第7話・勇者か魔王か



 イエセは淡々と言葉を重ねた。


「聖女さまは今後、神殿預かりとなりまして聖女さまが勇者さまルートか、魔王さまルートかお選びになるまでここに留まって頂きます」


 つまりは彼らのどちらかを選ぶまではここで衣食住の面倒を見てもらえるということらしい。それは志織としてはかなり助かる。なんせ異世界に来た事なんて初めての経験である。右も左も知らない世界にひとり放りだされたのならのたれ死にしそうだ。


でも勇者か魔王かどちらかは選ばないと考えると頭が痛くなってくるけど。


「勇者を選べは魔族が滅び、魔王を選べば人間が滅ぶのでしょう?」


「ご存じでしたか? では聖女さまはどちらを選ぶべきかもうお分かりですね?」


「本当ならここは勇者を選ぶべきなのでしょうが‥正直言えば戸惑っています。別に勇者を選ばなくても魔物に攻め込まれないようにすればいいんですよね?」


「それはどういう意味でしょう?」


「言った通りのままですけど?」


 志織の言葉にイエセは首を傾げた。


「魔王は人間を滅ぼす為に存在しています。魔族は人間を殺す事を生業としています。そんな綺麗事が彼らに通じるとは思いません」


「あのマーカサイトを見てそう思いますか?」


 やけに人間臭い魔王だと思うのですが。と、志織が目を向ければそれは‥と、イエセが唸りなにやら小さい声で呟いた。


「……こんなことを言い出すなんて……、今までにない展開だ」


「なにか言った?」


 志織が聞き返すと彼はなんでもありませんよ。と、態度を取り繕った。


「あ。いえ。では聖女さまはどうお考えですか?」


「わたしはマーカサイドと直接話をして交渉したいと考えています。彼はこの仕組みについてどう思ってるのか。彼の考えによっては、人間を襲う未来から回避されるかもしれないと思うので。万が一、良い返事を得られなくてもわたしが生贄となって彼のもとへ向かい、人間だけは襲わないように懇願してみます」


「いけません、聖女さま。危険です」


「魔王は人間を襲うなんて誰が決めたの?」


「それは自然の摂理でして‥」


「わたし見た感じ、マーカサイトは人間をどうにかしようと思ってない感じがするの」


 彼とは今日初めて出会ったが瑠璃色した髪の麗しい魔王から人間に対する悪意のようなものは感じられなかった。もしかしたら根はいい魔王なのかも知れないと志織は思っている。志織の言葉にイエセは苦虫を噛みつぶした様な顔をしていた。


(なんてったってユミルの弟だしね)


 だからといって贔屓目で見てる訳でもないが。なんとなく世知辛い世の中を渡って来た三十過ぎ女の勘がそう伝えて来るのだ。マーカサイドはシナリオ通りに、損な役回りを演じさせられてるのではないかと。


「お願い。マーカサイトと話をさせて?」


「仕方ありませんね。聖女さまがそう申されるのでしたら会話の場をセッテイングさせて頂きます」


 志織が頼むとイエセは分かりました。と、請け負ってくれた。でもあまり過度に期待はされない方が宜しいでしょうと言って。魔族は人間を騙す存在でもありますから。と、不安な様子を見せていた。

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