エンチャントアーム(読み切り)

龍威ユウ

第1話

「次期当主は次男エリオットが継ぐものとする!」



 ファムランテ家の現当主ゴルドの下したこの決定は、周囲を騒然と化した。

 代々、剣術指南役として王国に仕えてきたファムランテ家だが、今年ゴルドがその役目を引退することとなった。


 原因は先の戦闘による負傷と年齢によるもの。

 よって彼は2人の息子のどちらかに家督を譲るのは必然であり、しかしこの決定に従者達は皆驚きを隠せなかった。


 通常考えるならば、家督は自動的に長男へと受け継がれる。

 次男がその後継者に選ばれるとすれば、それはよほどの事態があった時のみ。


 長男が何かしらの理由によって故人となってしまった場合――これについては、ゴルドの息子が1人、長男のハルカは健在している。


 長男にその才能がなかった場合――これについても、ハルカは歴代最高峰と周囲から謳われるほど剣の才にあふれた少年だった。齢3才で剣を握り、10を迎えた頃には父をも超えるほどの腕前にまで成長を遂げている。この異例の速さに彼を神童、剣聖と比喩する輩も決して少なくはない。


 以上からハルカ・ファムランテは充分に才能があるのだが、ゴルドの決定が覆る様子はなく、従者達はただどよめく他なかった。

 ただ1人だけ、この状況下で異を唱える者が現れる。



「お待ちくださいゴルド様! どうしてハルカ様が家督を継がれないのですか!?」



 メイド――エルトルージェの力強い主張に従者達は困惑するもしかし、その瞳は彼女に強い同意も示している。主命に従者が背くなどあってはならないこと、従ってエルトルージェの行動は愚行と呼ぶ他あるまい。

 それでもエルトルージェには退けない理由があった。


――どうしてハルカ様が選ばれないなんて……こんなの絶対に認めない!

――ハルカ様こそが当主に相応しいお方!

――あんな態度がでかいだけで剣の才能もない人が当主だなんて……。

――このままだとファムランテは没落するに決まってるじゃない!



「どうかお考え直してくださいゴルド様! ハルカ様は――」

「黙れエルトルージェ! 一介のメイド風情が我の下した結論に異を唱えるのが何を意味するか、それを理解したうえでの狼藉なのだろうな?」

「……覚悟をしているからこそ、私は純然たる事実を申し上げているまでです」

 ぎろりと睨むゴルドに、エルトルージェも負けじと睨み返す。

 殺伐とした空気が室内を満たし、2人より発せられる禍々しいほどの気に耐性の者から次々と体調不良を訴え始める。

 ゴルドが腰の剣に手を掛け、エルトルージェが身構えた――その時。

「――、はいはいそこまでそこまで」



 パンパンといやに反響する柏手にエルトルージェとゴルドの意識は自然と、その音の主へと向けられた。

 音の主にエルトルージェは、ぱっと顔に花を咲かせる。

 その少年は大きな欠伸をこぼして、実に気怠そうな態度でこの場にのそりのそりと現れた。おおよそファムランテという名家の出として相応しくない挙措ではあるが、彼こそエルトルージェが仕える真の主人にして、今回の発端ともいえる長男……ハルカであった。



「ハルカ様!」

「落ち着けってエルトルージェ。仮にも主人なんだからあんまし反抗的な態度を取っちゃだめだぞ?」

「も、申し訳ございませんハルカ様! で、ですが――」



 これはすべてあなたのために、とそう繋げるはずの言葉はハルカの人差し指によって優しく封じられる。にこりと優しい笑みを浮かべるハルカを前に、エルトルージェも渋々とながらも引き下がることにした。


 もしここで感情任せで行動しようものなら、それは敬愛する主人ハルカの顔に泥を塗るも同じ。大人しく引き下がることこそ、彼の信頼に応えられる。エルトルージェはそう判断した。


 場の空気が幾ばくか緩和したところで、ハルカがゴルドと対峙した。

 家督が自分ではなく次男に継がれた、この事実を前にしているというのに彼の表情は至って穏やかであるしその身振りや口調からも怒気は一切宿っていない。



「なぁ親父。さっきの話……あのバカ弟が家督を継ぐってことでいいんだよな?」

「むろんだ。お前ではなくエリオットに継がせる。この決定を覆すつもりは毛頭ない」

「いや、それでいいよ別に」

 あまりにもあっさりと、ハルカはこのあまりに酷い現状を受け入れた。

 怒ることもなく、本当にすんなりと。寧ろこの状況を待っていました、とそう言わんばかりにすら感じられる雰囲気さえもハルカはかもし出していた。

「それじゃあ俺、もう行くから」

「待てハルカよ。貴様の処遇だが――」

「言われなくてもわかってるよ。お前はもうこの家にはいらないって言いたいんだろ? いわれなくても出て行ってやるよ、こんな家からな」

「ならば話しは早い。今日中に荷を纏めて疾く失せよ。貴様のような異常者は、この家に必要ないからな」

「なっ……!」

「いーから、エルトルージェ。それじゃあな――クソ親父」



 最後にぎろりと鋭い眼光を己の父へと飛ばして、ハルカは立ち去った。

 その後をエルトルージェはぱたぱたと慌てて追いかける。



「――、ハルカ様!」

「ん? どうしたんだエルトルージェ」

「わ、私も一緒にお供させてください!」

「え? エルトルージェも?」

「もちろんです! この身も心もすべてハルカ様へと捧げた身。どこまでも一緒に……傍にいさせてください」



 エルトルージェの出自をかえりみるならば、彼女は元々盗賊の出だった。

 赤子を攫い、駒として育成する――組織が大きければ大きいほど、この手法は別段珍しいものではない。エルトルージェもその手の類による、いわば被害者だった。


 ある日、エルトルージェは人生初ともいえる大仕事に取り掛かる。

 ファムランテ家から宝剣を盗む――上からの命令に従ったエルトルージェだったが、経験も浅くましてや人殺しなど経験したことのない彼女が当然これほどの大仕事を単身でこなせるはずなどなく、結果あっさりとお縄に着いた。


 この時エルトルージェは、体よく囮として利用されたことが後日、別の盗賊からの自白で判明する。元より盗賊としての才能がなかったエルトルージェを陽動に使い、その隙に他の者が宝剣を盗む算段であった。


 私は最初からお払い箱だったんだ……、エルトルージェにとって盗賊団は唯一無二の家族だった。その家族から裏切られたと知った時の絶望は途方もなく、どうせ死ぬのだかとすべてを放棄した正にその時にハルカとの運命的な出会いを果たす。


 まだ齢10才のハルカはにこりと笑って「今日から俺のメイドな!」とエルトルージェに生きる意味と居場所を与えた。

 エルトルージェにとって人生の大半はハルカのためにある。

 それが救ってくれた者への恩であり、そして愛する異性への愛情だった。

 彼が死ねというのなら喜んで命も捧げられる。エルトルージェには鋼鉄よりもずっと固い覚悟があった。



「もう俺ファムランテの人間じゃないし、それにエルトルージェだってもう自由にしてくれてもいいんだぞ?」

「いいえ、ファムランテ家であるかどうかなんて一切関係ありません。私の生涯はハルカ様に捧げる……あの日の誓いはこの命が尽きるまで消えることはありません」

「真面目っていうか、なんていうか……――まぁ旅は道連れ世は情け、って母さんの故郷じゃそういうらしいし。わかったよエルトルージェ、これからも俺と一緒に来てくれるか?」

「はい、喜んで!」



 優しく笑みを浮かべるハルカに、エルトルージェは小さく首肯を返す。


――私はハルカ様以外の男性をきっと、もう愛せない。

――だってこんなにもハルカ様は眩しくて、温かくて、優しいんだもの。

――彼に仕えることができて……巡り合えることができて本当に幸せ。

――だから何があっても絶対に離れない。将来は小さな家で夫婦として仲睦まじく……ふふっ。


 エルトルージェの脳内では既に1年、10年先の未来が幾度となくシュミレーションされていた。

 そのどれもが夫婦として暮らしている、なんとも自分にとって都合のよい未来ばかり。


 主人とメイド……本来なら立場の関係から決して結ばれない両者が結ばれる。愛読している恋愛小説のように、よもや自分が体験するとは夢にも思ってなかった。

 是が非でもハルカを私の物にする、この決定は覆させないし誰にも邪魔はさせない……先行するハルカの後姿を見つめるエルトルージェの舌が、艶のある唇をぺろりと舐める。

 獲物を見つけた獰猛な獣の如く、うっすらと細めた瞳は美しくも氷のようにどこか冷たかった。

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