじゃねえんだ。となれば、とことんまでやり合うしかねぇだろ。こいつらが死ぬか、俺が死ぬか、すでに状況はそういうことになっているのさ」

「な、何を言ってるの……?」

「わかんねぇのか、イヅ。……まぁ、わからねぇよな。戦に魅入られた人間の気持ちってえ奴はな。お前がご執心しゅうしんのあのひとつ目のガキだって、そういうたぐいの人間よ。戦とあらば人を斬る。必要とあらば人を殺す。そういうことができるのさ」

「わ、ワカはそんなんじゃないッ!」

「どうかな?」


 言いつつ、アラグイは操縦桿を倒し——ワカの〈地走〉目がけて猛然と突っ込んだ。イヅの叫びとアラグイが斬りかかるのはほぼ同時で——〈地走〉の盾が二枚、見事に斬り裂かれた。


「——ッ……!」


 闇雲にワカは刀を突き出すが、かすりもしない。くるりと足の向きを変えつつ側面に回ったアラグイは、更に盾を斬り落とす。残りの盾が三枚となり、「はははッ!」とアラグイは歓声を上げた。


「どうした、どうしたッ!? 丸裸になっちまうぞぉッ!」

「——させんッ!」


 シマダによる、アラグイ目がけての一閃。しかし装甲をかすめた程度で、とんとんと後ろに跳ねていった。


「無事か、ワカッ!」

「う、うん……!」


〈地走〉が残る三枚を前方に動かした時——「きゃあッ!」と悲鳴がした。


 見ればアラグイの〈からくり〉が、イヅの華奢きゃしゃ体躯たいくを掴み上げていた。

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