とある愚かな男の話

夏目八尋

とある愚かな男の話


 路地裏でガキがぶっ倒れていた。

 別に珍しい事じゃないが、そいつの素性は珍しいものだった。

 なにしろエルフだ。

 耳が尖ってて、精霊と対話が出来て、例外なく眉目秀麗な見目を神に保証された種族だ。

 そんなエルフのガキが、今俺の足元で死にかけている。


 里から追い出されたか、人買いにさらわれ捨てられたか。

 そいつの全身は傷だらけでアザだらけ。

 寒空の下はぁはぁと吐く息が白く、そいつの髪色はそれに輪をかけて輝く銀白だった。


 よくよく見てみれば、このエルフのガキは女のようだ。

 小さいながらに噂通り見目はいい。

 こちらに縋るような視線を向けていることからも、世間慣れしていないのは明らかだ。


 どうしてそう思うのか、だって?


 こんな路地に転がってるガキをわざわざ拾って助けるなんざ、今日日教会の神父もしねぇんだよ。

 荒れ放題の世の中だ。誰もが自分一人の勝手でしか生きられねぇのさ。


 だから俺は、こいつを持って帰ることにした。

 持って帰って世話を焼いて、俺はこいつを育てる。

 育てていい具合な体つきになったところで、一発お相手願うって寸法よ。

 エルフってのは、受けた恩は忘れないらしい。

 たとえどんな手酷い仕打ちをされたとしても、育てたならばそれは恩。らしい。

 だったらそれを利用して、このくそったれな俺の人生にも花を添えようってわけさ。


 ってなわけで。

 俺はエルフのガキを抱え上げ、相手の了承も得ずに持ち帰る。

 今日から忙しくなりそうだ。



      ※      ※      ※



 エルフのガキを連れ帰り、俺はさっそく風呂場にこいつを連れ込んだ。

 ぼろ切れみてぇな服を脱がせりゃ、傷だらけだが元が良さそうな白い肌の部分がちらほら見えた。


 開いた傷がないことを確かめて、さっそく俺はこいつに湯を浴びせかける。

 エルフのガキはとんでもなく驚いていたが、それもそのはず。

 エルフってのは森の生きる存在だから、体を清めるときゃ冷水を使うんだ。

 どうやらこいつも、熱いお湯ってのが初体験らしい。

 俺は暴れるエルフのガキを押さえ込み、全身の汚れを綺麗にしてやる。

 いつか美味しく頂くためにも、こいつの身なりは整えねぇといけねぇからな。


 風呂に入れたら次は飯だ。

 体が温まったせいか、エルフのガキから猫の唸り声みてぇな音が鳴った。

 エルフは森の命を頂く存在だから、主食は植物か動物の肉。

 だからこの、ふわっふわのパンって存在は知らなかったらしい。

 一口ちぎって口に入れた時のドギマギした顔は傑作だった。


 腹いっぱいになるまで食わせたら、気づいたら寝てやがった。

 抱き上げたら俺にしがみついてきたから、一緒に寝ることにする。

 こうやって俺に慣らしていきゃ、お願いする時もすんなり通るだろうしよ。

 へへっ、俺って最高に頭がいいぜ。


 こうして三日もたてばエルフのガキは俺に懐き始めた。

 一週間がたって、一か月がたって、半年がたって一年がたてば。

 ほら見てみろ。

 エルフのガキが笑顔で俺に手を振りやがる。

 これはもう、俺の望みは叶ったも同然だな。



      ※      ※      ※



 想定外の事が起こった。

 エルフのガキが成長しねぇ。


 美味い飯も食わせてるし、いい寝床も与えたし、傷もしっかり治療した。

 だってのに、何年たってもエルフのガキの背丈がさっぱり伸びてこねぇ。

 エルフってのは長命だと聞いてたが、まさか背が伸びるも遅ぇなんて知らなかった。


 エルフのガキがごめんなさいごめんなさいっつってるが、お前にゃ関係ねぇ。

 背が伸びるかどうかってのにはルールがある。

 どんだけいいもん食って、どんだけいいところで過ごして、どんだけ元気に暴れまわるか、だ。


 ちっ。

 どうやらこのガキを大きく育てるには、もっといいところにいかねぇとダメらしい。

 幸い、こいつを食わせるためにやってた仕事がいい調子だ。

 そろそろひとつ上の景色ってのも見るべきか。


 そんなわけで引っ越すことを伝えたら、エルフのガキがぐずり出した。

 置いていかないでと泣きついてきたところで、バカじゃねぇかと俺はこいつの頭を叩く。

 お前を置いて俺がどっかにいくかよ、バーカ。


 お前はすくすく育ってから、俺に恩を返せばいいんだよ。

 泣いてる暇があるなら自分を磨きやがれってんだ。



      ※      ※      ※



 エルフのガキを拾って十年たった。

 相変わらずこのガキはちいせぇが、町の学校に通わせたのもあって学がついた。

 魔法の授業じゃ天性の才能を発揮して、いい成績を修めたらしい。


 卒業証書を笑顔で持って来た時は笑ってやったぜ。

 そんな便所の尻拭きにも使えねぇもんでよくもそんなに誇れるもんだってな。

 ただ、おかげで俺の生活はだいぶ楽になった。

 魔法ってのには縁がなかったが、家事するにも仕事するにも便利でしょうがねぇ。


 いい感じに金が集まったからもうひとつ上の景色を見に行った。

 町を見下ろせる中々に悪くない景色だった。

 エルフのガキを拾った路地裏はもうずっと下の方で、目を細めても入り口が見えなくなった。


 俺の隣でニコニコ笑ってるエルフのガキは、やっぱりガキのままだった。

 それはここからさらに十年、二十年たっても同じだった。



      ※      ※      ※



 エルフのガキがそこそこ大きくなった時、俺は年老いたジジイになっていた。

 窓の外から降る雪を眺めながらボーっとしていると、エルフのガキがそっと俺の手を掴む。

 こい願うような、縋るような顔は、最初に見た時の顔に似ていた。


 くそぅ、あとちょっとで実が熟すところだったのに。

 与えた恩はどれくらいだ? こいつから取り立てたらどうなる?

 うるせぇ泣くな。気が散る。


 エルフのガキが何か怒鳴っているが、聞こえなくなってきた。

 なんとなくだが、体の内側から温かくなってきた気がする。


 神様なんてのは信じてねぇが、いるんだったらひとつ頼みたい事ができた。


 エルフのガキを泣き止ませてやってくれ。

 顔見るだけでどんだけうるせぇか分かりすぎて困るんだ。

 俺はこのまま気持ちよく寝るから、こいつを代わりになだめといてくれ。


 考えがまとまらねぇときは、寝て起きてまた考えるに限るぜ。


 ふあー、ねみぃ。

 おやすみ。



      ※      ※      ※



 次に目を覚ますと、俺は路地裏にいた。

 エルフのガキ……って呼ぶにはちゃーんと育ったあいつもいた。

 俺を見下ろして、にっこりと笑ってやがる。


 はてはて、何でここに来ちまったのかはさっぱり覚えちゃいねぇが。

 ちゃんと神様ってのはいるんだな。


 いい笑顔じゃねぇかよ。


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