🌠にわか聖女は選択に悩む

朝比奈 呈🐣

第1話・突然異世界召喚されちゃった??

 ある朝の日曜日。能書(のうがき)志織(しおり)三十二歳は、臙脂色のジャージ姿のまま異世界に招待されてしまっていた。突然の展開にぽかんと情けなくも口を開け、馬鹿面するしか能がなかった。 

 

  昨晩深酒したせいだろう。彼女は早朝に尿意を感じて目が覚めた。トイレに向かい用を済ませすっきりした面持ちでドアを開けたところで、ぱあああああっと視界が勝手に開けたのだ。

 

 晴天の霹靂とはこのようなことを言うのだろう。あり得ない光景がそこには広がっていたのだから。


 志織の目の前に現れたのは白く輝く世界。瞬きする瞳に飛び込んで来たのは、亜麻色の髪にココナッツブラウン色した瞳の垢ぬけた容姿の若者の姿。恐らく二十代半ばと思われる。その彼と目があって志織は恐縮した。


「あ。間違えました」


 すいません。と、トイレのなかに戻ってからおや、ここは自分が借りてるアパートの部屋ではなかったか? と、気がつく。どうやら寝ぼけていたようである。


(おかしいな。夢でも見たかな? トイレの外に綺麗な人がいた気がしたけど?) 


 こわごわドアを開けてみれば、まだ亜麻色の髪の若者はいた。彼は神職者のような白い長衣に身を包んでいてこっそりと覗き見る志織と目があうと、優しくほほ笑んで来るではないか。彼の背後を伺えば真白な大理石の床らしきものが見えた。そこには見覚えのない空間が広がっていそうでなんだか直視するのが怖すぎる。


「聖女さま。お隠れにならないで下さい。我々の前にその尊いお姿をどうかお見せ下さい」


 そういって近付いてきた若者を警戒し腰が引けていると、


「聖女ぉおおおおおおおおおおおおおおお!」


 と、雄たけびのような怒声が聞こえて来た。怒涛の勢いで先を争うようにして男性二人がこちらに向かって来るのが見えた。亜麻色の髪の若者は、ふたりの男性の勢いに押されてか志織の前から距離を取る。志織がよくよく周囲を伺えば自分達はどこか広間のような所にいて、遠巻きにこちらを伺う人の姿もちらほら見えた。


 ふたりの男性は、その野次馬らしき他人の輪から外れて前に飛び出して来た四、五歳くらいの銀髪の髪の少年を突き飛ばし、志織に向かって一心不乱に駆けて来る。まるでそれは志織以外の者は目に入ってない様子で、盲目的に志織にロックオンした状態で突き進んで来る。闘牛の様な勢いに志織は青ざめた。


 救いを求めるべく亜麻色の髪の若者に手を伸ばしたはずが、不覚にもその腕を息を荒くした赤茶の髪の男に取り上げられた。


「これで聖女は俺のものだ!」


 やったぜっ。俺。とばかりに掴んだ志織の右腕を高々と上げて見せた男はぜいぜいと息を切らしながらも、にいっ。と、笑ってみせた。顔には自信に満ちた琥珀色の瞳が輝き、整った顔立ちを魅力的に思わせた。


 女性にちやほやされそうなルックスだな。と、志織は思う。年の頃は二十八歳くらいだろうか? 彼女がもっとも苦手とする暑苦しいタイプの男だ。


彼は一見西洋の中世時代の衣装か? と、思う様なレースやリボンや宝石をこれでもかと多いに盛った襟なしの深紅の上着に、着崩したようにスカーフをだらしなく巻いて背中に垂らした赤茶の髪を黒いリボンで束ねていた。


 もしかしたら剛速球で駆けて来たのでその勢いで服装が乱れたのかもしれない。華美な格好で全力疾走はかなり堪えるものがあるだろう。


 お気の毒さま。志織は他人事の様に関心がなかった。が、彼の「あ~、あちい」と、言いながら志織を掴んだ手とは反対側の手で、胸元を意味ありげはだけさせた時においっ。と、思った。


 彼が流し眼を志織にくれながら主張させたのは、胸元から覗くギャランドウ。


(うわあ。こりゃあないわ)


 胸元から覗く赤茶の剛毛。志織はそんなもの平気で見せるなよ。と、思う。未婚女性に、いや、志織には剛毛の胸毛は強烈すぎた。


(早くしまえよ。そんなもの)


その無駄毛を毟ってしまいたい。なぜかドヤ顔してる男にむかつきかけていると、反対側から声がかかった。


「ちょっと待て。まだ聖女はそなたのものではない。まだそなたは聖女に選んでもらえてないだろうが? 勇者王レオナルド」


 赤茶の髪の男はレオナルドと言うらしかった。勇者王ってなんぞや? と、聞きかえしたくなったが、それより先にレオナルドに掴まれていない側の左腕が引っ張られた。

 レオナルドに対抗してるように言い放った男を、何とはなしに凝視した志織は息を飲んだ。


(こんなにも雅な男性がいるなんて‥)


 志織は一目で目を奪われた。志織の左手をとった男は存在そのものが優雅の一言に尽きる。瑠璃色した長い髪に紫色の瞳。人外の美しさを持った男性は黒い袖口のゆったりとしたチュニックを着ていて、その上に同色のマントを羽織っていた。

この男性を見たらレオナルドなんてお子ちゃまにしか見えない。レオナルドよりは幾らか年上と思われる彼は大人の男の余裕のようなものが見えた。


 全身黒づくめなのに、彼の麗しい容姿と相まって魅了される。綺麗過ぎる男だな。と、志織が思っていると右側にいるレオナルドが吠えた。


「どっちにしろ一緒のことだ。聖女は俺を選ぶのに決まってるのだからな」


「まだ決まってはいない。レオナルド」


「何だ? 負け惜しみか? 魔王マーカサイト」


「聖女は勇者と結びつくのがこの世の決まりだ。諦めろ。その手を放せ。マーカサイト!」


「レオナルドよ。そちこそ聖女の手を放すが良い。聖女が嫌がっておる」


 魔王マーカサイドと呼ばれた男がぎゅうっと強い力で志織の手を引いてきた。それに対抗してレオナルドも引っ張る。


「痛いっ。止めてよっ。痛いってば!」


 ふたりはいがみ合いお互い相手から志織をもぎ取ろうと両脇から力いっぱい引っ張りまくる。傍から見ると滑稽な三人組だろう。真ん中にいるのはジャージ姿の志織。その彼女をカッコいい男性と見目麗しい男性が取り合いしてるのだから。

 レオナルドよりは落ち着きのある男と思えたマーカサイドだったが、どうもレオナルドが絡むと平静ではいられなくなるらしい。そこがちょっと残念な男だ。


(まるで運動会の余興の借り物競走みたい)


 臙脂のジャージ姿の志織に、俺様男と全身黒ずくめの美しいカラス男が取りすがって来る。これでゴールまで走ったなら一等賞間違いなし?


 妄想運動会から我に返った志織は、周囲の視線を集めている事に気が付いた。こんな茶番は早く止めてもらいたい

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