何もかも嫌だと怒っている幼馴染が抱きついたまま離れようとしない

りんごかげき

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「嫌なんだよ! めちゃくちゃに自分が嫌いなんだ……! わ、わたしには何もない……、何もっ! 誤解なんだよ、わたしの心がきれいだって。少しの綻びで溢れていくんだ! 黒くて、痛々しくて、救いようのない残酷な感情……!」

「なあ、ちはる」


 犬神ちはるは、高校へ向かってとぼとぼと歩きながら、自分の中にあるぐちゃぐちゃな感情を吐露していく。


 美容院に行くのを嫌がって伸びた髪の毛は、ほとんど手入れされていないと思うんだけど、ツヤツヤ光っている。


 彼女、瞳を左手の甲でぐしぐししながら、号泣していた。


「うるさい! お前はいつもうるさいんだよ! あたしのいったいなんだっていうんだ⁉︎ もうやだ、やだよう……」

「ちはる。今日が運動会だからって、そんな怒らないでもいいだろ……」


 そう、今日が運動会なだけでこの有様だ。

 一般の生徒なら楽しいイベントのはずなのに、この子はちがう。


『そもそも自分は家に引きこもっている人間のはずなのに、無理矢理高校に通わされている。まともでいられるはずがない!』って前に怒ってたもんな?


 クラスメイトたちはいつもひそひそひそひそ、今日も犬神ちゃんは世界一きゃわいいって噂話しているのに。全部、自分の悪口だと思って、誤解しているし。


 お菓子も沢山もらっているじゃんか。

 でも犬神ちはるは、喜んで食べる自分のことをせせら笑っているんだって、みんなのことを疑っている。

 お前は喜んでお菓子食ってればいいんだよ、と正直思う。


 校長が優しいから、先生たちも優しくて。

 担任の若山先生は、「犬神ちゃんみたいな子ってね? 毎年一人はいるんだよ? だから、不安にならないで」と毎日犬神の頭を撫でている。

 クラスメイトたちも時々撫でている。


 男連中はお前のことを気遣って、そっとしておいてくれてるんだよ。

 俺は幼馴染だから、そばにいてやれるけどさ?


「わたしが勝てる競技なんて一つもない……。3000mも走れない……。みんなの、みんなの笑いものにされる……。あいつはやっぱりダメなやつだって。救いようのないやつだったって……」

「そんなシリアス少年誌みたいなキャラクター、うちの学校にはいないよ」

「お前はっ、お前はいいよな! 自分より下がいるものなっ! わたしは、わたしの下に誰もいないことに絶望感しか抱けないよ。殺される……」

「殺されません。まあまあ、誰かと比較するから嫌な感じになっちゃうんだよ。気楽に行こう」

「お前から慰められたって、安心しないんだよ、遠藤!」

「なら、腕に抱きついてくるのやめてくれないかな!」

「いやっ〜!」


 ギュッと、さらに強く犬神は抱きついてくる。

 中学生の頃から、その、大きいとは思っていたけれど。


 本当に大きくて柔らかいのだ、この子は……。


 僕は、こんな不器用な犬神ちはるのことを、可愛いと思ってしまっている。

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