ラナリア王国の首都・ラピスにて

赤木フランカ(旧・赤木律夫)

よって、以下の物語を語ろう……

 私の自宅から坂を上ったところに、柿の木を植えた果樹園がある。雑草が茂らないところを見るに、ちゃんと手入れはされているようだ。しかし、今の住まいに移ってから数年間、一度たりとも持ち主が作業をしている様子を見たことがないのだ。


 人の出入りが少ないと、当然のことながら鳥が集まってくる。果樹園はムクドリたちのねぐらとなり、秋にはせっかく実った柿も食い荒らされてしまう。


 そんな寂れた果樹園に住み着いているのは鳥だけではないようだ。


 春になり暖かくなった頃、私は果樹園の近くでエノコログサの穂のようなものが落ちているのを見つけた。近くに寄って見ると、それはエノコログサではなく、アメリカシロヒトリという蛾の幼虫だった。毒はないが、桜の木などに寄生して葉を食べる害虫だ。


 私は靴の先で幼虫をつついてみたが、反応はない。もう死んでいるようだった。


 なんの事はない。薬局で買い物をした帰りに、蛾の幼虫の死骸を見つけたというだけのことだ。冷凍食品が融けてしまうといけないので、幼虫への興味を失った私はその場を去ろうとした。


 その時、私は雷に打たれたような痛み、いや快楽エクスタシーを感じ、フレクサトーンのような音を聴いた。突然の霊感サイキックスを受けた私の頭の中に、情報の濁流が容赦なく襲いかかる。


 理屈ではなく、第六感ハイパーセンスで理解した。アメリカシロヒトリの幼虫が引き金トリガーとなって、私はに接続したのだ。


 これから語る物語は、その時私の脳にインストールされた情報であり、決してフィクションではない。いや、すべてのフィクションはからもたらされる現実で、創作者はそれを自分で産み出したものと錯覚しているだけなのかもしれない。


 その意味では、虚構実在論は理論として成立する。



 ラナリア王国が存在するのは、私たちとは異なる時空の世界である。並行世界パラレルワールド多元宇宙マルチバース……表現は色々あるが、私は量子力学には疎いので、異世界ということにしておこう。


 この異世界は我々の世界と概ね同じ進化の歴史をたどっているらしく、生態系の差異はそこまで大きくない。


 ただ、世界各地に神々が遺したと言い伝えられる「聖遺物」が眠っているという点が、私たちの世界との相違だ。それを手にした者は、永遠の命や世界を統べる力を手にすることができるという。


 故に、この世界における中世に当たる時代も、私たちの世界とは若干様相が異なる。


 ラナリア王国の首都・ラピスの一角。混雑した食堂で昼食を食べながら、二人の若者が「聖遺物」について話している。


「なぁピーター? 『聖杯』の噂って聞いたか?」


 マッシュポテトを食べる手を休めて、栗毛の髪の青年が反対側に座る連れに話を振る。ピーターと呼ばれた黒髪の青年は、ハチミツ入りの紅茶を一口飲んでから答えた。


「もちろん、知ってるさ。王女様が病気で、彼女を救うために『聖杯』を探す捜査隊を募ってるんだろ?」


 ピーターの言葉に栗毛の青年は「そうそう」と頷く。


 因みに、ここで二人はジャガイモと紅茶という中世の西欧には無かったものを口にしているが、この時代のラナリア王国ではありふれた光景だ。風と地磁気を読む力を秘めた「方舟」という「聖遺物」を利用して、この世界では非常に高度な航海術が確立されていた。そのため、私たちの世界よりグローバル化の進展が早く、中世の時点で既にジャガイモや紅茶は広く食卓に普及していたのだ。


 それほど劇的な技術革新をもたらす「聖遺物」は、国家間のパワーバランスに大きく影響する。捜索隊に志願して「聖遺物」を見つけた者には、高額な報酬が約束されていた。しかも、今回は王女の命がかかっているため、ラナリアの国王は領地の一部を授けるとまで言っているのだ。


 栗毛の青年が報酬を目当てに「聖遺物」の話題を出したことはピーターにもすぐ解った。


「それでさ、俺、捜査隊に志願しようと……」

「ダメだ」


 解った上で、ピーターは栗毛の青年の考えを否定した。


「どうしてさ? 『聖杯』を見つければ俺たちゃ億万長者だぜ?」

「やめとけ、ハリー。悪いことは言わない」


 ハリーと呼ばれた栗毛の青年はそれでも食い下がる。


「なんだよピーター? お前金持ちになりたいんじゃなかったのか?」

「あぁ、金持ちにはなりたいさ。けど、それは『聖遺物』の捜索なんて博打じゃない」


 ピーターがそう言った時、ラピスの街に正午を知らせる鐘が鳴り響いた。その音を聞いたピーターは冷めてしまったマッシュポテトをかきこむ。のんびり話している時間は無くなってきた。


「ほら、ハリーも急げ! そろっと勉強会の時間だぞ?」

「わかってらぁ!」


 ピーターに急かされてハリーもマッシュポテトの残りを平らげる。


 食事を終えてた二人は、テーブルにチップを置いて食堂を飛び出した。向かう先は勉強会が開かれるコーヒーハウスだ。


「ちょっ、食べたばっかりなのにあんまり走らせるなよ……」


 ハリーは前を行くピーターに文句を垂れる。


「お前も金持ちになりたいんだろ? だったら勉強会に遅れる訳にはいかない。プランテーション経営の知識を身に付けて、俺たちは新大陸でコーヒー農園を始めるんだろ!?」


 ピーターは振り替えることなく返し、「ほら急げ!」と足を速めた。


 ここで起業を夢見る若者たちの物語は終わる。



 以上がからインストールした物語だ。この続きが気になるところだが、それを見るのは簡単だ。私たちが創作を行う限り、それはから情報を引き出しているということになる。例え結末が違っても、それは異なる可能性、並行同位体なのだ。


 あぁ、ときが見える……

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