第六章――②
神経を研ぎ澄ませるごとに、派手なノイズ音が消えてか細い声がはっきりと聞こえるようになる。
私がオタクになりたての頃、大好きな声優ラジオを聞きたいがために祖父母からもらった(粗大ゴミ置き場から救出したとも言う)旧型ラジオのチューニングを合わせた時のことを思い出すが、それはさておき。
――誰?
“アリサ”が私の思念を捉えた。
――あなたには一応『初めまして』かしら。見た目はこっちの侍女だけど、中身はあなたと同じ世界の住人よ。
――あ……もしかして、あの人? ご、ごめんなさい! “私”にもうやめようって何度も言ってるのにやめてくれなくて!
――別にいいわよ。あれくらい蚊に刺された程度の話よ。
――そ、そうなんですか? でも、あんなひどいことして……本当にごめんなさい。なんてお詫びしていいか……。
――いやいや、今謝罪とかしてる場合じゃないでしょ! この状況を打破するためには、あなたの協力が必要だから話しかけてたの!
姿が見えるならペコペコ頭を下げていそうな“アリサ”にイライラしつつも、話を本題へと移す。
――あなた、イーダとの契約を破棄したいんでしょう?
“アリサ”は息を飲み、ややあって小さく「うん」とうなずいた。
――もう一人の私は絶対やめないって言うけど、こんなの間違ってるよ。それに、イーダが私を盾みたいに使うなんて……私を利用したかっただけなんじゃないかって思ったら、もう何もかもが嫌になっちゃって……。
そりゃそうだ。いくら好きな人でも許せないことはある。
だいたい、女を盾にするなど男の風上にも置けない。
一種の男女差別かもしれないが、女子は身を挺して守ってくれる男性にときめく生き物だ。生贄に差し出そうとする奴など、さっさと見限るに限る。
――あなたの意思は分かったわ。二人で協力すれば、強制的に契約を解除できるかもしれない。
数日前にユマに押しつけられた本の受け売り情報によると、この世界でいう契約とは、一言で言えば魔力の共有だ。二人の荷物を一つの倉庫にまとめ、お互いが鍵を持ち自由に出し入れできる状態を想像すれば早い。
両者の間で同意があれば解除は容易いが、一方的に解除しようとすれば大きなリスクが伴う。
その内容は様々だが、大抵はロクなものじゃない。魔力がすっからかんになるだけならまだマシな方で、四肢や内臓が欠損する場合もあれば、魂ごと持って行かれる場合もあるらしい。
ただ、それは解除する側の力が同等か弱い場合の話。
逆であるならば、そのリスクを負うのは解除される側だ。
――私があなたに魔力を送るから、イーダよりも魔力が上回ったら契約を解除しなさい。聖女二人分の魔力があれば、今のイーダになら勝算はあるわ。
――でも、それじゃあ……。
――それが嫌なら、私はあなたをイーダごと封印してあげる。大好きな人と永遠に一緒に閉じ込められるのも、ある意味ハッピーエンドよね?
ためらう“アリサ”に第二案を提案すると、押し黙ってしまった。
意識が直接繋がっているのだから、脅しではなく本気なのは伝わっただろう。
――……分かりました。やります。
――オッケー。じゃ、行くわよ。
ややあって聞こえてきた“アリサ”の返事に応えるように、私はさらに集中力を上げて自分の魔力を彼女へと注ぎ込む。
途中、ドロリとしたイーダの魔力に阻まれそうになったが、騎士たちの攻撃がうまく彼の意識を逸らしてくれたおかげで、思ったよりもスムーズに魔力の移行が進んだ。
数十秒か数分が経ち、ふと手ごたえのようなものを感じた。
うまく例える言葉が見つからないけれど、これでいけると確信を得た瞬間だった。
“アリサ”も同様の感覚を得たのか、不思議な気分の高揚を共有したのち――イーダの内側から真っ白な光が弾けた。
「ぐるおあぁぁぁぁ!」
悶え苦しむ悲鳴が室内に響き渡り、イーダは胸元を掻きむしるような仕草をしたのち、アリサの体を自分の中から引っ張り出して、文字通り投げ捨てた。
いやいや、扱い雑過ぎじゃない!?
ユマがとっさにアリサの周囲に魔法で風を起こして、ゆっくりと着地させたから、かすり傷ひとつつかずに済んだけど、無防備に放り出されたら打ち身とか骨折とかしてたかもしれない。
イーダめ、なんてことしやがるのか。
「アリサ!」
床に横たわるアリサに騎士たちが駆け寄る。
助け起こされ目を開けた彼女は、土色の顔をして疲れ切ってはいたが、文字通り憑き物が落ちたようにすっきりとした表情をしていた。
「みんな……ごめんなさい……」
かすれた声で一言謝ると、再び目を閉じてしまった。
続いてやってきたユマが容体を確かめたところ、契約の強制解除の際に急激に魔力を消耗したせいで、一時的に眠りに就いているだけのようだ。
それを騎士たちに安堵の空気が漂うが、ここで気を緩めるわけにはいかない。
アリサという駒を失ってはいても、イーダ自身はまだ健在なのだ。
聖女二人分の魔力を内側から受け、しばらくは苦しげに体を折るようにしてうずくまっていたイーダが、徐々に元の姿を取り戻していく。
ただの真っ黒なゴーレムのような形から、カラスのような漆黒のローブと新雪のごとき真っ白な肌の、モノクロなのにゾッとするほどの美貌を持つ青年へと。
ダメージから回復したらしいイーダはゆらりと立ち上がり、ぐるりと全員を見回したあと、私へと視線を投じる。
くすんだガラス玉のような瞳は光を映さず、深い虚無を感じさせた。
「……君からも、アリサと同じものを感じる。孤独、疎外感、劣等感……」
「は? だから何? コンプレックス抱えてない人間が、この世にいるとでも思ってるの? 誰だって一つや二つ、脛に傷持ってるのは当たり前でしょ。そんなのも知らないで魔王やってるの? 信じられない。
悪いけど、私はあなたみたいに馬鹿な男と手を組む気はサラサラないわ。世界ごと作り替えるなんて面倒くさいし。おとといきやがれ、面だけ完璧イケメンの腐れ外道が」
正真正銘の本音マシンガントークで、イーダのイケボで紡がれる意味深発言をぶった切る。
私の反応が予想外だったのか、イーダは動揺したように瞳を泳がせた。
騎士たちもぽかんとしている。ユマだけが「魔王を煽るな」と真顔で突っ込んだ。
「君は世界を変えたくないのか? 君を虐げる者がいない世界が欲しくないのか?」
「興味ないわね。人が二人以上いれば諍いが起きるのは当然でしょ。てか、そんな遠回しなこと言わないでさ、はっきりと『僕を虐げる者がいない世界』って言いなさいよ。あなたはアリサの純粋な心を利用して、最後は自分を守る盾に使った。結局自分さえよければいいって理論でしょう。そんな奴のことを信じるほど馬鹿じゃないわ」
「それの何がいけないんだ? 僕の役に立つことは、何にも代えられない名誉なことだ。アリサは喜んでくれたのに、君は喜んでくれないのか?」
いやいや、全然喜んでねぇよ。むしろ拒否ってたよ。鈍感か。
イーダってこんなナルシストなキャラだったのか?
元からさほどタイプじゃなかったけど、それを差し引いても好感度が急降下していくんですが。
この手のタイプは口で何を言っても無駄だ。
冗談ではなく頭痛がしそうになったので、早々にご退場いただくことにしよう。
「あー、もう話すのも面倒なんで、とっとと封印されてくれます?」
「そうはいかない」
私が戦闘態勢に入ろうとするのと同時に、イーダの魔力が高まるのを感じる。
まあ、聖女も騎士もまとめて殲滅するチャンスだ。昏睡状態のアリサは言わずもがなだし、私も契約解除のため随分魔力を消耗している。
分の悪い状態での勝負を避けるため逃げるのも手だが、秘跡石を利用されないためにも、この場は戦ってイーダを追い返すなり封印するしか道はない。
全員の意思が瞬時に固まり、それぞれ戦闘態勢に入る。
イーダが誰よりも早く動き、魔弾を放とうとしたが――何故かプスンッと間抜けな音が出た。
え、何? 油断させた隙に何か別の攻撃がくるとか?
一瞬変な勘繰りをしたが、ぽかんと間の抜けた表情をする完璧イケメンを見る限り、攻撃が不発に終わったとみて間違いない。
一体何が起きたのか、その場の誰もが分からず困惑していたが、リュイが「あっ」と声を上げてイーダの首元を指さした。そこには複雑な文様の刻まれた銀の首輪がはめられていた。
清浄な魔力で形成されたそれが、イーダの魔力を相殺していたらしい。
だが、記憶を漁ってもイーダがそんな首輪をしてたビジュアルは浮かんでこないし、ついさっきまで涼しげな首元だったのは確かだ。
では、いつ誰がどうやってはめたんだ?
なんとはなしに私たちは目配せし合うが、もちろん誰も答えを持っていないし、ユマも怪訝そうに眉をひそめたままだ。
それでもイーダは再び攻撃を放とうとしたので、結界を張って警戒を強めた矢先、
「そこまでよ、イーダ」
疑問渦巻く場に、凛とした少女の声が響いた。
私でもアリサでもない。第三の女子がいるらしい。
きょろきょろとあたりを見回すと、イーダの目の前で腰に手を当て仁王立ちしている幼い少女を発見した。
その辺もしっかり見てたはずなのに、小さくて見過ごしていた……失礼。
純白のワンピースと薄桃色の羽衣をまとった、思わずぎゅっと抱きしめたくなるような愛らしい少女だ。
外見年齢はともかく、どこかで見たことがある姿に首をひねっていると、横から呆気にとられたユマの声が聞こえてきた。
「まさか、女神……?」
「え?」
言われてもう一度少女を凝視すると、確かにゲームで見た超美人さんの面影があるようなないような。
でも、なんで子供?
「セリカ……これは君が?」
「そうよ。あなたがアリサを使ってコソコソと奪って取り込んだ私の力を、逆に利用しただけ。因果応報ってところね」
イーダは聖女を通じて女神の力を搾取していたようだ。
そのせいで女神は幼女化したということか? 力を失うと幼くなるのってテンプレなのか?
いやそんなことよりも、首輪で魔力が封じられている今ならイーダを封印してしまえる。女神から与えられたチャンスを逃すわけには――と意気込んでいたのだが。
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