私の秘密

夜桜酒

私の秘密


「よーし、今日はここまで。今日やったところは試験に出すからな、しっかり復習しておくように。」



目の前にいる先生がそう言うと、まるでタイミングを図っていたように聞き慣れたチャイムが学校中に鳴り響く。


午前授業が終わってお昼休みになったということもあって、チャイムに負けないくらいにざわざわと騒ぎ出す。

私はチャイムと周りの声を聞きながら、思い切り背伸びをする。何分もずっと同じ姿勢で、その上ずっと座っているとどうしても身体が固まってしまう。だからこうして背伸びや体のあっちこっちを伸ばすと、固まった身体がほぐれていくようで、意外と気持ちがいい。



「ソラ~。お昼行こう。」


「もう少し待って。んん~。」


まだ伸ばし切れてないところがあるから最後まで伸ばし切りたい。

お昼休みじゃないと実は満足にできない。授業と授業の合間の休みは短いから、次の授業の準備と直前の予習で時間いっぱいに使うから出来ない。



「もう。ソラってば年寄りみたいだよ?」

 


お年寄りみたいって…。

高校生なのにお年寄り呼ばわりって、どうなのだろう。ただ身体を伸ばしていただけなのに。


それにこんな若輩者の私なんかをお年寄りの皆さんと同じ扱いだなんて、お年寄りの皆さんに失礼じゃない。そしてそんな失礼なことを言うのは、悲しいことに私の友達。


「こら、そんなこと言ったらだめじゃない。これでも空ちゃんは私達の中でも一番年下なのよ?」


「あたしは見たままを言ったの!歩美はソラに甘いなぁ。」


「あらぁ?そんなこと言ったら、未来みくはおじさんみたいよ?昨日だって誰が未来のお部屋を掃除したと思っているの?」


「ぅ…。」



私が体を伸ばし切っている間に、いつものように言い合いが始まっていた。

とは言っても、あゆちゃんの言葉に未来が言い返せなくなるだけ。


これも毎度の事で、この会話だけで未来とあゆちゃんの付き合いが長いことがよく分かる。

確か幼馴染だっけ。家も隣どうしだとか。

少しずぼらな未来におっとり系の歩美ことあゆちゃん。いいコンビだと思うよ。


「あゆちゃん、年下って言うけれど誕生日が一番遅いだけだからね?」


「あら?それでも空ちゃんはかわいい空ちゃんなのよ。」


時々あゆちゃんと会話がかみ合わない気もするけど、今は無視しよう。


「お。やっと終わったのか!」


「うん、お待たせ。」


「背伸びなんて授業中にやればいいのに。」


「授業は背伸びをする時間じゃないよ。」


「相変わらず真面目だなぁ。」


「空ちゃんらしいじゃない。むしろそこが空ちゃんの魅力よ。」


あゆちゃん…またよく分からないことを…。

胸の内で思わず呆れてしまう。

よく分からないけれど、あゆちゃんの言うそれは逆にすると、真面目しか魅力がないとかそれ以外は魅力じゃないってことになると思う。

でもあゆちゃんのことだから、そんなこと思ってないのも分かるから口には出さないけど。



私は鞄から作ってきたお弁当を取り出して、二人と一緒に教室を出た。

いつも私とあゆちゃんはお弁当で、未来が食堂のランチだから私たちは未来に合わせて食堂で食べるのだ。


「さて、今日のメニューは何だろうな。肉がいいな!!」


「昨日もお肉だったじゃない、たまには魚も食べなさい。」


「やだよ、肉食べないと部活で力がでないもん。ソラも肉の方がいいよね?」


食堂のメニューは豊富らしいけどやっぱり人気なのは、日替わりランチ。

味はもちろん、内容自体もその時にならないと分からないというドキドキ感がいいらしい。


「そうだね。でも今日は付け合わせの野菜も全部食べること。」


「うへー。」


「空ちゃんの言う通りだわ。」


野菜が嫌いだから、いつも付け合わせの野菜は食べない未来。最初はあゆちゃんがなんとかしようとするんだけど、結局食べないから最終的には私かあゆちゃんが食べている。


きっと今日もなんだかんだでそうなるんだろうな。

そう思いながら、食堂に向かっていたら…。



「うわっ…。」


「未来?どうし…火野一派。」


突然未来が立ち止まったので私とあゆちゃんが不審に思ったけど、あゆちゃんが未来と同じく前方を見て納得したように呟いた。


火野ひの一派。

その言葉を知らない人は少なくともこの学校ではいない。

いつも特定のメンバーが一緒にいて、他の誰も寄せ付けない。彼女たちは近づく者を追い払っているわけではない。


むしろ何もしていない、ただ周りから怖がられ、時に憧れさえ抱く人もいる。学校のカースト制度の絶対的なトップと言ってもいい。


「珍しいわね…休み時間は基本的に外にいるのに。」


あゆちゃんが嫌悪感を隠さずにまた呟いた。

あゆちゃんは彼女たちみたいな校則破りが大嫌いだからしょうがないけれども。未来ちゃんは…恐怖で固まっていた。

これもしょうがない、私たちはカースト制度では下の方だしね。


でも本当に珍しい。彼女たちは普段外にいて、少なくとも食堂の前で溜まっていたりしないのに。


「二人とも行こう。お昼食べる時間がなくなるよ?」


「ソ、ソラぁ。なんで平気なのぉ。」


「平気もなにも、同級生なんだから怖がることもないじゃない。」


「真面目を通り越して勇者だな!!」


そんな大げさな…。

そもそも私なんて。


「真面目じゃないよ…。」


「ソラ?何か言った?」


「ううん、何でもなっ…あゆちゃん!?」



先に進もうとしたら、あゆちゃんに思い切り抱き締められた。時々こんな突拍子もなくこんなことしてくるけれども、なんで今なのかしら。

あゆちゃんが謎すぎる。


「ふ、二人とも…あわわわ!!」


さすがの未来もあゆちゃんの謎行動に驚いたのか、一瞬止めようとしてくれたけど、すぐさま別の意味であたふたし始めた。

あゆちゃんに抱き締められながら、また前方の火野一派を見ると、未来があたふたした理由が分かった。火野一派がこちらに向かって歩いてきたからだ。それも…いつの間にか一派のみんなに囲まれていた彼女が先頭にいて。



ふとそんな彼女と目が合う。いや合った気がした。でもそれだけの話。

そしてすれ違いざまに、チリンと鈴の音を聞いた。ただ、それだけの話だった。



「あゆちゃん、そろそろ離して。」


「あ、うん。」


「未来も早く行くよ、おなかすいちゃった。」


「え?あ、待ってよ。」


「空ちゃん、なんだか嬉しそうね?」


「そうかも。実は今日のお弁当、私の好きなものだったの思い出したから。」


「そっか、なら早く行こう。ソラ、野菜とおかず交換しよう!」


「それは…しないかな。」



あゆちゃんや未来は気づかない。未来はもちろん、勘がいいあゆちゃんすら分からない。

だってこれは、私と彼女だけの合図なのだから。





----------





放課後。


午後の授業を終えて、教室にいたクラスメイトは散っていく。

これから部活に行く人、ただ帰る人などそれぞれ。


「それじゃあ部活に行ってきます。」


「またね、未来。」


未来は運動部だから颯爽に教室を出ていく。そのため帰りはだいたい私はあゆちゃんと一緒なのだけれども…。

今日はあゆちゃんには一緒には帰れないことは伝えている。すごく残念そうにしていたけれど、先生に用事があるからと言ってなんとか納得してもらった。

すごく名残惜しそうにしていたあゆちゃんも見送ると、私は教室を出る。


部活があるわけではない。

でも私は、迷うことなくとある場所に向かった。

階段を上って、立ち入り禁止と書かれた扉を開けて…。



「やっと来た。」



扉を開けた先、屋上には一人の生徒がいた。

茶色い髪色に着崩した制服。そして、びっくりするほど整った顔をして圧倒的な存在感を持つ生徒。


その生徒は私を見るなり、嬉しそうに目を細める。



空乃そらの。」


「待たせちゃった?火野さん。」



私、水科空乃みずしなそらなのを唯一呼び捨てで呼ぶ彼女こそ、火野雫

あの火野一派の中心人物だった。


「空乃。」


「何?」


「来て。」


彼女にそう言われると私は逆らえない。

彼女に近づくと、思い切り抱き締められた。あゆちゃんとは違う、とても力強く。


「火野さん。」


「やっと触れられた。」


「…もしかして、お昼の時って。」


「そうだよ、空乃に会いたかったから。」



そんなことなんて思ってもみなかったけれども。

珍しく外ではなく、食堂の前で一派のみんなといたのは、私に会いたかったからなんだ。



「そう。」


「でも随分と見せつけられたけど?」


「そ、それは…。」



申し訳ない。

でもあれは不可抗力だと思う。まさかあの場面であゆちゃんに抱き締められるとは思わなかったから。


「空乃は私のものだって自覚ある?あいつ、空乃に触れていた。私がどれだけ堪えていたか、分かる?」


「火野さん…。」



何を言うべきか迷っていたら、手を頬に添えられる。そのまま何度か撫でられた後、上を向かされ…



「ん…。」



唇を奪われる。

火野さんの唇はその名前の通り、火のように熱く、そして甘かった。

彼女とのキスは初めてじゃないのに、何度重ねても慣れない。



「ふふ。」



彼女は顔を離すなり、満足そうに笑った。

それに対して私は昂る胸の鼓動抑えるのにを必死だった。



「君のお友達はどう思うだろうね?」


「な…にが。」


「普段優等生の君が私と唇を合わせていること。それに君が私のものだって知ったら…面白い反応をするかもね?特にあのタレ目の子。」


「そ、それは…。」


きっと軽蔑されるだろう。

あの火野一派の、それも中心人物である火野雫とこんな関係だって知られたら、恋人でもないのにキスする関係だって知られたら、未来はもちろんあゆちゃんはきっと許しはしない。


そう、私たちは付き合っているわけではない。

ただこうやってお互い触れ合う関係で、私は火野雫の所有物。そんな関係。


いつからそうなったのか、はっきりとしたことはもう曖昧なんだけど、きっと私は火野さんと初めてこの屋上で出会った時から彼女に捕まってしまったのかもしれない。



「空乃のこんな顔を、私に堕ちているところを見せたら、ちょっかいかけなくなるのかな?」


「やめて。」


「じゃあ私との関係を断ち切って、真面目で優等生の水科空乃に戻る?」


「それは…もっと嫌だよ。それに私は、真面目でも優等生でもないから。」



私は決してみんなが言うような人間じゃない。

真面目で優等生って言うけれど、そんなのは私じゃない。



「今こうして火野さんの隣が私の居場所なの。」


「知ってるよ、私もそうだから。だから、空乃を手放すつもりはないよ。」


私を抱き締める力が強くなるのが分かる。

普段の火野さんは、口数は多くなく、どことなく冷めた雰囲気を持っている。

でも彼女の瞳には、冷たさの奥に激情を秘めている。私だけが知っている火野さんの秘密。



「(ああ。)」



その瞳に、火野さんに全てを捧げたくなる。

耐えきれずに今度は私から火野さんに顔を近づけると、そのまま唇が重なる。



「空乃は私のもの。これからも手放すつもりはない。」


「分かってる、手放さないで。」


きっと私の火野さんに対するこの思いは恋なのだろう。

でも好きだなんて、言えない。

言ってしまったら、きっと火野さんは私から離れていってしまう。そんなのは耐えられない。


だからこの想いは私の中で封じ込める。火野さんの私に対する気持ちは恋じゃないから。

だから私はこのままでいい。

火野さんの所有物でいたい。



これが私達だけの秘密であって、私だけの想いなんだ。









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