第6話・危険な神官長
「その手をお放しください。勇者さま。魔王さま」
ぼんやりする志織の視界に、けん制するような声とともに鮮明な赤々とした炎が映り込んだ。それと同時に志織は自分が今いる場所を自覚して驚愕した。
自分の両脇を炎が駆け抜けたのだ。一歩でも動いていたのなら自分が丸焦げになっていたかもしれない状況にゾッとした。
それは志織の両脇にいた男たちも同様だったらしい。慌てて志織から離れたレオナルドやマーカサイトが亜麻色の髪の若者に抗議した。
「あっぶねぇ。何をする。イエセ神官長」
「いきなり予告もなしに卑怯だぞ。神官長」
ユミルは志織を勇者と魔王のふたりに腕を取られた時に時間を戻したようだ。その後もしつこく志織から離れる様子がない二人に、どうやら痺れを切らした亜麻色の髪の若者イエセが実力行使に出たようだった。
レオナルドやマーカサイドの発言で彼の名前と素性が知れたが、彼は神官長だったらしい。ココナッツブラウン色した瞳が怒りで燃えたぎっていた。
「お黙りなさい。邪魔をしてるのはあなた方でしょうがっ」
イエセが突き出した掌から再び放たれたのは炎の砲弾で、彼の隙を見て志織に近付こうとしていたレオナルド達は撃退されて志織に近付く事も出来ずに悔しがって地団太踏んだ。
「くそっ。ちっとも聖女に近付けやしない」
「邪魔するな。神官長」
それに対して言葉も出ないのは志織で呆然としていた。
俺様勇者や美麗な魔王、麗しい神さまに、炎を放つ神官長。志織が出会ったなかで一番強烈なのはこの人ではなかろうか?と、思う。異世界は何でもありなのか。三十過ぎのオバサンにはもはや理解不能ですよ。
(見かけは優しそうな人に思えたのに。あっぶなぁ)
気を抜いたら志織も丸焦げにされてしまいそうだ。彼を怒らせる事は避けようと志織は思った。
「取りあえずあなた方は帰って下さい。あなた方がいると聖女さまとお話が進みません」
イエセは見た目は優男風なのに、魔王や勇者を前にして一歩も引かない。
「イエセ。なんで俺が帰らなくてはいけないんだ? 俺は聖女を迎えに来たのに」
「そうだ。そうだ。神官長。我も聖女を迎えに来たのだぞ」
不服そうなレオナルドとマーカサイト。志織は先ほどまでユミルと話をしていて大体の事情を聞き出したせいか、魔王マーカサイトのことがちょっぴり気になって来た。
「取りあえずは今日の所はこれでお引き取りを。おふた方が勝手なことをせずに大人しくしていて下さるのなら後日改めてお一方ずつ、お招き致しますので」
イエセがふたりに厳しい口調で言えば、仕方なさそうな顔をしてふたりは頷いた。
「分かった。では日を改めよう。それまで聖女。元気でな」
「聖女。また来る」
レオナルドとマーカサイトは渋々踵を返し、この場から退出した。この場にはイエセと何人かの神官らしき者だけが残っていた。レオナルドたちが乱入して来た時に、遠巻きに志織達を見ていた人達だ。
「聖女さま。では改めまして後ほど詳しいことはご説明申し上げます。まずはお部屋に案内させて頂きます。セレナ、ご案内を」
イエセの言葉に、数人の神官たちの中から一人の女性神官が進み出て頭を垂れる。
「聖女さま。お部屋の方にご案内させて頂きます」
「よろしくお願いします」
神妙な様子の女性神官に、臙脂色のジャージを着た聖女は頭を下げた。
セレナに案内された部屋で湯あみした後、志織は彼女達が着てる様な貫頭衣の白い神官服に着替えさせられて食堂へと通された。
ジャージはこちら側の世界では受けが悪いようである。部屋に案内されてすぐに湯浴みを勧められ、その後で着替えの為にすぐにジャージに手を伸ばした志織に向かって、セレナが即効口と手を挟んで来た。
「聖女さまにはそちらのお召し物よりこちらのお召し物が大変お似合いでございます」
と、まくしたてられて着替えさせられた上に軽く化粧を施され、セミロングの髪の毛もアップにされて白い花の飾りのついた簪を挿された。志織は黙ってされるがままになり、イエセのもとへと案内されたのだった。
「聖女さま。よくお似合いですよ」
彼が待っていたのは食堂で、そこで食事をしながら話でも。と、言う趣向らしい。彼にエスコートされて席につけば、ふたりの間を遠く隔てるように長方形の石のテーブルが伸びていた。テーブルの両端に席が用意されてあり会食相手との距離が遠いのは気になったがそれ以外は最適だった。
出された料理は実に美味しかった。野菜のゼリー寄せに葉物野菜の裏ごしスープに、この国特産だと言うホロコロ魚のから揚げに海藻パスタ。最後の締めは甘く煮つめた果物を白い寒天に閉じ込めた様なデザートだった。なんだか実家の料理に似ていて志織は懐かしく思った。
神職にある者の食事と聞いてもう少し粗食なのだろうと勝手に思い込んでいただけに料理が出て来た時、実に美味しそうで驚いたのだがイエセ曰く、この国の聖職者は陸に住む動物の肉さえ食さなければ問題ないらしい。
味付けは志織のいた世界と変わりがないようで、魚貝料理に掛けられていたソースの焦がした様な味と香りは元いた世界を思い起こさせて望郷の念を起こさせた。そんな志織に本題とばかりにイエセが語り出した。
「もう何となくはお分かりかとは思いますが、ご説明させて頂きますね。あなたさまはこの世界に召喚されて聖女さまとなられました。もう元の世界に戻ることはできません」
ユミルに聞いた通りだった。志織は頷いた。
「嘆かれないのですね? 辛くはないのですか?」
元の世界に帰れないのですから。と、イエセは労わりを見せる。志織はユミルから言われていたことなので喉元まで上がりかけていたそんなの知ってるわ。と、言う言葉を飲み干すので精一杯だった。
巻き込まれた感はあるものの、ユミルが異世界人女性を召喚する理由を知ってしまったことで彼らに同情を覚えたのも確かだ。そんななかで自分だけ被害者ぶることは出来そうになかった。
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