第14話 弟子を見る事師に如かず
◇
「何か訳がありそうだな。弟子よ」
「はい。実は、
月桂はそこで一旦言葉を区切った。
神樹の隣に座る明星に視線を向ける。
「明星、すまない。私はお主に詫びねばならないことがある」
「えっ?」
すっかり懐いてしまった白孔雀の頭を膝にのせて、明星が戸惑うようにこちらを見た。月桂は神樹から聞いた話を
元は地震がきっかけだったが、西陵の地下にあった古い遺跡から、水城の『伽藍』へ通じる道が見つかった。
その道の最奥には、あらゆる命が循環すると言われる場所――『
けれどその部屋の中には、触れただけで命を吸い取る『
「先日、『伽藍』の地下から『
「月桂さん……そう。それが原因だったのか。まあ、今は久遠と一緒に張った結界が防いでくれているから大丈夫だよ。それに俺は月桂さんに川で倒れてたのを助けてもらったから、気にしないで」
「ふうん。兄者とあんたは、それで知り合ったのか」
「神樹。何が言いたい?」
「いや別に。悪い。話を続けてくれ」
弟のにやけた表情が不気味だ。
鳳庵もまた、同じような微妙な笑みを浮かべている。
「その様子だと、私の言いたいことがお分かりの様ですね。師匠?」
「そうだな。理屈から言えば、私の『
「なんですって?」
「筆の軸に『
「へえ……初めて聞きました。じゃあ、『命数筆』を集めてその中を見てみると、大きな結晶が入っていることがあるんですか?」
「残念ながら、『命石』ができる最低の年数は三十年と言われている。命数筆千本の中に、一つ結晶が見つかればいい方だな」
「なんだよ。そんなの、ないのと一緒じゃねぇか!」
期待に目を輝かせていた神樹が、失望感も露わに叫んだ。
「師匠……それは、あんまりではないですか」
月桂も恨めし気な視線で鳳庵を睨んだ。
「すぐ諦める。お前の悪い癖だな、月桂」
月桂はぐっと膝の上に置いた両手を握りしめた。
「『命石』の力が足りないのですから、仕方がないじゃないですか」
「力が足りない? では補えばいいではないか」
ふふふ、と鳳庵が低く笑った。その視線の先は明星を見つめている。
「そなた。その美しい白金の髪を少しで良い。分けてくれぬか?」
「ええっ?」
「明星の髪……?」
「私はそなたの中に、幾千もの命が光り輝くさまを見た。その髪で『
明星は結われることなく肩を流れる髪へ手を添えた。外の
「いいよ。髪ならいくらでも」
「ほう。ならばお前、作ってみせろ、月桂」
「私が……ですか?」
「ふふん。これ以上に素晴らしい素材はないぞ! 生気に満ちた明星の『髪』と『命石』。最強の組み合わせだ。きっと存分に『
「……確かに……」
月桂は思案した。
鳳庵の持っている『
「月桂。何をどうすればいいのか、お前ならわかっているだろう。私の『命精筆』はくれてやる。その代わり、お前の『命精筆』を作ってみせろ」
「……ありがとう、ございます……」
戸惑いがちに月桂は返事をした。これで『八色の燈台の間』を覆う『
月桂が作る『命精筆』と、それを使う明星次第だが。
「ああ、礼には及ばんぞ。だがどうしてもというのなら……そうだな、明星!」
「えっ? 俺……ですか?」
「私は筆作りをやめて、この屋敷で絵を描いて過ごしている。だからいつでもおいで。私の絵の
「いえ~それは流石に、遠慮しときます……」
苦笑いを浮かべながら明星が答えた。
「そんな! つれない事を言うでない。ただとは言わない。杏仁豆腐や胡麻団子、それに小籠包や黒蜜入りの冷たい
「ええっ。それって……食べ放題?」
「もちろん。そなたのために用意する。欲しいだけ食べて行けばいいぞ」
月桂は両者の間に割り込んだ。
ぴしゃりと言い放つ。
「師匠、明星を食べ物で釣るのはやめて下さい!」
「ええ~でもだって……」
くぅ。
明星の腹が小さな音を立てた。
明星が視線を落として自らの腹部を眺める。
「生気を奪われたせいか……お腹が減った……かも」
白い頬を赤く染めて明星が苦笑いを浮かべた。
月桂は明星の手を取った。
「明星。何か食べたいのなら、私が今から南天楼へ連れて行ってやる。
「南天楼……南天楼かぁ! それもいいなあ。月桂さん、あそこの最上階って知ってる? 俺は入ったことないんだけど、久遠が店主に招待されたことがあって自慢してたんだ。とってもすごいらしいよ」
誘惑の呪文にかかったように、明星の目がうっとりとなった。
鳳庵は面白くないのか、急に眉間を曇らせて険悪な表情になる。
「なんじゃ月桂。それから明星。困っているお前たちを助けてやろうと、私が大事な大事な『命精筆』をくれてやったのに」
「報われないねぇ……お師匠さんよ」
冷やかすように神樹が茶々を入れる。
「うるさい」
ぎろりと神樹を睨みつけた鳳庵へ、月桂はやおら右手を出した。
「なんだ?」
訳がわからない。黙ったまま鳳庵が月桂の顔を見返す。
「筆を……あなたが私に直して欲しいという、毛先が傷んだ絵筆を預かります。少し時間がかかりますが、今回のご協力のお礼に無償で修理いたします」
「そんなの当然だろうが。弟子の分際で師匠から金をとるなどあり得ぬわ」
口ではそう言いつつも、まんざらでもないようだ。
鳳庵は立ち上がると机へと向かい引き出しを開けた。そして、一本の絵筆を大事そうに取り出した。
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