第36話・邪魔するぜ


「グライフ。耄碌(もうろく)とはなんだ。我はそんなに老いては無いぞ」


「それなら宜しいではありませんか。聖女さまがペットと戯れているのぐらい、寛大な気持ちでお許しになれば」


「別に焼いてなどおらぬぞ。ただ密接すぎないかと言っただけで‥」


 そこへどおおおおおおおおおん。と、何か大きな建物が崩壊した様な音と横揺れがして、志織と黒豹、マーカサイトとグライフは口を閉ざした。それぞれ食卓から立ち上がって離れた。


「何者かが結界を割って入り込んで来たようですね」


 何事か起きてるのを察知したグライフが、視線を室内のある一点に向けた。自然と皆の視線もそれに重なる。


「邪魔するぜ」


 やけに自信に溢れた赤茶の髪の男は、鞘から抜いた剣を肩に担いで何もなかったはずの宙から姿を現わした。その彼に取りすがるように亜麻色の髪をした優男が同行していた。


「レオナルド。イエセ」


 急に姿を現わしたふたりに志織は目を丸くした。その志織の前に黒豹が立ち塞がる。


「迎えに来てやったぞ。聖女」


「レオナルドさま。その前になにか言う事があるでしょう?」


 レオナルドはどや顔を志織に向け、肩に背負っていた剣を鞘にしまった。どうやら結界を剣で叩き切ったようである。その彼とは反対にイエセは一気に老けたような顔をしていた。


「なにをだ? イエセ。見ろ。俺の言った通りだったろう? ここにマーカサイドがいる。どう見てもかどわかされたようには見えないな。和気あいあいとしてるようじゃないか? 案外攫われたってのは嘘だろう?」


 レオナルドはグライフや、マーカサイドに顎をしゃっくってみせた。敵と見なした相手には容赦がない。好戦的な態度だ。イエセはやれやれとため息をついて一礼した。


「突然に失礼致します。私はモレムナイトの神官長でイエセと申します。こちらは勇者王レオナルドさまです。私達は聖女さまをお迎えにあがったのですが‥このように皆さまを驚かせてしまい申しわけありませんでした。お聞き苦しい部分がありましたところは、聞き流していただけると幸いに存じます」


「イエセもご苦労だったな。今回の事はこちら側の手違いなのだ。色々と迷惑をかけて申し訳なかった」


 マーカサイドが頭を下げる。イエセが手違いとは? と、聞き返してる脇で、話を大きくする俺さま男が喚いた。


「申しわけなかったで済むかよ。謝れば済むと思ったら大間違いだ。一歩間違えれば聖女だって死んでたところだ」

 

 大げさな。志織がイエセを伺うと彼が横目で制する。レオナルドは他人の意見など聞きやしない。放っておいた方が良いですよ。と、アイコンタクトが返ってきた。

 かなりお疲れの御様子だ。


「イエセ。大丈夫? 顔色が悪いようだけど?」


 レオナルドに追従した形でこの場に現れたイエセの顔色はさえなかった。


「勇者王さまには不眠不休でつきあって来ましたので」


「ええっ。何してるの? レオナルド」


「それでくたばるこいつが悪い」


 不眠不休って、どんなブラック企業なんだ? レオナルドは化け物だ。と、志織は思った。


(なんでも自分にあてはめて考えないでよね)


 つくづくレオナルドには呆れるしかない。そんなレオナルドを志織は冷めた目で見つめた。


「ずいぶんと派手なご登場ですね? 勇者王さま」


 落ち着いた声が割って入った。レオナルドはグライフを睨んだ。


「お前は誰だ?」


「初めてお目にかかります。わたくしはこのデルウィーク国を任されておりますグライフと申します。以後お見知りおきを。惑わしの森を三日で抜けて来られたようですね。さすがは当代勇者王さま」


「分かるか? この俺さまの凄さが? やっぱり分かる奴には分かるか」


 レオナルドは鼻高々に言う。自分の凄さが理解されたようで機嫌良くなったのだ。わりと単純な男だ。

 そんな彼を横目に、ベンは毛づくろいを始めた。それでも志織の側から離れる気はないらしい。

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