第29話 僕たちが居ない場所で、物語はさらに進んでいく。

カズマとマリリンが三か月の婚前旅行に行っている間、ムギーラ王国ではマギラーニ宰相が情緒不安定になっていた。

ただでさえ忙しいのに、一人では到底終わりそうにない問題ばかりが来るのに、肝心のカズマがマリリンと婚前旅行に行ってしまったからである。

これは、完全なるマギラーニ宰相への嫌がらせでもあるのだが、当の本人は気づかない。



「あぁぁぁぁぁああああ……終わらない、終わらない……どうすればいいんだ!」

「マギラーニ宰相は随分とお疲れのようだな」

「陛下!」



宰相の部屋にムギーラ国王が入ると、目は落ちくぼみ、疲労が溜まっているのが目に見えて分かるマギラーニが深々と頭を下げた。

終わるはずの仕事は終わらず、更に家庭には大問題のアスラン。

自分の次の次代が育たぬ苛立ちも凄まじかった。



「どうだね、仕事は今すぐ終わらせねばならぬものはそう多くはない。たまには二人で今後でも話さぬか」

「ありがたいお言葉ですが……」

「そなたももう年だ。若い頃の様には行かぬさ」



陛下にそう言われればマギラーニも否とは言えない。

二人テラスにて空と庭園を見ながらカズマから貰った茶葉を使い、ひと時の休憩を共にする事になった。



「良い風が吹いている。まるでマリリンとカズマの未来を示しているようだな」

「……そうですね。良き風が吹いていると思います」

「そなたも若いが故に、マリリンの素質を見誤ったのは運の尽きだろうが、マリリンは実に素晴らしい夫を得て、更に事業の成績もうなぎ上りだという。カズマは金の卵だな」

「そうですね……。是非にでも将来私の跡を継いでほしい人材です。私と妻では、次代の宰相となる者は育たぬでしょう……」



マギラーニの家では、アスランの処遇について色々話し合われていた。

修道院に出すか、幽閉か。

その二つしか、もうアスランの未来は残されてはいなかった。

7歳ならばまだ修正が聞くやもしれない。

藁にもすがる想いで、ありとあらゆる占い師にも尋ねに行った。

だが、全ての占い師から言われた言葉は、余りにも残酷であった。



「藁にも縋る想いで、妻と二人、夜は沢山の占い師の許へと向かいました」

「ふむ」

「結果は散々でした……最も失ってはいけなかったマリリンを失い、次に家を支えていける素質のある長男までもを追い出し……今家にいるアスランは、宰相になれば斬首刑されるであろうと……全ての占い師から言われました」

「そうか……」

「私と妻は、アスランを修道院か幽閉かで悩んでいます。けれど、幽閉したところで私が亡きあとはマリリン達に迷惑をかけるでしょう。ならばいっそ……修道院に入れようかと思っている次第です」



私と妻に子供を育てる才能が無かった。

いや、才能があるにもかかわらず、見た目で判断し見ようともしなかった。認めようとも。

その罰を今受けているに違いない。

ジャックとマリリンが傷ついた分だけの罰を……。



「マリリンとカズマ様が帰ってくるまでの間に、アスランを修道院に入れます。次代の宰相は……他をお探しください」

「まぁ待て」

「陛下」

「何のためにカズマをワシの相談役に決めたと思っている」

「それは」

「カズマは言ったな? 屋外競技が出来るだけ子を作ると」

「それはそうですが……まさかっ」

「ムギーラ王国の宰相に欲しい人材はまだ産まれておらん」



その言葉にマギラーニは驚き、国王は穏やかに笑った。

つまりは、マリリンとカズマの子供を将来宰相に欲しいと願っているのだ。

相談役として国王に言われれば、最初こそは渋るかもしれないが、多くの子供たちの中から一人、素晴らしい人材を任せてくれるかもしれない。

賭けではあるが、希望でもあった。



「そなたの子、マリリンはシッカリと次代を作るだろう。何せあのカズマが夫だ。安心して良いのだよ」



ムギーラ国王陛下の言葉に、マギラーニは俯き拳を握りしめると、手にポタリ、ポタリと涙が幾つも落ちていった。

当時の愚かな自分を殴り飛ばしてやりたいと何度思ったことか解らない。

だが、愚かな当時の自分が、マリリンに最高の相手との出会いを作ったのだとしたら……それは運命だったのだと、やっと受け入れることが出来た。

嗚咽を零し泣きむせるマギラーニに、ムギーラ国王陛下は言葉を続ける。



「時に、ジャックと当時婚約しておった娘は今どうしている」

「っ……シャナリア・エスタークですか? 今も独身を貫いていると聞いています。婚約破棄をした覚えなどないと言い張っているそうで、あちらの家族も手を焼いているそうです」

「マリリンはカズマがそばに居る。では、次はジャックに良き相手を見つけてやらねばならんのではないか? ジャックは知らぬのだろう? まだ婚約破棄していない事を」

「――っ!」



ムギーラ国王陛下の言葉にマギラーニはハッと顔を上げた。

マリリンはもう直ぐ21歳。

ジャックはもう直ぐ26歳だ。

ジャックの婚約者であったシャナリアは今21歳……急がねばならない案件が出来た。



「国の書類はそこそこ片付けて行けばよい。まずはジャックに『お前はまだ婚約破棄がなされていないが、シャリアナをどうするつもりだ?』と聞いて、男同士の会話でもしてこい。お前の今日の仕事はソレだ」

「――はい!」



こうしてマギラーニは陛下に深々と頭を下げると、上着を急いで着て外へと飛び出していった。

部屋に残ったムギーラ国王は美味しい紅茶を飲みながら空を見上げる。


自分こそ、妻との間に子供が生まれることがなく、他の公爵家から次代をと思ったが、適切な人材が居ない事に絶望した。

遠縁でもいいからと探したが、どれもこれも国王の器ではなかった。

現在70歳になるムギーラ国王は、宰相の次代よりも、国王陛下と言う次代の方が問題だと言ってやりたかったが、それを言えばプライドの高いマギラーニ宰相は心がペッキリと折れてしまうだろう。

だが、種は巻いている。

だからこその――ムギーラ国王の相談役なのだ。

カズマならばこのムギーラ王国を更に発展させることが出来るだろう。

既に自分の遺言書には、カズマを次の国王にと書いてある。

国王の遺言は絶対だ。それは国民貴族、冒険者にも当てはまる。



「良い風が吹いている……次代はきっと、素晴らしい人材の宝庫だろうなぁ」



何人の子供たちを見ることが出来るだろうか。

全ての子供たちをこの手に抱くことは出来るだろうか。

ムギーラ国王は、それが今一番の楽しみであった――。




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まさかの「婚約破棄してなかったですよ案件」

そして、国王陛下の遺言状。


外堀がガンガン埋められてきましたね!

そして、今後少しバタバタしてからの終焉となる予定です。

もう暫くお付き合いくださいませ。


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