第7話・・・メルカジュール4
マノンが加入したことで、痴話喧嘩がおきないわけがない。ミラはリアムに詰め寄り、攻めた。レンも、レイラが連れてきた少女が少なからず気に入らずずっと威嚇している。マイラは、まぁ四人の揉め事を眺めて紅茶を飲んでいた。
「マノンさん、でしたよね。どうしてリアムさん達とご一緒しようと?」
「え!えっと、その…売店で並んでる間…ま、魔法攻撃の話題で盛り上がって…?その流れでぇ…みたいなぁ」
「そうでしたか。本当、皆さん、魔法がお好きなんですね」
「…」マノンは何も言えなかった。マイラのその言葉の意味がなにを意味するのか、汲み取ることが出来なかった。
飲みほしたマイラが、手をパンパンと叩くと、四人の視線が集まる。
「皆さん、そろそろナイトパレードの時間になりますから、着替えて陸エリアに集合しましょう」
「あぁ、そうだな」リアムは時刻を確認する。夕方五時から陸エリアで盛大なパレードが行われるのだ。そして、プールエリア、アトラクションエリアは閉館の準備が始まる。その証拠に、売店が徐々に締め作業をしている。
「じゃあ、陸エリアに大きな時計モニュメントがあるので、そこで待ち合わせをしましょう」
マイラの掛け声で、六人は更衣室へと向かった。
ミラは、焦っていた。
(どうしよう、水着着て安心して、帰りの下着一式持ってくるの忘れちゃったぁ)
タオルで拭いて、とりあえず誤魔化すように先にドライヤーで髪を乾かす。
「あ、ミラ。この早渇きシエフつけなよ。私の代表作」
レイラが持ってきた備品を、ドライヤーに着けると、風の威力が上がり、ナノイオンも出ているのか髪はすぐ乾くし、いつもよりサラサラな気がした。
「ありがとう、レイラ!」いや、良くない!
「どうしたの?」
「え、えっと」
「お姉様、彼女、ランジェリー一式忘れたみたいですわよ」
「あぁ、そういう事なら早くいいなさいよ!」
「下着なら、更衣室内にあるショップに売ってますよ。シンプルなのから、勝負下着まで…」
マイラが耳打ちとは言えない大き目な声でミラに教える。
「すぐ買ってくる!」
「どんな下着かなぁ」マイラの予想に「そりゃリアム落とすならドンと派手なのがいいわよ!」と乗るレイラ。もう、この二人にプライベートなこと話すの止めようかな、と思ったミラだった。
無難な下着セットを買い、戻ってくると、そこには美しいおしりがあった。
正確には、レンが着替えていたのだ。胸の形は良くて、大きさも立派で。何より、おしりが綺麗なのだ。張っていて、鍛えられているのが解る。白い肌に、白いシースルー素材のパンツを穿いていく。シースルーなので、うっすらとおしりが透き通って見える。そして、腰ひものリボンを調節し、パンツを穿き終える。
「ちょっと、さっきから何ジロジロみていますの?」
「え、あぁ、ごめん!」
「別に同じ女性ですから怒りはしませんけど、鑑賞代としてお金取りますわよ」
「あはは…」それは勘弁してほしい。
レイラは、来たときと同じ豪快だった。今だってすっぽんぽんで、自慢に身体を晒している。いや、見せつけている。
「レ、レイラ。早く下着穿いてよ、こっちが恥ずかしくなるよ」
「あぁ、ごめんね。いつも裸でいることの方が多いからさぁ」
レイラは赤い生地のパンツに、黒いリボンで縁取られたパンツを穿き、ブラジャーを付け、胸を整える。
「貴女、お姉様にケチつけないでくださる?」
「ケチとかじゃないです!」
マイラは紺色の下着に、白い刺繍で誂えられたものを着ていた。レイラとレンと比べると、慎ましやかに見えるが、ウエストと太ももは引き締まっていてとても綺麗だった。
ミラの無難な下着とは言っても、ピンクベースに菫が散りばめられた可愛いデザインだった。
(…うーん)
マノンは、他の四人に比べたら胸も無いし、ヒップがあるとも言いづらい。何より、無地の薄紫のパンツに、色気のないチューブトップ…。
(先生に相談してみよう)
こうして五人は着替え終わり、時計モニュメントへ向かっていった。
一足先に着いてたリアムは、相変わらずの人混みに疲れていた。
(この後もパレードで人混みの中かぁ…今日も秒で寝れそうだな)ミラが殴らなければだが。
「お待たせ、リアム」
「おぉ、じゃあ揃ったし、場所取りしに行くか」
六人が各々お喋りをし始め、移動しようとした時だった。
「すみません。そちらの女性、マイラ・マイソンさんですよね?」
「どちら様ですか?」
黒服…服装的に警官の男が三人。胸のバッチもメルカジュール警察の物だ。
「我々はメルカジュール警察の者です。昨夜の事件について、マイソンさんにご協力のためにご同行を願います」
マイラは委縮し、リアムの後ろに隠れた。そこにミラもマイラを隠すように立ち塞がる。
「犯人に動きがあったので、保護も兼ねたいのです。マイソンさん、安全のためにも我々と一緒に来てください」
マイラは狼狽え、言葉が発せないでいる。
「それなら、俺達も一緒に行きます。それなら怖くないだろ?マイラ」
「え、えぇ…私からも、みなさんと一緒にいたいです」
「それだとこちらの警備も大変になるんですよ。…ここだけの話、この事件は極秘なんです。関係者以外を連れ込むのは禁止されています」
「じゃあ、どこの施設に連れていくかだけでも」
「それもできません。いい加減、こちらの言い分を理解していただけませんかねぇ?」
見下すような態度に、リアムはカチンと来る。
「…わかりました、行きます」
「マイラ!」
マイラは大人しく警察官の隣へ並ぶ。
「あっ!」とレイラが急に躓いて、一人の警官に抱き付く。
「ごめんなさい、躓いてしまって…」レイラは少し胸を警官に押し付ける。警官が生唾を飲んだのは確かだろう。マノンは横でじぃっとレイラの行動を見ているだけで、口出しはしなかった。
「いいえ、お気をつけて、レディ」
「ありがとう。それにしても、やっぱり警官の方って、逞しい身体をしているんですね…」
手を頬に当てて、少し頬を染める。警官はカッコつけて敬礼をし、マイラを連れて黒のバンに乗り込む。
「おい、レイラ!なんで行かせた!明らかに怪しかっただろ!」リアムはレイラの肩を鷲掴みする。
「ちょっと、お姉様に何きやすく触ってるのよ」鬼の形相のレンが食って掛かる。
「アイダダダダダ」
レンに手首を掴まれて捻られるが、尋常ではない力である。不意だったとはいえ、お嬢様育ちのレンにここまで痛い目に合されるなんて不本意だった。
「レンッ、お前なんて馬鹿力を!」
「ふん。わたくし、これでもラードナー家の娘ですのよ。護身術、体術、魔法訓練だってそれ相応に教授されていてよ」
「はいはい、ケンカしない。ほ~ら、リアム。これ、なーんだ」
マジックウォッチには、地図を移動する赤い点。
「お前、まさか」
「リアム、お前気づかなかったのか?レイラがGPSを仕込んだの」
マノンはふふんと鼻を鳴らし、腕を組み、勝ち誇ったように仁王立ちしている。
「マジかよ…全然気づかなかった」
「あそこで騒ぎを起こしてマイラを守ろうとしたら、銃を持っていないレンとミラ、他の人達まで巻きこんじゃうでしょ?それにあの警官達の属性もわからないのに、下手にでて負けたら意味ないし。少し離れた場所で暴れた方が遠慮なくとっちめられるじゃない?」
レイラがニコッと笑うと、レンは惚れ惚れとしながら「お姉様、わたくしのことを心配して…」とうっとりとしていた。
「レイラ、私達のこと気に掛けてくれてありがとう…でも、なんか悔しいな。私、役立てないなんて」
ミラは銃も持っていなければ、体術が長けているわけでもない。この旅だって、生活面担当で着いてきた。まさか、こんな魔法が必要になるなんて思いもしなかった。
「ミラ、落ち込むには早いわよ。レンと準備してほしい事があるの。マジックウォッチに送信するから、合図があったらすぐに合流できるようにしといて」
「う、うん!」
「わかりましたわ、お姉様」
ミラとレンはレイラの指示通り、メルカジュールランドを離れ、街の方へ向かった。
「走りながら説明するから、さっさと行くわよ!リアム、マノン!」
「お、おう!」
レイラの段取りの良さに、リアムは少々驚いた。働いているからなのか、それとも武器職人は非常事態に慣れているのか…。
ミラ達はレイラに頼まれた、車の手配をしようと街に戻って来ていた。
「レンタルカーのお店…お店…」
レイラの指示で、車を手配するよう言われたのだ。マイラ回収後、すぐに逃げられるようにと。
「ミラ、検索なんて必要ありませんわよ」
「え、でも」
「わたくしと誰だとお思いですの?マジックウォッチ」
レンが一声かけると、マジックウォッチが起動する。
「じいや。至急、メルカジュールに車を手配して頂戴。そうねぇ…バンかキャンピングカーとか?とりあえず、六人以上が乗れるくらいの車をね」
かしこまりました、お嬢様。とじいやの返事。すると、数分もしないうちに、紺色のスーツを着た男と、紺色のワンピースとエプロンを着た女がキャンピングカーを運転しやって来た。
「お嬢様、こちらでよろしいでしょうか?」
「念のため、加速魔法、銃装備もしてあります」
「えぇ、ありがとう」
下がれ、と命令すると、男女はもう一台の車に乗り去って行った。
「ほぇ…」
「こちらはこれで万端ですわね。後は適度な距離を保ちながら追跡して、お姉様からの連絡が来るのを待つだけですわ」
一方リアム達は。
「マノンは水属性B++。私は金属性A。リアムは?」
GPSを追いながら、属性の確認をレイラがする。しかし、リアムは引っかかった。
「おい、金属性って物造りが得意で戦闘は不向きなんじゃないのか?」
『ちょっと!貴方、お姉様に向かってなんて暴言を吐いているの!』
「げぇ、通じてんのかよ」
通話機能がリンクされ、レンからお叱りを受ける。
「ふふん、リアム。私を誰だと思っているのよ。各属性の武器を作っているのよ、自分の属性をカバーするくらい、朝飯前よ」
「マジか、凄いな、お前」
「ところで、リアムは何の属性なんだ?」マノンが聞く。
「俺は…無属性だ」
マジックウォッチで無属性魔力Aであることを証明する。すると、マノンが急に止まった。
「む、無属性?!は、あはは!嘘だろ!信じられない!無属性って魔法が使えないじゃないか!それであんな偉そうにしてたのか?アハハハ!魔力Aでも、魔法が使えないなら意味ないって、神父様だって言ってたぞ!銃弾だって、ただの鈍ら銃弾だぞ!魔力を込めて撃てやしない!」
『ちょっと、無属性の何が悪いのよ!』
ミラも反撃するが、マノンは「ごめん、ごめん」と笑っている。
「はぁ…マノン。笑うのもいい加減になさい。リアム、銃、持ってるでしょ?見せて」
「あぁ」
ちょっとマノンの笑いっぷりにイラッとしたが、レイラが注意したので、リアムは大人しくホルダーから銃を取り出し、渡す。
「…これ」レイラは驚きの表情を見せ、何か悟ったようにリアムに訊く。
「リアム・ランドルフ。どこかで聞いた気がして思い出せなかったけど、今思い出した。貴方のお父さん、アイアス・ランドルフ。そうでしょ?」
「!なんで親父の名を…知り合い、なのか?」
突然出てきた名前に動揺する。まさか、ここで父の名を知る人に出会えるなんて想像もしていなかった。もう。リアムとミラ以外、誰も口にしなくなった。父の名前…
「私も詳しくは知らないんだけどね。この銃を作った私の師匠、ジョン・マスタングから聞いたことがあるの」
「マスタング…!それって、父さんが言ってた、」
リアムの言葉に、レイラはどこか愛おしそうに銃に触れた。
「そう。名工マスタング。師匠がリアムに作ったんだから、きっと信頼が置けるお父様なんでしょうね。まさか、無属性に…リアムにこんな形で出会えるなんて思ってもみなかった…。それとね、マノン。私が師匠から聞いた無属性の特徴は、その逆よ」
レイラの言葉に、マノンは少しムッとする。
「逆?使えるってことか?」
「そういうこと。それは、これからのリアムの戦いを見れば解るんじゃない?私達には想像も出来ない力…ねぇ、リアム」
二人の視線がリアムに集中する。リアムはニヤッとニヒルに笑う。
「あぁ、期待してくれてもいいぜ」
バンの中では、マイラの両脇には警官が座っていた。その一人がおもむろに足を組み、煙草を取り出し、火を着けふかす。それを皮切りに、他の警官もネクタイを緩めたり、上着を脱いだりくつろぎだした。ただでさえ皆と別れて不安なのに、更に悪化していく。
「あ、あの。私、どこまで連れていかれるんでしょうか…」
恐怖で声が震える。それを見た煙草をふかしていた警官が、笑い声をあげ、マイラの顔に煙を吹きかける。
「ンッ!」
「あのねぇ、殺さないと意味がないんですよ。アンタがいくらお金を積んでも、女を捧げても、権力を渡しても、死なないとダメなんですよぉー!」
「へ…」
昨夜、男、死なないと、銃声、懇願する声、全てがマイラを支配する。
「い、いや!助けて!」
「おっとぉ、逃げられないぜ。その顔、解っちゃったんだぁ…賢いなぁ、マイラちゃんは。でも俺達に着いてきちゃうって所は、おバカさんかなぁ」
背後にいた警官が、マイラの腕を掴み、動けないようにする。
「マイラちゃぁん…君はもうすぐ死ぬんだ。死ぬ理由?それは君が昨日公園で殺人を見たからだ。死体を見たからだ。恨むなら、見た自分を恨むんだな」
マイラは身体を強張らせる。昨日の死体を思い出し、涙ぐむ。助けてと声に出したくても、嗚咽しか出てこない。
「お兄さん達はね、本物の警察なんだよ。警察署に確認したっていい。でも無意味だ。正真正銘、正義のお巡りさんですよって答えられて終わりだ。でもどうしてこんな事をしているか?それはもう一つの正義のためだよ。世の中、どうしても裁けない悪がある。それを裁き駆除する正義がいる…そう、『黄昏の正義』だよ」
黄昏の正義、聞いたことがある。悪徳政治家、汚職警官、マフィアなどを裁く存在。自警団と言えば格好がつくかもしれない。でも、噂でいい話は聞いたことがなかった。
(私、判断を間違えちゃった…!)
マイラは委縮し、俯く。
「あはは、怯えたマイラちゃん可愛いなぁ。そうだ、死ぬ前にお兄さん達と思い出でも作ろうか…気持ちイイ思い出…」
そう言うと、二の腕を掴んでいた警官がゆっくりと腕、手へと撫でていく。そして煙草を吸っていた警官はマイラの膝を撫でまわし、ゆっくりと、ゆっくりとスカートの中へと侵入してくる。
「いやぁ!むぐ」
背後の警官に口を塞がれる。
スカートのさらに奥へ侵入を許してしまいそうになった時だった。
「いい加減止めておけ」
一人の男…威圧感のある声が車内に響くと、三人の警官は行為を止めて背筋を伸ばす。
「す、すみません。コアさん…」
「ふん」
車内は静まり返る。
(助かった…?)
マノンは座り直すと、コアを呼ばれた男を見た。この中の誰よりも屈強で、一番強いのは確かだろう。見た目と、声だけでも解る。この男は強い。
(助けて、リアムさん、ミラさん…みんな…)
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