第41話・弑されたのは聖女ではなくて魔王の方でした

「もしや思いだされたのではありませんか? マーカサイトさま」


「ああ。全てではないが思い出した。そうか。ここはあのデルウィークか。どうも懐かしい気がしたのだ」


 グライフの問いに、マーカサイトは反応した。


「思い出せなくても仕方ありません。あなたさまは弑されたのですから。記憶がなくて当然なのです」


「…!」


 頭を抱えるマーカサイトの傍でグライフが言う。志織やイエセはその言葉に注目した。犬になったレオナルドも、黒豹のロベルトも。


「弑されたって‥聖女の方ではなくて?」


 志織は以前、イエセから聞いた話を思い出した。あの時、確かマーカサイトも共にいて話を聞いた覚えがある。


「違います。聖女さまは自害されたのです。あの御方は身勝手な御方でした。一方的にマーカサイトさまに想いをぶつけ自分の想いが聞き入れられないと知って、当時マーカサイトさまが愛されていた御方に憎悪を向けました」


「フローリ…!」


 グライフの説明で、マーカサイトは完全に記憶を取り戻したようだった。


「そうです。フロリアンさま。あなたさまが愛した御方の名前です」


「ちょっと待て」


 グライフとマーカサイトの会話に、犬になっても空気を読まないレオナルドが口を挟む。それでも傍で見てる分には微笑ましかった。外見がダックスフンドなので可愛い小型犬が皆と会話してる構図が。


「おい、グライフ。フロリアンといえば、そんな名前の勇者がいたな。確か五代前の勇者に‥」


「よくご存じですね。勇者王さま。その通りです。フロリアンさまは勇者さまでした」


「えっ。勇者? フロリアンって女性じゃなかったの?」


 志織は訳が分からないと首を傾げた。




 志織の謎はすぐに解明した。勇者は女性でもなれるらしい。グライフの語ったところによると、マーカサイトはフロリアンという女性と出会い恋に落ちた。だが運命は二人を引き裂いた。


 フロリアンはモレムナイト国の第一王女で、勇者を歴代排出してきた家系だった。彼女には弟がいたので当初その弟が勇者になる予定だったが、継母の王妃がまだ弟が幼い理由でそれを拒み、彼女にその役目を押し付けた。

 

 彼女にとって不幸だったのは、愛した男性が魔王だったということで、この時も通例によって異世界から聖女が召喚されてしまった。

 

 聖女は麗しい魔王に魅せられ「魔王ルート」を選んだそうだ。だけどもすでにフロリアンに心惹かれていた魔王は、聖女を愛する事はなかった。聖女に指一本触れることはなかった。

 

 魔王の傍にいても彼の心は自分にないことを悟った聖女は、マーカサイトが心寄せる女性のもとへ通うのを見て嫉妬にかられ、ある日、その女性を訪ねてゆきその女性に向けて刀を振り上げようとした。

 そこに割って入ったのがマーカサイトで、フロリアンを庇い命を喪った。と、いうことらしい。


「聖女さまは後を追うように自害されました」


「そうだったの‥」


 グライフははた迷惑な御方でした。と、その当時の時代を振り返るように言った。


「フロリアンってやけに女女(めめ)しい名前だと思って覚えていたが、本当に女だったとはな」


「フローリはどうなったのだ? 無事か?」


 レオナルドがグライフの話に納得していた。マーカサイドはその話の先を促した。


「はい。ご無事でしたよ。あなたさまが今わの際で、あの御方を生涯お守るようにとわたくしに命じたのです。あの御方がお亡くなりになられるまでわたくしは仕えさせて頂きました」


「そうか‥良かった。礼を言う」


 志織は魔王と愛する者が存在したということに、自分のことのように喜びを感じた。そんな志織の足もとで黒豹がくうううううん。と、鳴く。志織は身を屈めてロベルトを「良かった」と、抱きしめた。


「ところで聖女。それとはどんな間柄なのだ?」


 その態度をマーカサイトに見咎められ、なんのことかと思った志織だったが、彼の目が黒豹に向いてるのに気が付いた。

 魔王は黒豹に姿を変えた者の正体に気が付いている様である。志織はどう答えたものかと躊躇した。


「そうだ。そうだ。俺も気になっていたのだ」


 きゃんきゃん、可愛い姿でレオナルドも喚く。黙ってたらまだ可愛げあるのに。と、志織は思いつつ白状しようとした。


「彼は‥」


「ああ。そうだ。マーカサイドさま。思い出のタルト・タタンが食べたくはありませんか? ご用意させて頂きますよ」

 

 グライフが突如、会話を別の方向へ持って行こうとする。彼の意図は不明だが、それを聞いた魔王はそうだな。と、頷いた。

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