第4話 聖女について思うこと
「びっくりした〜。ヤバかったよね?なに、あれ?知ってますか?アジタート様」
「知らないわ。初めて見た」
問われたアジタートは、頭を押さえながら答えた。目線の先のアーマンディは、長い髪を持て余し気味に遊んでいる。
(この子は本当に規格外すぎる)
心の中で、独りごちる。
波乱の『聖女の儀』を終え、アーマンディとアジタートは、大聖堂の敷地内にある聖女の館に移った。大聖堂の周囲の声は鳴り止まず、聖騎士団だけでは止まらず、公国騎士団を投入してやっと収まったと聞く。
大聖堂内で儀式に参席してた王侯貴族も、目の前で起きた奇跡に我を忘れ、アーマンディを称えていた。お陰で短時間で済ます予定の儀式が長引いた。
「女神スピカ様の光である事は確かでしょ。アーマンディ。あなたが神の力を降ろしたのよ」
「僕ってやっぱり特別なんだ!スピカ様ってば、実は美少年好き?」
「不敬よ?」
「は〜い。気をつけま〜す」
舌を出してヘラヘラしているこの子を見ていると不安になる。アジタートはため息をついた。
18年前、この子が産まれた時にも女神スピカ様の力を感じた。やっと聖女の誕生かと安心したのも束の間、男の子だった事に気づいて愕然とした。だが男の子であろうと、アーマンディに聖属性の力があるのは確かだった。
私を遥かに凌ぐ聖属性の力。先代も稀代の力の持ち主と言われていたけど、それを遙かに凌ぐ力。その力の底の知れなさに、身振いがするほど・・・
扉を叩く音が聞こえ、アーマンディの家族が入って来る。父であるカイゼルが妻のアントノーマと共にアジタートに近づき、一礼する。
「今日はありがとうございました。アジタート様。無事に終わって安堵しております」
「お礼を言うのはこちらよ。大変なのはこれからだわ。あの子の秘密を守らないといけない・・・」
目線の先のアーマンディは、兄妹で話をしている。家族の仲が良いのはアーマンディに取って救いだろうと思うと、希望が見える。
「そうですね。真偽の程は分かりませんがグノーム公爵家に、聖属性を持つ女の子が産まれたとか・・・」
「対面の申請はかけています。でもあちらの腰が重いのは事実」
子供達には聞こえない声で話す。兄妹がアーマンディの元に一直線に行ったのは、この為かと納得し、アジタートは続ける。
「グノーム公爵家は未だに子供を産ませ続けています。現公爵の子は20人を超えたとか。女をなんだと思っているのか」
「現在の大公は、グノーム公爵家出身です。シルヴェストル公爵家と共に、グノーム公爵家の力を削ごうとしているのですが、どうも部が悪いですね」
アジタートとカエンの妻のアントノーマはシルヴェストル公爵家の出身。その為、協力体制を強いている。アーマンディの事も知っている。
スピカ公国に王はいない。東西南北を守護する4公爵の中から、公国王を選出する。
南を守護するヴルカン公爵家は権力欲がないのか公国王になった事はない。その為、残り3公爵家から選ばれるのが通例となっている。この数十年はグノーム公爵家が公国王を独占していた。それが仇となり、政治の主導権を持って来れずにいる。
「私としては出来るだけ早くこちらに主導権を移し、男でも聖女と認められる様、法案を通したいのですが」
「カイゼル、それはかなり厳しい道だと言ったはずよ?アーマンディには今のまま、女装を続けてもらい、聖なる力を持った女の子が産まれたら変わる方が、確実だわ」
「それは逃げですよ。アジタート様。それでは何も解決しない。アーマンディ1人を犠牲にする事を父として容認するつもりはありませんよ」
アジタートは黙り込む。
この話では、いつもカイゼルとは平行線だ。カイゼルの言い分も分からなくはない。だが、『聖女』が女性という事は周知の事実だ。法律を変えた所で民衆が受け止められるかは別だ。
心配事は他にもある。アジタートはアーマンディを見る。兄であるカエンと妹のメイリーンと仲良く話している。その内容にアジタートは頭が痛くなる。
「ねぇねぇ、カエン兄様?みんな僕の事を見惚れていたよね?周りを見たんだけど、僕より綺麗な人はいなかったよね?やっぱり、僕の美貌は公国一?それとも世界一かなぁ!どう思う?」
「いい加減にしろ!アーマンディ!なんでお前はそうナルシストなんだ!顔が全てではないだろう!」
「大兄様、小兄様に今更説教しても無駄ですよ。馬鹿につける薬はないんですから」
「メイリーン!なんてこと言うんだよ。メイリーンはちゃーんと周りを見たの?僕より綺麗な人なんていなかったでしょ?」
「ほらね?小兄様は嫌味も分からないもの」
ウンディーネ公爵夫妻とアジタートは、乾いた笑いを交わす。
(これが一番頭が痛い問題かも知れない)
アジタートは半眼になりながら、右手でこめかみを押さえる。
本来なら『聖女の館』で教育を施す所を、病弱を理由にして、アーマンディはウンディーネ領にある公爵邸で行った。それは聖属性の力を持つ女の子が産まれた場合の保険でもあった。
その為、アーマンディには聖女としての教育とは別に、カエンと同じ教育を受けさせた。優秀なアーマンディは次々に知識を蓄えていった。
そこは良かった。だが気付いた時には、ナルシストになっていた。
昔から自分の事をかわいい、かわいいと言う子供ではあった。それを否定せず、肯定していたのが悪かったのか、それとも生来の者なのかは、誰も分からない。
だが、18歳になった今でも、彼は本気で自分が綺麗だと言い、全人類が自分を愛していると思っている。
「アジタート様、父様、母様、今日の夜会にヴルカン公爵家がいらっしゃるって聞いたよ。本当?」
少し小走り気味にアーマンディは、アジタートの元へ来た。カエンの説教から逃げてきたらしい。カエンがアーマンディを睨んでいる。
(政治の話はここで終わりね)
「ええ、わたくしでもヴルカン公爵家の方々にお目に掛かるのは初めてよ。普段、南の公爵領から出ない方々ですものね。今回は公爵様とその婦人、息子の小公爵様と令嬢と末の息子がいらっしゃると聞いたわ」
「わぁ、正直、聖女就任のパーティーなんて、僕の魅力にやられちゃう男性を増やすだけだから、どうかと思っていたけど、ヴルカン公爵家が来るなら、行く価値があるよね!」
これを本気で言ってるから怖いのだとアジタートは思う。
「お前!自覚を持てって言ってるだろう!お前は男なんだぞ!アーマンディ!」
「変なこと言うね?兄様。だってこんなに綺麗で可憐な僕に惚れない男なんていないでしょ?ねぇ、メイリーンもそう思うでしょ?」
「つまり、小兄様は男が好きなのね?それはそれで愛の形の一つよね。私は良いと思うわ」
最年少で優秀な魔法使いしか入れない魔塔入りを果たしたメイリーンは言う事が違うと、皆は感心した目で見る。
「何言ってんの?僕は全人類から愛されてんだよ?男とか女とか関係ないよ!」
「やっぱりバカにつける薬はないわね」
そう言うと、メイリーンはため息と共に消えた。馬鹿につける薬の開発をして来ます、と捨て台詞を残して。
「移動魔法!!もお!最近のメイリーンは本当にかわいくない!昔は僕の後を追いかけて来てかわいかったのに!」
「アーマンディ。お前、そろそろ着替えなくて良いのか?」
「あ、そうだね!さすが兄様。夜のドレスもヤバいよ!期待しててね!兄様」
ため息をつく兄を横目にアーマンディは続き間の部屋へ移った。アーマンディの事情を唯一知るメイドが部屋には待っている。彼女なら任せても平気だろう。そう思い、カエンは改めてアジタートに向き合った。
「ヴルカン公爵は夜会にも出席するそうですね。狙いは何でしょうか?アーマンディには近づくなと一応言いましたが、あいつが私の言う事を聞くとは思えません。夜会の間は張り付く予定ですが、私も万能ではないので」
自信なさげに言うカエンの肩を、カイゼルはそっと叩いた。今やアーマンディを叱れるのはカエンだけだ。息子だけに責任を負わせるわけにはいかない。
「私もいる。アジタート様もいる。お前だけに責を負わせるつもりはないよ。安心しなさい」
「母もいるわよ?」
「そうですね」
多少の安堵を覚えながら、カエンは心の中で思う。
腹黒いグノーム公爵家より得体の知れないヴルカン公爵家よりも、一番怖いのはアーマンディだと。
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