第40話・王女の事情


 森を歩く間、ぽつりぽつりと彼女は自分の身に起こった事を語り出した。それを聞かされた彼は到底納得できなかった。どうして彼女が? と、いう思いが湧いて湧いて仕方なかった。


 フロリアンはモレムナイトの第一王女で、七つの時に最愛の母親を亡くした。父親は母親とは政略結婚で、母が亡くなって喪も明けぬうちに愛妾だった女性を王妃とした。

 

 愛妾だった女との間に王は一子をもうけていた。それがフロリアンの腹違いの弟で、父王が王太子の時から彼を次期後継者としてとり巻き達は疑わなかった。 しかし、そのことをよく思わなかった先代王(フロリアンの祖父)は、息子に譲位する際、息子の次の王になるものとしてフロリアンを指名したが、そのことが王妃には気にくわなかったらしい。

 

 王妃はフロリアンを憎み、邪魔な存在として色々な嫌がらせをして来るようになった。現王の父は、王妃がフロリアンに対して嫌がらせをしてるのを黙認してるようで、彼女一人だけ離れの離宮へと追いやられ宮殿では父王と継母の王妃と、その息子が家族として暮らしていた。


 そんななか彼女の唯一の味方が祖父で、頼みとする祖父も今は病気静養の為、デルウィークに来ているのだと言う。


 その辺りの話を聞いた時点で、マーカサイトは少女の淋しさが手に取る様に分かった。マーカサイトが愛らしい名前だと褒めた時に少女が流した涙は、その象徴だったのだと。

 

 家族に愛されない侘しさ。頼みとする祖父は遠い地にいて頻繁には逢えない。そんな彼女は誰にも弱音を吐けなかったのではないかと。


 二人の間に沈黙が満ちた時、森の外れで松明を持った数人の人間が行き来してるのが見えた。


「フロリアンさまぁ」


「姫さまぁ。姫さま~」


「フローリ、フローリ。返事をしておくれ」


 森の入口から入り込んで来た年配の者たちが、彼女の名前を呼んで捜していた。


「おじいさまぁ!」

 

 そのなかでもリーダー格と思われる老人の姿が目に入った途端、彼女は弾ける様に駆けだした。繋がれていた手が外されてマーカサイトは少しだけ淋しく思われた。


「おお。フローリ。無事だったか。良かった」


 抱き合う老人と少女の姿を見て、踵を返しかけたマーカサイトだったが、フロリアンに呼び止められた。


「待って。行かないで」


 フロリアンはマーカサイトの手を再び取った。


「おじいさま。この御方はわたくしの命の恩人なのです」


「どういうことだね? フローリ?」


 フロリアンは、森のなかでのことを全て祖父に話した。マーカサイトが黒豹の姿をしていたことだけは省いて。


「そうでしたか。孫の命をお助け頂きありがとうございました」


 彼女の祖父は彼女の命が助かった事を喜び、もう彼女をモレムナイトへ帰さない。と、言っていた。その方が彼女の為にも良いとマーカサイトも同意した。


 それからは彼女は隠棲した祖父と共に、祖父の所領のデルウィークで暮らす事になり、彼女にお礼やら相談やら持ちこまれて会う約束をしてるうちに、マーカサイトは足蹴く彼女のもとへ通うようになっていった。

 



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