第23話 やり直しのお茶会
スカラップ侯爵家の庭は、冬だと言うのに花に囲まれていた。
色とりどりに咲く花の中央には暖をとれるように焚き火が焚かれ、そこで常に温かいお茶を楽しめるようにと湯が沸かされていた。
田舎の風景を持って来たかのような素朴で温かいお茶会に私はお気に入りのフリージアが刺繍されたコートで参加している。
そう、これは一年前のあの日の再現だ。
あの日と違うのはスカラップ侯爵家の没落を期待している者だったり、いくら不祥事が起きたとしてもスカラップ侯爵家はまだ筆頭貴族。婚約者不在となったセリオル様の婚約者の席を狙う者だったりの態度があからさまになった事だろう。
「やあ、シュリン嬢」
「ご機嫌ようシュリン様」
「エポラル王太子殿下、レモラ様ご機嫌よう」
周りから窺われる好奇を含んだ視線の中私達は笑いを堪えながら挨拶を交わす。
殿下から「話をしないか」とありがたいお言葉をもらい、神妙な表情を作りながらあの日、セリオル様達の会話を聞いた生垣のベンチへ私達は移動した。
さりげなく殿下の護衛が生垣の中に人が入らないように立ってすぐに私達は互いの顔を見合わせて笑い合った。
この場所は茶番が始まった場所なのだ。
「⋯⋯俺もそっちへ行きたい」
頭上から降ってきた声に顔を上げて私は吹き出してしまった。
そこには窓枠に顎をつけたセリオル様が不貞腐れた顔で私達を見下ろしていたのだから。
「駄目だ。お前が言い出したんだろ? 始めからやり直すんだって」
「だからと言って⋯⋯シュリンが傷付いた場所からやり直すなんて殿下も人が悪い⋯⋯それにあの時殿下は居なかったのだからもうそこから違っているではないですか」
「細かい事を気にするな」
「細かくないですよ!」
そうして始まったやり取りに私はまた笑ってしまった。
本当は仲が良いのよねこの二人。
「セリオル様ってこんな人だったのね」
「顔は良いけど、ちょっとだけ残念な方だったのよ」
「あら、そんな事を言っちゃう?」
「事実だもの」
「ふふっ⋯⋯良かったねシュリン」
レモラが嬉しそうに私を抱きしめてくれる。本当にレモラは大人っぽくなった。
他国がそうであるようにこの国も身分が高い事が絶対正義だと言う風潮が強い。いくら王妃様が後ろ盾に付いてくださったとしても口さがない人はまだまだ少なくはないの。
けれど「殿下の為なら何でも頑張れるの」と言っていた通りレモラは努力を続けている。
そしてそのレモラの隣にはいつも殿下がいるのだ。
「ねえ、レモラ。私達は少しでも成長出来たのかしら」
「どうかな。でもね、私達が頑張って変わらなければ何も変わらないと思うわ」
そうね。どうなるか分からない婚約者だった時よりも努力する事が辛くない。今の方が頑張らなくてはならないのにそれが全然辛くない。寧ろ、楽しいと感じるの。
私は力も権力も何も無い。たとえ家に権力があったとしてもそれは私のものではないのだし。私自身はやれる事を努力するしか出来ないから⋯⋯それがセリオル様の為になれたら良いなって。
まだ恋でしかないこの今の気持ちはいつか愛情と言えるようになるかな。だってもう、あの時の絶望感は無いのだから。
「さて、そろそろ庭の方へ戻るぞ。いくらあの日の再現をすると言ってもシュリン嬢は注目されているんだ。長く姿を消していては勘繰られる」
「でも⋯⋯シュリンは俺と不本意な婚約解消をしているのだから⋯⋯周りに心無い事を言われたり⋯⋯そんなの俺は嫌だ」
「私は大丈夫ですよ。なんて事ないです」
「それだけじゃ⋯⋯その、それ以上に心配なのは⋯⋯他の奴がシュリンに近付くかも知れないだろ? 不本意に一時的に婚約を解消しているだけなのだし」
何度も「不本意」なのだと強調するセリオル様に殿下とレモラが呆れたように笑った。
確かに一時的とは言え、今はセリオル様の婚約者ではない。だからセリオル様が気にかけてくれるのは嬉しいけれどそこまで過保護にしなくても平凡地味な私に近寄る人はいないと思うんだけどな。
「シュリン、絶対他の男に付いて行かないでよ⋯⋯」
セリオル様の頭にシュンとした耳が見える気がする。
「私よりセリオル様の方が⋯⋯心配です」
「!? それって、嫉妬、してくれているの?」
「シュリン嬢、甘やかすな。君が苦しい思いをしたのはコイツがヘタレだったからだぞ」
「殿下! 俺は変わるんです。ええ、必ず。今は不本意な婚約解消期間なだけなんですから」
嬉しそうな表情に変わったセリオル様が「そっちへ行く」と窓を閉めて私達はまた笑い合う。
「スカラップ侯爵家を継ぐ立場なのだからもう少し外見に合った凛々しさを保てないのかアイツは」
一年前、この場所で私は最低な話を聞いて残酷な告白を受けたのよね。そして偽りの日々が始まった。偽りの間もセリオル様は優しかったのに私はそれを信じていなかったのよね。
それが笑い合う日が来るとは思わなかった。
──けれど、すぐに来ると思っていたセリオル様は一向に姿を現さない。
殿下とレモラも「おかしい」と顔を見合わせて、一先ずお茶会へ戻ろうとした私達に悲鳴が届いた。
何事かと生垣を出た私は驚きで足が竦んでしまった。
「あら、シュリン様」
「ミディアム⋯⋯様」
「来ちゃダメだシュリン!」
そこには修道院へと入ったはずのミディアムがセリオル様を羽交締めにしてその喉元にナイフを添わせていた。
「ふふっ。婚約破棄されたのですよね? どう? 悲しい? 辛い?」
「ミディアム良い加減にしろ!」
「もうっセリオル様、いつものようにミディと呼んでくださいな」
どうしてミディアムがここに居るのかと戸惑っているのは私だけではなく、周りも息を呑んで成り行きを見守るしかないようだった。
なによりセリオル様を人質に取られては安易に動けないわ。
「セリオル様を返していただくわ」
そう言ってミディアムは焦点が定まらない瞳を揺らし、ニッと口角を上げて歪んだ笑みを浮かべた。
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