第13話・求婚されました

 草むらに姿を隠したロベルトは、先ほど出会った少女の後ろ姿をそこから見送った。リーと名乗った少女は迷いのない足取りで部屋へと戻ってゆく。

 少女の姿が完全に見えなくなってしまうと、夜陰に紛れて隠れていた同胞から声をかけられた。


「あれが聖女さまですか? なんとも愛らしい」


「ああ。やつらには勿体ないほどの良い子だ」


 志織に向けられていた親切な若者のものとは違う、他人を従わせることに慣れた声をロベルトはあげた。

 

 リーは気が付いてなかったようだが、この国では黒髪に黒い瞳の人間は大変珍しい。この世界でそのような容姿を持ってるとしたら魔族に属してる者か、異世界から来たものだけ。彼女はその姿でいる限り誰の目から見ても異世界から来た者と証明してるようなものなのだ。


 普段ロベルトは他人の目を欺く為に、外見は茶髪にこげ茶色の瞳で冴えない容貌の男に見える様に魔力で変えていた。それをあっさり彼女には一目で見破られてしまったのだから、聖女としてあっぱれと言わざる得なかった。


「我が主さま。それならば参戦なさいますか?」


「断る。ぼくは彼女を傷つけたくはない」


 そよ風のような声音が誘いをかけてくる。普通の人間ならばころりと従ってしまいそうな魅力ある声だ。それを聞いてもロベルトが何の影響も受けないのは、彼にはそれを上回るだけの強い魔力がある実力者だからだ。


「ベルトナルトさま」


「その名で呼ぶな、もう捨てた名前だ」


 ロベルトが顔を顰めると、姿を隠した同胞はけらけら笑った。


「聖女さまを気にいられた様子に見えましたな?」


 まるで彼の気持ちなど分かってるというばかりに。抜け目のない奴だ。ロベルトは腹立たしい思いで命じる。


「彼女には手を出すな。もう去れ」


「御意」


 同胞が素直に姿を消したことを彼はここで不穏に思うべきだった。もし、同胞の動きに注意していればこの後に起きたとんでもない出来事を回避できたのかもしれないが、この時の彼は気付きもしなかった。




 志織が部屋に戻ると、イエセが部屋にいた。


「イエセ神官長?」


「どうぞ。イエセと」


「イエセ。なにか?」


 こんな遅い時間になにか用でも。と、志織が聞けば彼はその場で跪いた。


「聖女さま。あなたさまのお名前を私だけに賜る栄誉を与えて頂けませんか?」


「それって? わたしの名前を知る事が出来るのは勇者か魔王のどちらかではないの?」


「先ほどはそう申し上げました。ですが、聖女さまは他の道を模索している御様子。そこで私よりひとつ提案がございます。どうか聖女さま。私の手を取って下さいませんか? そうすれば私の一生を通して神官長として魔族を遠ざけ、人間社会を守ることをあなたさまに誓います」


「イエセ‥」


「私としては精一杯の求婚なのですが、良い御返事を頂けませんか? あなたさまを命かけてお守りすると誓います」


 ココナッツブラウン色の瞳が、志織を乞い求めるように熱い視線を投げて来た。


「あの…イエセ。あなたはわたしのことをどう思ってるのですか? 異性として好む相手ですか?」


「もちろんです。あなたさまに初めてお会いした時から心が高鳴っておりました。この気持ちは告げずにいるつもりでしたが、魔王さまや勇者さま達を見ていて気が変わりました。彼らにあなたさまを託すことは出来ません」


(ぎょええええっ。炎の神官長さまがわたしを?)


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