第3話 聖女就任の儀

 時は現代へ戻る。


 大聖堂の周りの集まった人々の歓喜の声を背に、カエンにエスコートをされながらアーマンディは大聖堂へと歩む。

 

 太陽に煌めく白亜の大聖堂の5本の尖塔は、空へと高く伸び、その美しさで権威を表している。大聖堂まで続く道は、人々の歩みを誘うかの様に、石畳で滑らかに整えられている。

 その道の端には公国旗を掲げた聖騎士が厳かに立ち並ぶ。その中をカエンとアーマンディは歩む。

 

 アーマンディの繊細な銀細工の様な髪がサラサラと後ろに靡くと、併せて肩から流れる刺繍を施されたトレーンがヒラヒラと舞う。ホルターネックのスレンダーラインのドレスは後ろに長く、その裾を落とす。


 長い睫毛が影を落とす深い海の様な蒼い大きい瞳。すうっと通った鼻の下には桜色の、小さめの口。白磁の様な逆三角形の顔。

 しっかりと前を見据え、慈愛を込めた微笑みを浮かべる。


 アーマンディの美しさに、訓練された聖騎士達でさえ息を呑む。



「アーマンディ、私はここまでだ」

 兄のカエンが大聖堂の入り口で足を停める。開け放たれた大扉の先は、先にある祭壇まで蒼いカーペットが長く敷かれている。そのカーペットの両脇に、神官が立ち、その後ろに自国や各国の王侯貴族が立ち並んでいる。


「行って参ります。兄様。ここまでありがとうございました」

 軽く一礼し、アーマンディは祭壇へと進む。その姿を心配そうに見守りながら、カエンはアーマンディの未来を、女神スピカに祈った。


 左側が自国の王侯貴族、右側が他国の王侯貴族。

 堂々と歩きながらアーマンディは兄に教えてもらった事を思い出す。

 

 本来であれば、聖女の儀式は15歳から行うことができる。曽祖母であり師でもあるアジタートは、見た目は若くても老齢だ。聖女の儀を早く行う様にと、ウンディーネ公爵家には要請は度々あった。だが、父が、兄が、病弱を理由に断り続けた。

 しかし、他公爵家にも聖属性の力を持つ女の子は生まれる事はなく、アーマンディが聖女となる事になった。


 昨晩、祖父はアーマンディの部屋へと来て、深々と頭を下げた。『お前に全てを背負わせてしまった』と謝られた。


 (変なの。謝る必要なんてないのに・・・)


 左右からくる自分を値踏みする様な視線を無視し、先へ進む。

 女神スピカ像の元の佇むアジタートの元へ。



 

 女神スピカ信仰で実質2番目の権威をもつ大神官にエスコートされ、階段を登り、女神スピカ像の元へ辿り着く。アジタートの正面に立つと、アジタートは美しく微笑んだ。

 美しい讃美歌が響き始める。大神官の祈祷が始まる。心を落ち着かせる香の香りが漂い始める。


 アジタートはアーマンディの両手を取り、優しく包み、お互いの額と額をつけ、目を閉じる。


 大聖堂に吊られた鐘の音が鳴り響き、聖女交代の儀が無事に終了した事を周囲に知らせる。

 外から歓声の声が湧き上がる。

 大聖堂内の賓客達も一斉に首を垂れる。



「頑張ってね」

 アジタートはアーマンディと離れる瞬間に声をかけた。

 頷く事でアーマンディは返事をする。大神官とアジタートが先に階段を降り、次に降りようとした時、自分を呼ぶ声が聞こえた。


「え?」

 振り向いた視線の先にある物は、女神スピカの像。見上げた先にある天井から光が見える。


「ひかり?」

 違和感に気づいて、呟いたと同時に光が自分に降り注いだ。驚きのあまり、皆を見る。驚いた顔のアジタートと目があった。この光は皆にも見えている様だ。



 天から降り注ぐ眩い輝き。


-望みを教えて?-


 鈴を転がした様な声が頭に響く。

(望み?)


-あなたの望みを教えて-

(僕・・・僕の望みは、皆が幸せになること・・・)


 気配が消えたと同時に、アーマンディ降り注いでいた光が、波の様に広がる。大聖堂から外へ、王都へ、更にその先へ。

 その光に触れた老いたる者に力を、病んだ者に癒しを、善なる者にも、悪しき者にも心に光を灯す。


 奇跡を目にした全ての人から、叫びにも似た歓喜の声が上がる。大聖堂から、大聖堂の周囲を取り囲む、人々から、公国民全てから!!

 女神とアーマンディを讃える声が響く。その歓声に、美しい笑顔で手を振り応えながら、アーマンディは心の中でつぶやいた・・・。



「僕・・男だけどね・・・・・・」

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