対魔性特別捜査官

粟沿曼珠

魔憑き川

 イビルストリートから遠く離れた旧市街、その付近に流れているアマンダ川——別名『魔憑き川』。魔性が頻繁に現れることからそう呼ばれている。


 依頼はこうだ——アマンダ川に現れた魔性が、人を食べまくっている。それを討伐して欲しい。


 この大地とそこに住む弱者や魔性を差別し、見下すように屹立する山のような大都市ハイランドシティがよく見える。スラムの住民同士の争いか、魔性の影響か、雑草くらいしか植物が見当たらない。


 アマンダ川を境として、二つのスラムの住民によるグループが存在する。お互いのものを盗み、お互いに同じ獲物を狙い、そういったこともあって険悪な関係で、争いが頻繁に起こるらしい。


「案内感謝する。後は一人で大丈夫だ」


 ここまで案内してくれたスラムの住民に一クレス札を投げた。ひらひらと宙に舞う金を、彼は歓喜の表情で縋るようにがっと掴んだ。

 ハイランドシティに住む身としては、一クレスなんてトイレットペーパーかティッシュペーパーのようなもの。しかしその下に住む者にとっては、確実に大金が当たる宝くじや投票券のようなもの。


 上か下か——住む高さだけで金の価値が大きく変わる格差社会ぶりを痛感する。


 ばたばたと興奮と歓喜に満ちたように走り去るのを見届けて、俺はアマンダ川に足を踏み入れる。思っていたより深く、腰の下辺りまで浸かって「うお」と声を出してしまった。


 川とは言っても、遠くから見たらあるのかどうか分からない程に細い。地球にとっては産毛のようなものだろう——


 と思いながら流れに沿って歩いていると、何かをぐしゃりと踏み潰したような感触を覚えた。ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり——一歩一歩歩く毎に、同様の感触を覚える。

 気にならないと言えば嘘になる——が、俺はそれが何かを見ないようにした。


 どうせ碌なものじゃ無い。


 そして、その予想は正しいと言わんばかりに、奥の方に魔性が見える。

 人の倍くらいの体格を持つ百足のような見た目だ。横に細長い顔には二本の触覚と口しか無く、血肉に塗れた葉を剥き出しにして笑っているかのようである。また人の腕が側面からびっしりと生えており、その悪趣味なデザインに吐き気を少し催す。

 胴体はでっぷりと太っているように見える。大方、死体を食い過ぎたのだろう。


 背負っている注射器のような大剣を手に取り、徘徊者プラウラーの詰め込まれているケースにチューブがちゃんと繋がっているか、チューブを軽く引っ張って確認する。


 ——問題無し。


 人工筋肉を起動させ、気持ち悪い虫を睨み——跳躍。


 一瞬にして間合いを詰める俺に気付く——が、でっぷりとした胴体では咄嗟に躱すこともできず、その背中に大剣が突き立てられる。


「きやぁ゛あ゛あ゛ぁぁ゛ぁああ゛ああ゛あ゛ああ!!」


 女性がもがき苦しんでいるかのような悲鳴を上げ、無数の腕をじたばたと動かして這いずり回っている。


「大人しくしろっ……!」


 喉の奥から何かがこみ上げてくる感触を堪えつつ、俺は大剣の柄の引き金に指を置き——引く。


 ——爆ぜろ。


 心の中でそう言った。


 引き金が引かれたと同時に、ケースの中の徘徊者プラウラーがチューブを一気に通って虫に注入され——


 不可視の粒子の徘徊者プラウラーは、人の思考に呼応して、その考えた現象を引き起こす性質を持つ。大剣と脳をリンクさせ、思考を飛ばして徘徊者プラウラーに指示を出すのだ。

 つまり、爆ぜろと思えば——


「ああ゛あ゛あぁあぁばぶ!!」


 爆発を引き起こす。


 虫の体は爆散し、血肉をあちこちに撒き散らした。細く浅い川であるが故に、川はすぐ真っ赤に染まった。


 爆散せず残った胴体の一部、その中にあったものが剥き出しになる。消化されて骨だけになった死体、消化しきれずにどろどろに溶けている死体——あまりの気持ち悪さに、俺は咄嗟に目を逸らした。仕事上こういうのは何回も見ているが、やはり慣れない。


 とはいえ、これで依頼は完了した。血の混ざった水は流れていき、まるで憑いていた悪魔が消えたかのように水は元の綺麗な透明になる。


 この気持ち悪さを和らげる為に、早く家に帰ってヴァイオリンシャークを見よう。そう思って帰路に就いた。






 これで終わりじゃなかった。

 再びアマンダ川に現れた魔性を討伐して欲しいという依頼が来た。


 あの時見た光景がフラッシュバックして吐き気を催しつつ、俺はアマンダ川に向かった——が、異変はすぐに、はっきりと分かった。


 アマンダ川に向かう際、旧市街を通るのだが、人の姿が無かった。以前来た時は大人も子供も路上で遊んでいたり、飯を食っていたりしたのに、今日は人一人いない。

 建物に入って確認するも、俺が見た限りでは誰もいなかった。どこかに行ったのだろうか。


 人探しを止めて川に向かい——再び、異変に気付く。


 まず、大地が焼け焦げている。最初に来た時点でアマンダ川周辺に木は一本も無かったが、今では雑草すらも無い。火で何かをやったのだろうか。

 その代わり、武器や道具が捨てられている。本当に使えるのかと疑問を感じさせるかなり古い銃に、錆びついてぼろぼろなナイフなどの凶器だ。


 川の方から何かが腐敗したかのような臭いが漂ってきた。吐きそうになるのを堪えつつそっちを見遣ると、以前の数倍もの数の魔性がいることに気付く。川の中に頭を突っ込んで何かを捕食しているように見える。

 加えて、蠅がたかっているのも分かる。たとえ小さくとも、何十、何百、何千も集まれば遠くからでもはっきり見える。


 俺は試しに川の向こうの旧市街を——もう一方のスラムの住民のグループを確認しに行った。

 最初に見た旧市街と同様に、誰もいなかった。


 結局、俺は魔性を討伐せずに帰った。助けるべき人間がいないのであれば、魔性を討伐する謂れは無い。気持ち悪いし。


 それに、もうこの川に憑いていた魔は祓われているのだから。

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