第37話・お仕置きの時間です

「聖女さま。勇者さまたちがお迎えに上がられたそうですが、あなたさまはどうなさいますか?」


「帰るぞ。聖女」


 グライフが志織に問いかけて来たのをまるっと無視し、レオナルドは志織の腕を強く引いた。


「ちょっと。ひとが話しかけてる時に‥あんたって人は…!」


「こいつらの言うことなど信用するな。所詮魔族だぞ」


「レオナルド」


 志織の意見も聞こうとはしない。自分流を押し付けて来るレオナルドが暑苦しく志織は我慢ならなかった。カチンときた志織の前に黒豹が立った。


「ベン」


「なんだ? そいつ。おかしな気質を抱えてやがる。そこどけっ。聖女」


 レオナルドが剣の柄に手をかける。黒豹に切りつける気だ。と、思った志織は咄嗟に黒豹を自分の後ろに匿った。


「何をするのよ。ベンに手を出したらいくらあなたでも許さないわよ」


「なんでお前が怒る?」


「ベンはね、わたしにとって大切なひとなの」


 レオナルドの思いがけない指摘に、志織は真っ直ぐな思いを吐露していたが、彼はそれには気がつかなかったらしい。


「そいつ、人じゃねぇ。魔族だぜ? お前騙されてる」


「あんたって人は、本当に人の話を聞かない人ね」


 志織は自分のせいで黒豹になってしまったロベルトの身を案じていた。もとは彼は人間だったのだ。それなのに魔族に間違いない。と、言い切るレオナルドの態度が気にいらなかった。


「勇者王さま。落ち着いて下さい。無抵抗なものに切りかかろうとするのは愚の骨頂ですよ」


「その通りよ。レオナルド。止めなさい」


 イエセがレオナルドがいきり立って剣を抜こうとするのを背後から止めにかかった。


「なんで止める。放せ。イエセ。相手は魔族だ。聖女は騙されているんだ。目を覚まさせるのが優先だろ?」


「お止め下さい。勇者王さま」


「止めなさい。レオナルド。それ以上、ここにいるグライフやマーカサイトやベンを侮辱するならわたしにも考えがあるわ」


「へぇ。どんな?」


 レオナルドが、俺ほどの力もないお前に何が出来ると馬鹿にした目で見返して来た。志織はむかっとした。


「レオナルド。お仕置きの時間よ。ひとの言う事も聞けないあなたは犬におなりなさい」


 志織が心のなかに描いた犬の姿を目の前のレオナルドにぶつけて念じると、すぐに彼の姿に異変が生じた。


 ぱあああああああああ。と、光に包まれた勇者王の姿が一匹の小型犬へと変わる。円らな瞳も可愛い赤毛のダックスフンドがそこにいた。


「なんと。勇者王さまがこのような愛らしいお姿に変わられるとは‥」


 思わずといった感じで、ダックスフンドを抱き上げたイエセから逃れる様に犬は身をよじった。


「止せ。放せ。放せ~ったら。イエセ。あいつらは危険なんだ。俺を抱き上げてる場合じゃない。放せ~。聖女の傍に黒豹なんて許せるか」


 イエセの手の中からすり抜けたダックスフンドのレオナルドは、黒豹目がけて駆けて来て彼の尻尾に噛みつく。


「アアー(何をする?)」


「ワンワン。(聖女から離れろ)」


 黒豹に果敢に挑んでゆくダックスフンド。はらはらする志織を横目に、グライフはマーカサイドと共に傍観していたが、マーカサイトの様子がおかしいことに気が付いた。


「マーカサイトさま。如何なされました?」


「なんだか見覚えがある様な気がするのだ。黒豹の姿と聖女の姿に‥いや、彼らの関係が…違う、これは以前の我と…?」


 何かを思い出しかけていたマーカサイトの耳に、志織の命じる声が響いた。


「レイナルド。お座りっ」


 その一言に縛られ、犬になった勇者は大人しくなった。志織はグライフに頼んだ。


「グライフ。申しわけないのだけど、首輪とリードを用意してもらえるかしら?」


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