第26話・可愛くない男

「あ~、肉食いてぇ。肉~」


 魚の塩焼きを頬張りながらレオナルドが喚く。志織は行儀が悪いとその肘をつっついて注意した。


「レオナルド。あなたね、食べるか喚くかどちらかにしてくれない?」


 志織はそう言いつつも、内心では黙って食えよ。と、悪態を付いていた。皆で火を囲み輪になって食事の最中レオナルドは一人騒がしかった。


「これが黙ってなんかいられるかっての。毎日、魚、魚、魚で……、たまには肉だって食いたい」


「仕方ないでしょ。ここは森のなかで神職者は陸の生き物のお肉を食べてはいけないんだから」


 ねぇ。と、志織はレオナルドとは反対側の隣にいるイエセに同意を促した。イエセは仕方ないですね。と、言った。


「もし、レオナルドさまがお肉を所望されるのならば明日‥」


「イエセ、甘やかさないで。この人はいざとなったら自分で狩りもできるはずでしょう? 勇者さまなんだから。そんなに食べたいのなら自分で獣を狩って、自分で食事を作ればいいのよ」


 イエセがレオナルドに食べさせる分を誰かに狩らせるつもりだと気が付いた志織は止めた。

 この場にいるもの達は神官や護衛、料理人と職種はさまざまだが皆、神殿に仕える者たちばかりだ。そのなかでも精鋭の者を選んで魔王救助隊を組んだとイエセは言っていた。


 神職や神殿に仕えるものは陸の生きものの肉を食してはならないのだ。それでここのところ当たり前のように魚料理が続いていたのだが、菜食よりは肉食を好むレオナルドには味気ない食事に思えたらしい。

 

 そんなに肉が食べたいのなら、自分で食べる分を狩って自分だけ食せばいいのだ。嫌々自分達に合わせる事はない。と、告げた志織に対し、レオナルドは反論した。


「一人で狩りは嫌だ」


「我儘ね。なら我慢なさい」


「それでも魚は飽きた」


「じゃあ、食うな」


 レオナルドは不満げに魚を口に運ぶ。飽きたなんて言うわりに食べるのは止めないらしい。面倒くさい男だ。  


 志織はレオナルドと話してるとげっそり気力を持って行かれる様な気がする。

 大体、大の大人がごねても可愛くないものだ。もう少し素直になったら? と、しか言いようがない。


「はああ……」


 最近癖になりつつある嘆息を漏らしたら、志織から離れた場所に座るロベルトと目があった。ウインクをもらい励まされる。


(わたしの癒しと言えば、ロベルトのあの笑みだわ)


 志織もお返しにウインクしてみせた。それを隣にいるレオナルドが不快に持ってるとは知らずに。




 食後、皆が各自テントのなかへ戻ってゆき、ロベルトの後片付けを手伝っていた志織も作業が終わると、自分に宛がわれたテントの中へ引っ込んだ。このメンバーのなかで唯一の紅一点ということもあってか、他のメンバーは何人か一緒のテントなのに、志織だけ一人でテントを占領していた。


 慣れない野宿生活のせいなのかすぐに疲れやすい気がする。すぐに就寝しようとした所にイエセが訪ねて来た。


「今日も聖女さまお疲れさまでした。今日もかなりの距離を移動しましたからお疲れでしょう」


「イエセもお疲れさま。なかなかこの森から抜け出せないわね。規模が大きいのかしら?」


 見かけは十代の志織でも中身は三十過ぎの女である。一日中、歩いていれば足腰に来る。

 

(さすがに年齢は誤魔化せないわね)


 ふう。と、ため息をつく志織にイエセが歯切れの悪い反応をした。


「そうですね。この森をぬければデルウィーク国なのですが……」


 志織はピンと来た。


「もしかして何者かに誘導されているの? この森から抜け出せないように?」


「それは……」


 言い淀むイエセの背後から、志織を馬鹿にした様な発言が上がる。


「頭が能天気の聖女さまでも気が付いたか?」


「レオナルド。失礼なひとね」

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