第81話:ずっと後悔し続けていた
一目惚れだった。
今から20年ほど前の話である。
宗光が東京の大学に進学し、新入生オリエンテーションでたまたま隣になった穂崎静から緊張気味に話しかけられた時。
その小鳥の囀りのような心地の良い声色と、こんな可憐な人がこの世にいたのかと思わずにはいられない美貌に、それまでずっと勉強ばっかりで青春らしきことは一度もしてこなかった宗光は雷に打たれたような心地になった。
「わ、私は神戸宗光。良かったら君の名前を教えてくれないか?」
「あ、まだ言ってなかった。ごめんね。ボクは穂崎静。よろしくね、宗光」
内心ではドキドキしながらも会話を続ける中で名前をゲット。
しかもいきなり下の名前で呼び捨てにされた。
これまで色恋沙汰にはとことん疎かった宗光だが、これはもしかするともしかするのではないか?
大学には勿論勉学に、さらにはその先の将来の為に進学したが、未来の伴侶をここで見つけるというのも人生計画のひとつとして緊急に組み込むべきではと宗光は真剣に脳内論議した。
そして静が男だと知り、宗光はショックで一週間大学を休んだ。
「あ、宗光、久しぶりだね? どうしたの、風邪でも引いたの?」
一週間ぶりに会った静。
その様子はいつもと変わらず可憐だ。
「う……ま、まぁ、そんなところだ」
でも今や宗光は静が男だと知っている。
なのにどうしてこんなにドギマギしてしまうのか?
同性から話しかけられて胸が高鳴るなんてどう考えてもおかしい。
「あれ? 顔が赤いよ?」
何故なら静はどんなに可愛くても男、股間には宗光と同じものが付いている。
それを想像すれば、恋心なんて――。
「まだ熱があるのかな?」
ぴたっと冷たい静の手が額に触れる。
「ぎゃがPZア%ポゴれWた!!!!」
宗光は壊れた。
あまりに恋愛感情というものに不慣れな宗光だった。
「あ、そうだ宗光、紹介するよ。僕、この子と付き合うことになったんだ!」
なん……だと?
その言葉に破壊された脳を慌てて再構築した宗光は、そこで初めて静の隣に見知らぬ女の子が立っていることに気が付いた。
それぐらいどこにでもいる普通の女の子だ。少なくとも宗光のセンサーには全く反応しない。
「宗光も仲良くしてあげてね」
嫌だった。
どうして静はこんな子と付き合うのだ? と怒りにも似た感情が芽生えた。
この子よりも自分の方が静に相応しい、って私は男だ! ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
が、宗光の苦悩をよそに静は早々にその子と別れた。
理由は静が
これを機に学内の女の子たちのよる静争奪戦が繰り広げられた。
ほとんど月ごとに変わっていく静の彼女。
宗光はその中に自分が加われないことを忸怩たる思いで見つめる。
順調におかしくなっている宗光だった。
そんな時だ。
静が宗光と幸太郎に「もしボクが女の子になったらどうする?」って問いかけてきたのは。
宗光の答えは決まっていた。
結婚してくれ。これしかない。
だが、どう考えてもありえない事に本気で応えていいのだろうか?
仮にそう答えてドン引きされたらどうしよう、いやそれどころか今の関係が壊れてしまったら……。
「くだらない冗談に議論する必要はないが、敢えて言うなら別に変わらない。これまでと同じだ」
ならばこう答えるのがベストだろう。
対して幸太郎はしばし熟考した後に「結婚してくれ」と静に迫った。
宗光は「まさかこいつも静にそんな感情を抱いていたのか!?」と驚きつつ、鼻息を荒くする幸太郎に引き気味の静に「やはり私の答えは間違ってなかった!」と安心感を覚えたのだった。
「その時のことを私はずっと後悔し続けていた」
時は戻り、再び県展の表彰会場。
「どうしてあの時、私は静に本心を告げなかったのだろうか。本当のことを言っていたら未来は変わっていたはずなのに、と」
誰もが宗光の話を静かに聞いていた。
「だがいくら後悔してもやり直しなんて出来ない……そう思っていた時に渚君が現れた。最初はなよなよした頼りない若者と思ったが、よく見たらその顔が静と重なった。まさかと思って調べてみたら……ああ、あの時ほど私は神に感謝したことはない。神が私にやり直すチャンスを与えてくれたのだ」
恍惚とした表情を浮かべる宗光。幸福感が彼の身体全体を包み込んでいた。
「なるほど。話はよく分かりました」
そんな宗光の話を結衣は渚を看病しながら黙って聞いていた。
知らなかった。
父がそんな後悔を抱きながらこれまで生きてきたことを。
さぞかし苦しんできたことだろう。その辛さは結衣にも想像出来る。
だが、しかし!!
結衣は立ち上がると、思い切り右手を振りかぶった。
「だからと言って実の娘の彼氏を寝取ろうとする親がどこにいますかーーーーっ!!」
かくして結衣さん渾身の平手打ちが炸裂したのだった。
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