ラムネ玉の夢〜ふたつの世界は交差するか?

真木早希

第1話 α1 時空が撮りたい!

 長い坂道を上り切ると、時計塔が姿を現した。

 俺は学校へと急ぐ。太陽は、高笑いするよう光を放ってやがる。

 なんで朝っぱらから、こうも元気ハツラツとしていているのかね、この恒星は。その溢れんばかりの笑みを、少しでも分けて欲しいぐらいだ。


 校門をくぐると、そんな太陽よりも激しい光が、俺から視界を奪った。

「おはよう、キヨセくん。相変わらず仏頂面ね」

 秋津ノゾミが、昇降口に続く並木道のど真ん中に立っていた。首からカメラをぶら下げ、でっかいストロボを片手にしている。蓄音機のラッパみたいなそれは、現代人の感覚ではストロボとは言い難い代物だ。

 ノゾミはそれを掲げると、時計塔の上に顎を乗せた朝陽に向けて、フラッシュを焚いた。スマホの連写のように何度もな。

――なにやってんだ、お前?

「強烈な光をぶつけ合わせると、超越的な時空の歪みが突然変異的に生まれて、その瞬間にお願いをすると、なんでも叶うらしいの! コンビニにあったオカルト本にそう書いてあったわ」

 ほうほう、それはアインシュタインが大笑いするぐらいオカルト染みたことだな。

「流れ星にお願いするより科学的だし、確率も高いじゃない。なにより、何でも実践してみるものなのよ」

 ノゾミはピカチカと、昔の報道カメラマンみたいにフラッシュを焚いた。登校してくる生徒たちは、眠りを邪魔されたネコみたいな目をして素通する。

――それで、お前はなにをお願いしたいんだ?

「そうね……なにかしら? あんまり考えてなかったわ」

――願いを叶えたいんじゃないのか?

「そういうこと、わたしあんまり思ったことないのよ。欲しいものも、べつにないし。名前通り、わたしはすでに望まれた生き物だから!」

――ああ、そうかい、そりゃ羨ましいな。その自己肯定感を、今この時間にもプラットフォームで生死の境にある人に分けてやりたいぐらいだね。善良な俺だったら、そうお願いするよ。

 

 すると、小学校低学年が発するような声が、後ろから聞えた。

「おーい、みんな! なんかね! なんかね!――」

 頓狂な叫び声の持ち主が走って来た。が、門のところでずっこけた。高校生にもなって、走ってずっこける奴がいるもんかね。

「えーっとね、なんだったかな、あっ、そうそう、昨日テレビでやってたんだけどねー」

 スカートをはたきながら、三笠ヒカリは立ち上がって話を続けた。

 ……だが、ちょっと待て。

 俺はヒカリの脚を指差した。

 お前の膝の皿……

「ん? ああ、なんか擦りむいてんね。うん、そんでね、テレビでやってたんだけどさ――」

 いやいや、擦り傷どころじゃない、尋常でない血が出ているじゃないか!

「たいしたことじゃないよ、そんでね、そのテレビでタイムマシンの作り方ってのをやってたんだけどね――」

 俺はヒカリの話を耳にせず、ハンカチを取り出して、右足の膝の皿を巻いてやった。

「おお! なんかマンガの世界でしか見ない光景! ちょっとヒロイン気分!」

 ヒカリは笑いながら手を合わせて、首を傾けた。

 ……こいつには、痛みを感知する神経が通っていないのだろうか? 無痛症って病気があると聞いたことがあるぞ。危機感が乏しくなり、気づいたら大惨事っていう。小さい時でもこいつは転んで泣いたことが無かったのだろう。「すごいね、えらいね」と、褒められて得意げになって今に至ったに違いない。

「そんで話の続きだけどね、時空を飛び越えるのって理論上は可能らしいんだよね! すごくない? 時間も空間も絶対じゃないんだね!」

 ヒカリはハイキングでもするかのように、ノゾミの方へと向かった。

「なにやってんの?」

「あ、ヒカリちゃん! あなたが加わることで、光が三つ揃ったわ、三位一体だわ! それにわたしという望みもある、四位一体……は聞いたことないけど、四天王ね! だから、超越的な時空の歪みも観察できるわ!」

 ノゾミは、ひと仕事終えたサラリーマンみたいにネクタイをゆるめ、シャツのボタンを二つ外した。そして太陽が昇る昇降口時計塔の前へと、ヒカリを立たせた。

「いい、ヒカリちゃん? いまからストロボを連射して、目がチカチカすると思うけれど、必死に願い事を唱えるのよ!」

 はーい、とヒカリは入学式の記念写真みたいにノゾミの指示に従った。

 俺は俺で、そんなアホな光景よりも、ヒカリの膝の皿が気がかりで仕方がない。ハンカチ、もう真っ黒だぞ? 貧血起こしてぶっ倒れるどころじゃないと思うんだがな。


 パシャ、ピカ、パシャ――と間抜けたフラッシュが連続して焚かれる。有名人の記者会見以上に騒々しい。後ろから眺めていても、目眩がするぐらいだ。

 予鈴が鳴る。

 それと同時に、フラッシュ連射も止った。

「……歪まないわね。なんでかしら?」

 ノゾミはストロボに向かって嘆いた。

「すべてが揃っているからいけないのかしら? 光もあれば望みもすでに存在している、つまり完璧すぎる、だから時空は歪まない。そうよね、キヨセくん?」

 知らん。現代物理学の入門書でも読み込んでみたらどうだ?

「そっか。ま、そんじゃ、よくわかんないけど、とりあえず集合写真でも撮ろうか!」

 と、ヒカリはサークル幹事みたいなノリで自前のカメラを取り出した。あんなに直でフラッシュを浴びていたくせに、悪酔いひとつしてないようだ。こいつはバス酔いも緊張酔いも、そしてこれから社会に出て飲み会があって調子に乗って飲みすぎても、二日酔いとは無縁な生き方をするんだろう。


「じゃあ、セットするよ!」

 カメラを門の上に置いたヒカリは、走ってこちらにやって来る。

 フラッシュがまたも意味なく光って、ジーっというフィルムが巻かれる音が響く。

「放課後、さっそく現像に出してみましょう」とノゾミはつぶやいた。「もしかしたら、時空の歪みが写っているかもしれないから!」

 だったらいいな。

 ま、DNA鑑定並みの確率で、頭がおかしい女子二人のはち切れそうな笑顔と、間抜け面の俺が、写っているだけだろう。


 高校のくせにバカでかい時計塔をバックにしてさ。


〈β1に続く〉

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