リバース・ジョーカー
ぱんどら
第1章 泣き虫の雷星
第1話 いつかの幸せな日の話
「──」
深いまどろみの中。
薄暗い水底に漂う意識は、水の流れに任せて、ふわふわと浮かんでいた。
「おい、──!」
そんな意識を呼び覚ますように、誰かの声が聞こえてくる。
静かにしてほしいと思いながら、その意識は逃げるように水底に沈もうとする。
「璃空(りく)!!」
しかし、それを許さない声により、璃空と呼ばれた少年は目を覚ます。
「……へ?」
寝ぼけ眼で声がした方を見ると、隣の席の少年が苦笑いをしながら、前を指差していた。
「っ!!」
そこには、担任教師の郁美実桜(いくみみお)が、満面の笑みで、額に青筋を浮かべていた。
そして、実桜はチョークを投擲する構えに入った。
この世界の空気中には、『霊子(れいし)』と呼ばれる物質が含まれている。
霊子は、世界を構成する要素の一つであり、非常に重要な役割を果たしている。
世界を構成するということは、当然、生物の身体を構成する一部でもある。
そして、生物の中でも、特に人間は、取り込んだ霊子を体内で『霊力(れいりょく)』に変換し、ある現象を引き起こすことが出来る。
「ちょ、ちょっと待っ──」
必死に彼女の一撃を止めようとするが、時すでに遅し。
凄まじい速度で眼前に迫るチョークに、どうすることも出来ず、璃空はいくつかの椅子と机を巻き込んで、教室の後ろにふっ飛ばされた。
霊子を取り込んだ人間は、霊力を使用することで、通常では不可能なことを可能にしてしまう。
人々はこれを『異能(いのう)』と呼び、生活に役立ててきた。
異能は、誰でも使える身体強化と、固有の能力の二種類に分かれる。
身体強化はその名の通り、使用者の身体能力を飛躍的に向上させることが出来る。
その伸び幅は、チョークを投げるだけで人一人を吹き飛ばせるほどである。
急いで避難していたクラスメイトたちは、呆れた様子で、倒れた彼を見ていた。
「私の授業で居眠りをするとは……。いい度胸だな、鳴神璃空?」
かろうじて意識の残っていた璃空が目を開けると、そこには真顔で自分を見下ろす美桜がいた。
「何か言い残したことはあるか?」
「あ、あはは……すみませんでした」
「よろしい。反省しろ」
死刑宣告を受けた璃空は、苦笑いをして、謝罪をするしかなかった。
実桜は、璃空の謝罪ににっこりと微笑みながら、固有の能力を使用する。
彼女の能力は、『導キノ向上(レベルオーバー)』。
触れた物質を強化することのできる能力である。
璃空の遺言を受け取った美桜は、チョークを強化し、彼の額に叩き込んだ。
先ほどとは違い、至近距離で叩き込まれた衝撃により、璃空の意識は遠くどこかに飛び去ってしまった。
「ふぅ。……さて、授業を続けるぞ」
「郁美先生、ひでえ……」
あまりにも無慈悲な一撃に、クラスの誰かがぽつりとつぶやいた。
しかし、そんな呟きを無視し、実桜は授業を再開した。
◇
「──。──、璃空? りーくー!!」
「ぐぇ……」
自分を呼ぶ声に目を覚まそうとすると、何かが重くのしかかってくる。
その衝撃で璃空は完全に目を覚まし、自分の上に乗っかっている少女の頭を撫でる。
「もうちょっと、他の起こし方はなかったのかよ……」
「起きない方が悪い」
不満そうな璃空の言葉を、少女は軽く受け流して体を起こす。
「それより準備して! まさか、デートの約束、忘れたわけじゃないよね?」
「忘れてるわけないだろ。緊張しすぎて寝坊したんだからな」
ピンク色のリボンで髪をくくりながら、少女は意地の悪い笑みを浮かべた。
璃空は大きく伸びをするとともに、慣れたように少女の悪態へと返事をする。
そんな二人の左手、薬指には、同じ指輪が嵌められていた。
「はーやーくー! 私、準備できたよ?」
「あと五分待ってくれ!!」
これは少年少女が、理不尽な世界に立ち向かう物語。
「よし、準備完了!」
「うん。──じゃあ、行こっ!」
そして、鳴神璃空が、一人の少女の笑顔を守るために戦い続ける物語である。
二人は、手をつないで、明るく幸せな未来への扉を開けた。
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