第十一話。ロギオス全域数ヵ所同時テロ事件

学園都市【ロギオス】。ギリシャ語で『学者』という意味を持つこの都市では様々な学術や教育機関が集結している、日本最大の知恵の都(みやこ)だ。


その中でも抜きん出て歴史書に乗るほどの偉人を生み出し続けたのが【魔星学園】。

中等部、高等部、大学、大学院とほぼ自己完結してるこの教育施設ブランドは今でも日本一を誇る人材が在籍してる。最近は小学生と幼児園までも検討に入ってるらしい。周りの学校経営者たちを潰す気かな?


しかし、光あるところに影あり、というようにこの学園にもそういう【影】的な部分もあるのだ。例えば最近の都市数ヵ所同時爆発テロ事件なんかは主犯はほぼ学園の卒業生や元在学生らしい。


違法実験、怪しい宗教、詐欺などなど、この都市で行われた犯罪の数々もまたこの都市や各教育機関が生み出した成果である。


ずる賢いやつらはいつの時代だって必ず生まれてくる。


単純に善悪の判断が出来ない障害者や善悪はついてもくそみたいな理由で人様に迷惑を付ける奴らならまだ法律で対処できるが、法の抜け穴を使って身を潜めてるゴキブリみたいな犯罪者は今も学園の議員たちの頭を悩ませる。

そこで歯には歯を、影には影をということで都市の取り締まる側にも表に公開しない犯罪を取り締まる組織を設立することにした。


その名も【ニドラさんのティータイム部屋】。


「いや、名前...」

「何?かわいいじゃない?あと名前通りにちゃんと午後のティータイムもあるわよ」

「いや、そうじゃないじゃん...」

「細かいことはいいじゃないの」

「まあ...」


【ニドラさんのティータイム部屋】略してニベヤ。二度と太陽の光を見なくするぞ、という意味のあだ名もたまに噂になる組織だ。


構成員はラーコフ・ニドラ。魔星学園大学部、生物魔術教師。26歳独身。


以上、ニベヤの構成員でした。


「一人じゃん!!噂も影の組織も何でもないじゃん!!」


ちなみに拠点は大学のとある校舎の3階。


「フツー!!しかも微妙な高さにいるし!!エレベーター使うにも電気代が勿体なくて、かと言って会談使うのもちょっとダルイ高さじゃん!!」

「いいね、そのツッコミっぷり。合格だわ」

「何が!?」


今その拠点である大学校舎の教室の中では二人が豪華な丸いテーブルを囲って、丁度15時の今にティータイムをしていた。


一人はニベヤの総帥兼研究員兼実行員兼雑用係のラーコフ・ニドラ。


ボサボサの黒髪に白衣と眼鏡を身に着ける女性。白衣のしたには教師とは思えないまるで自宅警備員が付けるような自筆のような文字で【おら、こんな職場いやだ】と書いてる白いTシャツ。下はさすがに不潔な見た目通りのパンツ一丁というわけではなくちゃんとジーパンを履いている。

十人中、必ず全員が口揃って美人と言われそうな奇麗な顔は半分隠れてて正面からでは見えない。ただ彼女の身長は176センチという高身長女性なので、下からなら十分にその大人の色気満載の美人っぷりが見えるのだ。


なお、手に持ってるコップには砂糖たっぷりのミルクコーヒーが入っている。将来糖尿になりそう。


そしてもう一人は背が小さく可愛らしい黒髪の少女。


「で、つまり俺はその学園都市兼魔星グループのなんちゃって影組織に目付けられて、そのまま死んでしまっては勿体ないから何とかして、蘇らせたってわけ?」

「大まかには、ね。」

「何てことしてくれんの...。」


もう一言付け加えると、元少年の少女だ。

木霊凜、つい先月で16歳になったばかりの元少年。何故元少年で今は少女になってるか説明すると、それは彼が特殊な性癖の持ち主...ではなく、悲しいことに彼は二日前に死んだのだ。


そう、死ぬ。デス。DEATH、である。


当日に行われた、違法研究や数々の犯罪とテロリストを繰り返す犯罪組織【人類の夜明け】の全滅作戦にて、木霊凜は学園都市議員会直属特別学生警備隊、または別称【特別風紀委員会】の一員として参加した。


その際、主目的である【人類の夜明け】の主要拠点や物資倉庫及び世界的脅威になりかねない兵器、コードネーム【崩壊神】の破壊に成功したものの、組織の総帥と思われる人物と数名の幹部格の人物が逃亡に成功し、こちらの被害も少なくはなかった。


破壊された大中小ビルは12ヵ所、被害にあった民家100件超えで、作戦に参加した者の中から重傷者50名、軽傷者約300名、そして死者19名。他にも民間人の負傷者の通報が何百件もあり、今の時代ではとんでもない数の被害者を出したこの20年で最大の凶悪なテロリスト事件である。


その死者19名はうち18名は特殊部隊や警察の者で、元々死ぬ覚悟のある者だったため、主犯格を逃したとはいえ長年この街を巣食う犯罪者集団を排除したということで、名誉の死と人々に讃えられた。


しかしその一人は残念ながら警察でも自衛隊員でもなく、ただの勇敢な少年だった。


そもそも【特別風紀委員会】が設立されたのは公共奉仕に志望のある学生のためで、そこに入るのはごく僅かな一部しかできないくらい入隊条件は厳しい。が、昔は色々と国家資格やら何やら取らないといけなく、今では時代が進むにつれそれらの条件はあやふやになった。


今では簡単に言えば「プロもしくは本職(警察や自衛隊)同等またはそれ以上の実力を持つ者」が条件だ。そして誰がそれを決めるかというと、ようは内部者がスカウトするのだ。


まあ、今まで【特別風紀委員会】には人格者ばかりで、警官同等の権利を持ったにも拘らず、それを横行に使うものはいなかった。おかげでというべきかそのせいでというべきか、その緩くなった状態の【特別風紀委員会】だから、木霊凜という少年は問題なく入隊できた。


確かに彼の固有魔法である【転写魔法】は将来性が高い固有魔法だが、決して強くはない。なので当初【特別風紀委員会】の大将である十二家の桜庭家の長男である、桜庭正寿は彼を後方に配置した。


友達と一緒に街の治安を守りたいという、些か浅はかな志望理由だが、まあ【特別風紀委員会】はいつだって人手不足だ。東京の面積の3分の1あるこの街をたった数十人だけでは到底守り切れそうにないから。


なので彼を、木霊凜を後方のサポートや、たまに待ち伏せ作戦の現地サポートぐらいにしか任務を与えなかった。しかし意外にも、というほどではないが、周りより何倍も努力した結果、彼の能力の性能が一気に上がった。


複数の固有魔法をコピーし、同時に発動するのはプロの魔術師や警察官の能力を上回るぐらいには十分強かった。確かに魔力面ではまだまだだが、本人の豊かな創造性は【転写】の【融合】とは相性がとても良かった。


故に全体的には少し不足してるが、後方に止めるには勿体ない人材だと感じた桜庭正寿は彼を前方に出した。


それが不幸にも今回の悲劇を招いた。


前方の任務に出た木霊凜は確かに十分に活躍できた。しかしそれはあくまで中小規模の任務や作戦というだけで、街全域に及ぶ大作戦は彼にとって今回が初めてだ。


そして【夜明けの人類】全滅作戦当日、彼は運悪く【夜明けの人類】の主犯格と思われる人物と遭遇した。しかし若さからの傲慢か未熟さ故か、彼は自分の力量の判断をミスし、敵と戦う選択肢をして、そして散っていった。


確かに彼は【特別風紀委員会】の一員でも所詮はまだ人生経験の浅い子供で、彼がミスを犯したのは誰も責めない。


ただ犯したミスの代償はあまりにも大きかった。普通に学校で何か失敗したら、叱られるだけであとは反省してもう繰り返さないようにすればいい。失敗は子供の内だけともいうように。


なら、彼が死んだのは誰のせいなのか、もちろん彼に危険な場所に行かせる【特別風紀委員会】だ。


流石に桜庭正寿にも監督責任はあるが、彼とて大学2年生で、まだ学生という身分。なら何を責めればいいのか答えはその上の、彼らの上司的な立場にいる現議員会だ。


色んな方面から質問と罵倒を受けて、議員会は渋々【特別風紀委員会】の入隊条件などを見直して、一旦隊を解体した。


と、新聞にはそう記されている。


「完全にデタラメじゃね?」

「報道とはそういうものなのよ。新聞でもテレビでもネット記事でもね。」


そして最近の動画も、と付け加えておく。


「俺って勝手に突っ込んで勝手に死んだってことにされてるの...。」

「悲しいことにね。まあ突っ込んだのは間違いないけど。だって私たち攻める側だし。」

「...。」


しかし実際には少しだけ違った。

今、【崩壊神】を消滅させた功績で世間の英雄になってる『高峰洋』を溺死状態から救った代わりに自分の命を保つ魔力を犠牲にして、『木霊凜』は息絶えたのだ。さながら影の英雄。


しかし、先ほどラーコフ・ニドラに渡されたそのニュースサイトを開いてるタブレット端末を見て、元彼現彼女はやるせない気持ちでいっぱいだ。


「はぁ...それで、俺を生き返らせてどうするの...?」


もう疑問は山ほどあるが、これから先、未来に対してする疑問はもはや彼の中にこれしかない。


元の面影はあるものの、どう見ても元の木霊凜ではない。150センチで白い肌に長い黒髪の、日本人形のように美しく可愛らしい女の子になってしまっては、知り合いにあっても『木霊凜』だと認知して貰えないだろう。


だから今は本当に、涙腺が緩くなっても仕方がないと凜は思った。タブレットを置いて代わりに砂糖たっぷりのココアを啜りながら。


「...まあ、もっと落ち込む君も見たいけど、流石に可哀そうね」


と、勿体ぶって一気にコーヒーを飲み、席から立つニドラ。


「記事と世間はそう認知してるけど、君の現状はそこまで悪くないよ」

「...というと?」


暖かいものを飲んで少し落ち着いたのか、少女は背筋を少し正してニドラを見た。


「まず君をどうするって話ね。どうしようもないわよ。だって君の能力が勿体ないってだけで、君の能力を利用するとかじゃない。例えばスティーブジョブズだって、もしあの時彼を蘇らせられるなら誰だってそうしたんでしょう?彼がいなきゃスマートフォンは誕生しないけど、彼がいてもスマートフォンが誕生するかどうかも誰だって知らない。

 だけどそれはつまりその可能性を持つ人がいるだけで、何かしら我々に大して何かの利益を生み出してくれるかもしれない。ようは君の将来を買ってるのさ」

「本当?」

「本当も本当よ。まあ強いて言えば君にはある意味我々の希望かもね」

「希望?」

「そ、君の友達が言ってたわ、確か、その...」

「高峰洋」

「そう。そのひろし?くんだ。まあ彼が言うには【人類の夜明け】のボスは君を『そちらの希望』と呼んでいたわ。それに君だってあいつをボロボロになるまで追い詰めたらしいじゃないの?それだけでも蘇らせるには十分な理由と思うわ」

「...」


そう聞いて、少し納得した気持ちになった凜。


確かにあの【人類の夜明け】のボスをボロボロにまで追い詰めたのは自分自身であると覚えてる。だけどその代償に凜は致命傷を負わされた。そしてもし洋が来なければ確実に原型もないまま死んでいただろう。


『希望』...とまでは自分は思わないが、まあ多少は一般人より戦力になるだろう。


しかし、それなら...


でも、それだけじゃ足りない。そう聞こうとした彼女にニドラは質問を待たずに話を続けた。


「まあ、それと今回の件でこの都市の防衛機能はボロボロよ。元々はとんでもない数の犯罪者が何年も潜伏出来るような街だし、機械的な監視や防衛機能は期待できないわ。

 壊された建物は全力を出せば一ヶ月内には修復も終わるけど、人的損害が大きすぎる。

 重傷を負ったものや死んだ人の代わりに空いた穴があまりにも多い。おまけにいらんことをしてくれた記者共のせいで学生が学生を守のためのシステムである【特別風紀委員会】も一時的とはいえ、なくなったし、だから今の状況は出来るだけ人員を補修するのが最優先事項よ」


なるほど。と、今度こそ納得した凜である。確かに被害の数字はとんでもないことになってる。死んではいないものの、流石に重傷者を危険な任務には行かせないだろう。だから猫の手でも一度死んだ者の手でも借りたいのか。


「それでまだ納得できないなら、まだあるわよ。君を蘇らせた理由は」

「な、何ですか?」


まだあるの、と純粋に疑問に思った。

確かに何故自分なのかという疑問もある。だって死者19人。ということはそのプロの魔術師や警察官、自衛隊員より自分の命は重いということになる。18の命より自分は価値あるのだ。

全員じゃないけど、確かにあのボスの人と戦った時は目の前で何人か死んだ。

今にも彼らを助けられなかった罪悪感に押し潰されそうになるぐらいだ。

それに他にも助かった者もいるかもしれないが、少なくとも19人全員を蘇らせるなんてとても現実的じゃないし、出来たとしてもテロリストのニュースより世紀の大発明ニュースになる。


「19人からその中から君を選んだのは君が最も優秀じゃないわ。君は運よく魔力欠損という理由で奇麗なままで死んだからだ。あの時君は一度、無傷なほど完璧に肉体を再生されて。しかし、そのあと新鮮な魔力を使ったことで君は死んだ。けど、確かに魔力はなかったけど、肉体の欠損を再生する魔力はそのまま君の体内に残ってる。まあ、魔法で再生された肉体を崩壊させないように維持するためのエネルギーは残っていたってことね。姿形を維持出来たけど、再起動させる分はなかったってわけ。仮死状態のようなものよ」


確かにあの時白椿あかりの魔法によって一度治療されたと凜は思い出す。彼女の血統魔法【超回復ハイヒール】の性能は凄まじかったと、凜は身をもって知ったのだから。


彼女に再生されたあの時の凜はすこぶる快調だったとその時の気分を思い出す。おかげで彼女の血統魔法を転写コピー出来るのだから間違いなくあの時の凜はほぼ無傷な状態になった。


で、転写したその血統魔法を致命傷を追った自分の親友を治した時も凜は純粋にすごいと思った。

血統魔法は今まで転写したことはあったが、治癒系の血統魔法はこれが初めてだ。

出力は高く、されど消費は少ない。その癖に細かい調整までも可能の強大で繊細な魔法だった。見えなくても相手の体内にある細胞が次々と再生されていく感覚は、まるで自分の筆がキャンバスを描くように達成感と幸福感を与え、術者を酔わせようとするほどのものだった。

流石十二家の血統魔法。生まれが違う。純粋に羨ましい。


「まあ、あのまま数十分もすれば流石に魔力なしでは新しく再生された君の肉体も崩壊し始めるね。

 けれどまた幸運なことにあの時の雨も、救援に来た人の中に氷結魔法の使い手がいるのも、まるで天が、神が君を死なせないようにと次々助けを送ってきたのよ」


しかし、完璧に再生されても、維持するためのエネルギーがあって、無限ではない。仮死状態とは言ったけれど、どうやってもあの時、木霊凜は間違いなく息を引き取った。もう目覚めないし、もう起きない。余程の手段があれば。

だが幸運にも、豪運にもその余程の手段が見つかるまでの時間稼ぎ手段は、そこに揃った。

死して間もなく完璧な肉体。大量の水とそれらを液状から個体にする方法。

氷漬け人間の完成である。


「僕って、本当に豪運野郎なんだな...」


こんなことで発揮するとは思いも寄らなかった特技に何故か安心感を覚えて、思わず凜に戻る凜。


「それで氷の中で奇麗に眠ってる君が運ばれてきて丁度君を助けるための魔法が完成したから、君がそのモルモット1号になったわけよ。よかったわね成功して」

「そうですか...」


僕を実験体にするな!と、一応内心で突っ込みながら凜は目の前の不潔な格好をする女性を見る。最初は自分のおふざけに付き合ってくれる変人かと思ったけど、今は女神の様に命の恩人のように思える。


本当に自分は運がいいなと思う凜。もしかして洋や他の人たちとの出会いもその運からなのかもしれないと思うと、何故か胸がいっぱいになる。


しばらく感傷に浸ったあと、小さい日本人形の少女はふと思い出したかのようにニドラの方を見る。


「あの...それじゃ僕が女の子になった理由は?」


恐る恐ると聞く木霊凜。


「私の趣味よ」

「ばかー!!!」


やっぱりこいつは変人だと思ったのでした。

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