第8話:アホなんですか?
全裸の結衣が裸体を隠そうともせず、いや、むしろ見せつけるようにして演説を始める。
「私、今はすっぽんぽんですけど、本当はかなりいいところのお嬢様なんですよ」
「……うん」
「ですから子供の頃から私の周りにはですね、金持ち特有の自信過剰な男しかいなかったんです。いや実際、それを裏付ける能力もあるかもしれませんけど」
「……うん」
「ですけどね、ぶっちゃけウザいんですよ。もう何かにつけて俺スゲー俺スゲーって。お前らはなんなの? 一昔前のラノベの主人公なの? 今時そんなのはもう流行らないんですよっ!」
「……うん」
「今はですね、恋人を寝取られる男主人公の時代なんですよッ、先輩!」
「うん。……うん?」
「ああっ、
結衣が右手を固く握りしめながら、身体をのけ反らせた。
軽くイけるってまさかそういう意味も含めてないよねと訝しむ渚は「とりあえず落ち着こうか」と、結衣をベッドに座るよう誘う。
「うん。とにかく神戸さんが寝取られモノが好きなのはよく分かったよ」
「分かってもらえましたか! あ、でも私が好きなのは恋人を寝取られてショックを受ける主人公が好きなだけで、逆に興奮を覚える主人公は最低だと思ってます」
「分かった分かった。で、恋人を他人に寝取られて落ち込んでいる僕が好きになったから付き合いましょう、と?」
結衣の話を聞いているうちに、渚の頭ははっきりとしてきた。
結衣の妖しい瞳に見つめられ、身体が操り人形のように言うことを聞かず、ラブホテルに入ってそのまま行為に至った。
その間、渚の頭の中は靄がかかったかのほうに不鮮明で、ずっと「なんで?」と疑問符で埋め尽くされていた。
どうして結衣が自分を誘うのか分からない。
恋人を寝取られたと聞いて、軽蔑したような微笑を浮かべてきた結衣がどうして、と。
そして相変わらず自分は分からないことだらけだと情けなくなった。
もっとも理由を聞けば「ああ、そういうことか」と納得した。
が、理解は出来ない。
そんな理由で自分を好きになったことも。
そしてなにより「恋人を寝取られる男の哀愁が好き」と言われて、自分が「そうか。嬉しいな。じゃあ僕たち付き合おうか」なんて答えると由比が思っていることも。
「悪いけど神戸さん、僕は――」
「渚先輩ってアホなんですか?」
断ろう。
そう思って口を開いたのと、結衣に罵倒されたのは全く同じタイミングだった。
「え?」
「だって、どこの世界に『寝取られる男、最高。付き合って!』なんて女がいると思います?」
「今、僕の目の前にいるけど?」
「あ、やっぱりアホですね、先輩」
「なんで!? あ、じゃあえっちして終りで、付き合ったりはしないってこと?」
「うん、アホ決定です」
「アホ、アホ言わないでよ。え、どういうこと?」
「私が一夜限りのえっちとか、セフレで満足するわけないじゃないですか。もちろん、渚先輩とはお付き合いしたいなと思っています。でも」
いきなり結衣が抱きついてきた。
胸に押し当てられる豊満なふくらみ、そして唇に甘いキス。
「私が渚先輩を好きになったのは、きっとこれまで多くの恋人を寝取られてきた先輩なら私のことを大事にしてくれると思ったから。もう恋人を寝取られないように、私の為に必死になって頑張ってくれると思ったからですよ」
「あ……」
目を見開く渚に、結衣が微笑んでくる。
「そんな私の気持ちに気付いてくれないからアホだって言ったんです。分かりました?」
「……はい」
「よろしい。それでどうしますか、先輩? 私と付き合ってくれますか? それとも」
結衣が渚の耳元で囁く。
「私を他の男に盗られてもいいんですか?」
問いかけてくる結衣の微笑みは、やっぱりどこか挑発的だ。
渚はさっきまでそれがどうにも苦手だった。
でも。
「嫌だ」
それを今はとても愛おしく感じる。
日頃は上品な笑顔を浮かべる結衣。そんな彼女のこんな表情を知るのは、今度こそ僕だけでいいと渚は強く思った。
「神戸さんは誰にも盗られたくない」
渚は結衣をぎゅっと抱きしめると、そのままベッドに押し倒す。
渚は決めた。
結衣を守り抜くと。
もし結衣を寝取られたら――そんなことになったらそれこそ男性失格、女の子になっちゃうっても仕方がない、と。
「さっきのはお試しえっち。今度は恋人えっちですね、先輩」
「そうだね」
「先輩の全てを感じさせてください。私が他の男に見向き出来ないぐらい」
「うん。神戸さんは僕のものだ」
今度は渚から結衣にキスをした。
ふたりだけの甘い夜は、まだ始まったばかりだった。
――作者より――
公開初日はここまでとなります。
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