第171話

 ソファに横にならせてみたものの、この後どうしようかエイコは困る。


「抵抗しないの?」

「お前なぁ、オレは戦闘職だぞ。生産職の人間が押さえつけるのはムリだ」


 ため息混じりの呆れ声。完全にバカを見る目になってしまった。


「いや、だって、元娼婦さんたちがみんなお子様を見る目を向けてくるから、押し倒したらなんかわかるかなぁって」


 深々とため息をつかれる。


「それは押し倒してもわからないだろうな」


 そんな言葉と共に体勢を入れ替えられる。エイコは呆れて疲労のにじむ顔を見上げることになってしまった。


「彼女らが味わったのはどうにもならない不自由さや理不尽だ。奔放に押し倒した君とは違う」


 アルベルトの表情に哀れみが混じる。


「オレは君に男の怖さを教えるべきなのか?」


 そんなつぶやきをもらしても、アルベルトはエイコに触れてこなかった。エイコの上から退くと、一人掛けのソファに座る。


「とりあえず、直感スキルは反応しなくなったが、よそでバカなことはしてくれるな」

「うー、バカじゃないもん」

「突発的バカだよ。君は」


 影に潜ませていた自衛手段は何一つ反応しなかった。それだけアルベルトには敵意も害意もなかったってことになる。

 のろのろと体を起こし、座る。


「据え膳食わぬは男の恥?」

「君は毒入り据え膳。それでクリフは手を出せなかったんだ」

「えっ、わたし地雷女なの?」

「地雷女が何かわからないが、君がいずれ爵位持ちになるのはわかっていた」

「爵位が毒?」


 いまいちピンとこなくてエイコは首を傾げる。


「毒は君のやらかしだ。クリフの地位では君のやらかしの後始末ができない」

「そんなやらかししてないわ。お相手の人に地位がいるのは夜会に出るときくらいでしょう?」


 行く前の準備段階でとっても疲れるので、基本的に参加したくはない。あと、ダンスは上手にリードしてもらえないと踊れないので、それも必要にはなる。


「遷都について真面目に検討されているぞ」

「あー、そんなこともありましたね」


 汚物首都なんて嫌だった。でも、提案した後はやることのない遷都より、トミオと協議しつつ作っている天空都市に意識が向いていた。

 そういえば、天空都市についてアルベルトに相談しただろうか。作ったらダメだと言われていたから、たぶんしてない。

 内緒でも作ってしまった獣人収容所については文句言われてないし、黙ったままでいいだろう。


 怒られたら国境が曖昧な魔物領域の上空に移動すればいい。あとは、戦場の上空もありかもしれない。

 奴隷として集められた獣人たちのかつての棲家上空。奴隷のままでは地上に降ろしてやれないが、勇者が手に入れた土地の上空なら交渉で対応できそうな気がしている。

 勇者の意向で対応可能なだけで、勇者が属している国に対応できるわけではないが、勇者がいなければ維持できない地だ。どうにかなるだろう。


「空で何かしているのは千里眼持ちに見られているからな。口出しすると良くない被害がでると占い師が主張したから、今は監視しているだけだ」


 監視するだけで放置しているのは認めているのとは違う。そのあたりをコンコンと説明され、エイコは拗ねた。


「あんまりわかってなさそうだが、貴族女性に手を出したら、貴族男性は責任取らなくてはならない」

「あー、だからアルベルト様媚薬対策必死なんだ」


 未婚女性は責を取らされるので、遊びたいなら人妻。一番いいのは責任をとってもらわない方が裕福でいられる未亡人。このあたりは男性貴族の常識として教えてくれる。

 真っ当に婚約者になれない人が既成事実を作り、結婚で爵位を狙ってくると、貴族についてのお勉強中にされた気もする。


 やらかした相手と結婚なんて狂気の沙汰。家という密室に囲って抹殺をしろというこかと思ったことがある。家庭内の事故は捜査されにくく、爵位持ちの当主が事故といえばそれて済むことが多いらしい。

 爵位持ちの当主が爵位なしの伴侶を殺害しても事件になりにくいので、知能犯でなくても完全犯罪にできそうだと思っていた気もする。


 それほど嫌な相手なら、結婚相手にはダンジョンでパーティを組める人がいいとでも言って過疎っているダンジョンに連れ込み事故を起こせと家庭教師をした人には助言された。

 ダンジョンでは何があっても事故ですむ。婚約で責任をとってもらって外聞を守り、結婚には至らない。

 社交界ではいろいろウワサになるが、罪には問われないし、二人目のバカが発生する抑止力になる。


 やらかしたのが自分より立場が下なら対処できるが、上位者だと泣き寝入りになる。階級差が大きいと責任を取らないこともままあるらしく、そういう状況を作らないことが大事だと教わった。


「あっ、今密室で二人きり」


 ため息と一緒に冷たい視線をもらう。


「責任とって欲しいのか?」

「えっ、いや、その、もっと嫌がるとかなんかないんですか?」

「結婚して監視してはどうかという話はある」


 結婚も仕事ととらえればありなのか。政略結婚が標準で、恋愛結婚するなら結婚する価値を当主に示さないといけなかったはず。

 跡取りでなければ、愛情のみで説得できる場合もあるが、アルベルトは実家が良すぎて恋愛感情だけではどうにもならない。


「ちなみに、それどう返事してるんですか?」

「他に人がいなければ致し方ない。その場合、婚姻後は刃傷沙汰を避けるためにも社交界に出る必要がないように配慮して下さい。だ」


 エイコは自らの結婚相手としての評価が低そうだと判断する。もともとが監視のためだ。高いはずもないと、納得はするがおもしろくはない。


「結婚という仕事を受けるから、他の仕事は拒否ってこと?」

「そうすれば、混合ダンジョンでメダル集めは手伝えるぞ」

「意外と結婚にのり気なの?」

「王女が結婚して大人しくさせられているからな。今なら元王女の悋気にさわらないと判断されたようだ」


 大変悩ましい顔をしている。複数の女の相手をするより、一人限定の方がマシという考えだろうか。


「もしかして、マナミを迎えに行くのについてこなかったのは、国に帰りたくなかったからです?」

「君には部下をつけた。勇者の動向も気になっていたからな」


 勇者、最近までこの町にいなかったはず。そんなに嫌だったのかと、真面目な顔をしている男を見た。


「ところで、冬になると王都は社交シーズンになるのたが、国外にいる者は強制参加にならない」

「あー、国内にいるなら最低限参加しないといけないのがあるんですね」

「帰国するならドレスを作っておけよ」

「ドレスは一応メイに頼んでおきます」


 たぶん、ドレスを作れってことじゃなくて、監視業務で国外にいたいという主張だ。


「メイが気になっている混合ダンジョンがあるらしいので、仕事の引き継ぎが終わったら南下します」

「混合ダンジョンなら手伝おう」


 正解を当てたようだ。

 社交界で女性の相手をするよりダンジョンで剣を振るっていたいらしい。

 アルベルトがいるならクリフに料理してもらえるし、パストも鑑定を使ってくれる。


 まめに鑑定スキルは使うようにしているが、なかなか得られる情報が増えない。職業的にもスキル補正は物に対してで、人に対する鑑定能力は上がってなかった。

 隠蔽や偽装は人物に対してはほぼ引っかかるので、人物特化の奴隷商が羨ましい。


 詐欺目的で寄ってきた人だけでも判別できれば、生きやすくなりそう。出会う人すべてを疑ってかかるのは疲れる。

 対人対応はお金使ってでも人にまかせたいが、雇う相手はどこまで仕事を任せて大丈夫なのか調べなくてはならなくて、楽するために仕事を増やしている気がしてならない。


 リシャールを信用して元娼婦たちを雇うことにしたが、マナミの同僚だと思うと不安になる。

 それでも、たぶん大丈夫とエイコは仕事を任せてこの町から移動する気満々だった。

 

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