第六章――④

「みんな揃ったわね。じゃあ、神様ご夫妻の事情聴取を始めましょうか」


 お騒がせ夫婦をとっ捕まえて屋敷に帰還した翌日。

 朝食をそれぞれの部屋で取ったあと再び食堂に集合して、圧迫面接ならぬ圧迫取り調べを開始した。


 本当は昨日のうちにすべて済ませておきたかったが、行きと同じ魔法陣を使って屋敷に戻るとすっかり真夜中になっていたし、激戦と予想外の展開にみんな疲れ切っていたので、その日は休んで翌日に仕切り直しにすることになったのだ。


 夜が明けてもまだ気絶したままのアリサは心配だが、雁首揃えてベッド脇に控えていたところで鬱陶しいだけだし、看病は侍女たちに任せて私たちは真相究明に乗り出すことにした。


 寝る前まで確かに幼女だった女神だが、一晩明けたらゲームで見たのとほぼ同じ大人の超絶美女に早変わりしてて驚いた。昨晩はユマの監視の元、イーダと夫婦まとめて閉じ込めておいたが、その間にこれまで吸い取られた力を取り戻したらしい。

 お尻ペンペンされたことを根に持って復讐されるかとヒヤヒヤしたが、「ハリちゃんのおかげでイーダとイチャイチャできたわ、ありがとう!」と何故か感謝された。


 昨日の夜に何があったんだ?

 三十路にもなると、夫婦でイチャイチャなんていかがわしい想像しかできないんだけど、あの段階では幼女だったわけだし、ユマも一緒だったはずだから変なことはなかったよな……多分。


 うーん……それにしても、美女オーラはオタク喪女には眩しすぎる。

 しかも面だけ完璧イケメンのイーダと並ぶと、相乗効果で輝きが倍増するので、はっきり言って直視したら目が死にそうだ。


 だが、泣き言は言っていられない。

 なんだかんだで世界の破滅は阻止できたが、根本的な問題――夫婦喧嘩の原因を解決しないとまた歴史ループしてしまうかもしれない。

 夫婦喧嘩の仲裁などどうやればいいのか見当もつかないが、とにかく原因を探ってそれを解消するか、お互いに妥協し歩み寄るしか方法はない。


「まずは夫婦喧嘩の発端を聞きましょうか」

「……イーダが大事にとってあった私のおやつ、全部とっちったの!」


 子供の喧嘩か!

 初っ端からくだらなさ過ぎて、私は脱力のあまりテーブルに突っ伏した。他の面子も唖然としている。さもありなんだ。

 ……いかんいかん、こんなところでくじけていてはいけない。速攻で折れそうになる心に鞭打って上半身を起こす。


「そ、それだけですか? もっと他に……」

「それだけよ。ああ、人間からしたら些細なことに聞こえるでしょうけど、神々にとっては大事件なの」


 女神様は気持ちを落ち着かせるように大きく息を吸って吐いてから、言葉を続けた。


「知ってると思うけど、神は人間みたいに飲食しなくても死なないから、口に入れるとしたら人間から供物として捧げられるものだけ。とはいっても大体が家畜系の生ものが丸ごとか、野菜や麦がそのままの状態か、あとはお酒くらいかしら。料理する神なんかいないから、実質いただくのはお酒だけね」


 神道だと毎日きちんと調理したものをお供えするが、他の宗教だと家畜を一頭まるごとボンッと捧げるタイプが多いし、きっとこの世界もそういう風習なんだろう。

 私だって牛を丸々もらっても解体できないし、一人じゃ食べきれないから困る。せめてステーキにして渡してくれって思うのは道理だ。


「でもね、たまに供物の中にパンとかお菓子が混じってることもある。特にお菓子は人気よ。料理自体珍しいのに、甘くておいしい食べ物ってなると、誰の供物だろうとお構いなしに奪い合いになるでしょう。だから、みんな大事に隠しておくの」

「……話の腰を折るようで恐縮ですけど、それならお菓子をお供えしてって人間に言えばいいんじゃないですか?」

「私もそう思ったんだけど、面子とか伝統とか気にする阿呆がいるのよ」


 老害って言葉が脳裏をよぎる。

 神様って長生きだろうから、会社の役員みたいに古い因習に固執するタイプが多いのも納得だ。

 だったら喧嘩しないよう均等に分けるとか考えればいいのに……あ、自己中で傲慢だからそりゃ土台無理な話か。


「で、話を戻すと、そんなわけだから私も供物のお菓子を大事にとっておいたの。イーダと分けて食べようと思って」


 おお? 出だしはどうなることかと思ったが、(失礼は重々承知で)意外とまともで微笑ましいエピソードに移行するようだ。ちょっと安心した。

 しかし、次の瞬間には再び突き落とされた。


「なのにイーダったら一人で全部食べちゃって……その時なんて言い訳したと思う? 『君より僕が食べてあげた方がお菓子が喜ぶだろう』って言ったのよ!? ナルシストなところも好きだけど、このときばっかりはさすがにカチンときちゃって!」

「あー……善意を踏みにじられた挙句のナルシス発言ですからねぇ……」


 六対の視線がグサグサっとイーダに刺さる。彼は何を責められているのか分かっていない様子だったが、みんなの冷ややかな態度に自分の分の悪さは悟ったらしく、慌てて謝罪を口にする。


「ご、ごめん。セリカ怒ってたから、和ませたくて言っただけんだけど……」

「嘘っぽい。いや、明らかに嘘。メチャクチャ目が泳いでる」


 私が低い声で突っ込むと、イーダは冷や汗をダラダラ流しながら撃沈した。

 魔属性寄りだそうだから、先天的に悪に流されやすい性分なのは分かるが、一応は神様なんだからしっかりしてほしい。


「いやもう、本当にごめん。もう勝手にセリカのお菓子食べたりしないから」

「……ったく、女心が分かってないわね。いや、女心どころかまともな良心持ち合わせてないんじゃないの? 女神様は勝手に食べたのを怒ってたんじゃなくて、一緒に食べたいっていう気持ちを無視されたことに怒ってたの。反省するポイント間違えたら、また同じことの繰り返しよ」


 呆れながらイーダにお説教しつつ、これは謝っただけで果たして済むのかと疑問がもたげる。女神の留飲が下がったようにも見えないし、私もこんな薄っぺらな口先だけの謝罪は信じない。

 かといって、この場でどんなに真剣に詫びを入れられようとも、イーダの性格的に二度とこんなことはしないという確証は得られないので、根本的な解決にはもっと別のアプローチが必要だろう。


 これは第三者がどうこう言うより、女神の希望を叶える方がいいかもしれない。


「女神様。どうすればイーダを許してあげられます?」

「そうねぇ……向こう千年、イーダはお菓子断ちの刑とか……」

「えええ! そ、それだけは勘弁してくれ!」


 人間からすればなんとも間抜けな会話だが、お菓子が希少品の彼らにとっては死活問題だ。物理的に死にゃあしないけど。


「ふふ、冗談よ。せっかく人間界にいるんだし、お菓子食べ放題で手をうつわ。もちろん、全部イーダの手作りでお願いね」

「え……」

 

 神様は料理はしないといった口から、夫にお菓子を作らせようとしている女神。

 現在イーダは神ではなく魔王だからやれる、なんてことはないだろう。完璧イケメンが画面崩壊起こしそうなほど愕然としている。

 ナチュラルに無茶振りしてくれるな、女神様。

 美人だから許される空気が漂っているのも、これまたえげつない。


「……ところで女神様、なんのお菓子を所望されるんです?」

「簡単なものでいいわ。お菓子の種類とか名前とか全然知らないし、イーダが凝ったものを作れるとは思ってないから」


 そういうフワッとした要求が一番困るパターン!

 ていうかそれ、奥さんに「何食べたい?」って聞かれた旦那さんが「なんでもいい」と言うのと同じくらい、夫婦不和に繋がる発言ですよ。

 夫婦そろってデリカシーがない。これが神様仕様なのか。


 だいだい、お菓子作りって簡単に見えても面倒な手順が多いし、あなたが想像する簡単なものでも調理経験皆無の人間(魔王だけど)に任せるなんて、どんな無理ゲーだよって話だ。


「イーダ、できそう?」

「無理無理無理。無理に決まってる」


 首がもげそうなくらいブンブン横に振るイーダ。

 うん、知ってた。

 でも、せっかく譲歩の条件を聞き出したんだし、ここは私が首根っこ掴んでクッキーくらい焼かせるか――と腹をくくった時、ノックと共に侍女の介助を受けたアリサが入ってきた。


「アリサ!?」

「目が覚めたのか、よかった!」

「具合はもういいのか? 起きても平気なのか?」

「うん、もう大丈夫。心配かけてごめんなさい」

 

 椅子を蹴飛ばすように立ち上がり、我先にと自分の元に駆け寄る騎士たちに、アリサは一瞬面食らった顔をしたが、すぐに柔らかく破顔した。

 

 今朝のアリサはいつもの聖女の衣装ではなく、ゆったりとしたワンピース姿だ。

 一気に魔力を消耗した反動なのか心なしかやつれているが、よく休んだおかげか土色だった顔は血色がよくなり、足取りもしっかりしている。

 似合わない厚化粧も香水もやめて随分可愛らしい印象になった。

 これが本来の……騎士たちに慕われていたアリサなのだろう。


 病み上がりだからとすぐに椅子を勧められるが、それを断って、アリサは女神の前に立って深々と頭を下げた。


「あの……私のせいでご迷惑をおかけしました。謝って済むことじゃないですけど、本当に、ごめんなさい」

「いいのよ、アリサちゃん。悪いのは唆したイーダだもの。ああでも、イーダは渡せないわよ。私たち夫婦だから」

「はい、それは分かって――え、ええ……? ふ、夫婦……?」

 

 都合のいいように利用されたことで、イーダへの想いは吹っ切れていたにしろ、事の顛末を知らされていないアリサが目を白黒とさせている。


「あー……その辺のことは、あとからゆっくり説明するから。それより、いいところに来てくれたわ。そこに座って」


 頭に疑問符をいくつもくっ付けているアリサを近くに座らせ、混乱しない程度にざっくりと事情を説明して協力してもらうことにした。

 

 生ゴミクッキーは味こそ最悪だったが、見た目は結構出来が良かった。

 お菓子作りが趣味というのは嘘ではないはずだ。

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