第5話:送っていってもらえませんか?
「それじゃあふたりとも、気を付けて帰ってね」
新歓コンパも終わり、二次会のカラオケには参加せず、かつ電車通学している新入生たちを渚は駅まで車で送った。
大学は付近に学生相手の飲食店が多くあって生活には不自由しないものの、駅からバスで20分あまりと結構不便なところにある。
なのでまだバスはある時間帯ではあるが、新歓コンパでは先輩が車で駅へ送っていくのが昔から続くしきたりだった。
そしてそういう面倒な事は、基本的に2年生の男の仕事だ。
まだお酒が飲めない年齢ということも実に都合がいい。
渚は駅まで車を走らせながら「ああ、だから北村先輩は僕に免許を取れってうるさかったのか」と、ひとつ上の男の先輩に昨年しつこく説得させられたのを思い出していた。
「さて、どうしよう」
新入生ふたりを駅前広場で降ろし、しばし車を停めながらこれからのことを考える。
本当なら今から二次会のカラオケに戻って、色々と新入生や酔っ払った先輩たちのお世話をする立場にある。
でも、二次会参加の新入生にも電車通学している者がいるが、こちらは健斗が率先して送迎役を買って出てくれた。
それは直接言葉にはしないけれども、傷心の渚が出来るだけ早く家へ帰って休めるようにという健斗の気遣いだ。
ああ見えて結構いい奴だった。
「うん、帰ろう」
みんなに「疲れたので今日はこのまま帰ります」とメッセージを送っておこうと、渚は助手席に置いたスマホの入った鞄へ手を伸ばす。
が、視線は何故か後部座席へと向いた。
そこに先ほどまで新一年生の男の子ひとりと、そして彼女が――今年の推薦入学者であり、書研に男子新入生を多く呼び込むことになった新入生・
さっきまで運転しながら後部座席のふたりへリラックスした様子で話しかけていた渚だけれども、内心は結構ビクビクしていた。
もしコンパで結衣に聞かれたことを話題にされたら、動揺で事故を起こさない自信がない。
だから無事駅まで送り届けられた時は、心の底から安堵した。
ただ、同時にあまり結衣と話せなかったことに落胆も覚えていた。
せっかくの後輩だ。最低の第一印象を出来るだけ早く回復させたい。
二次会に戻らないのも、言ってしまえば彼女がいないからだ。
「……でも、リカバリーは無理だよね、きっと」
スマホにメッセージを打ち込んで、さぁ帰ろうとハンドルを握る。
その時だった。
コンコン。
車の窓が叩かれた。
外に立っていたのは――まさしく今、渚の心の中心にいる人物だった。
「どうしたの、神戸さん? もしかして電車が止まってた!?」
「いえ、そうではないのですが。少し渚先輩に相談があって」
「相談?」
「はい。実は駅で大野君に告白されまして。困ってしまって逃げてきちゃったんです」
「ああ、そういうこと」
言われてみれば駅まで送ったもう一人の男の子は、車の中でもしきりと結衣へ話しかけていた。
きっと他のライバルたちを出し抜くこのチャンスに賭けたのだろう。
「なのでもしよろしければ家まで送っていってもらえませんか?」
聞けばさほど遠くはない。夜のドライブにはうってつけの距離だった。
例の話を持ち出されたらどうしようとは思うものの、結衣と話をしてみたい、印象を少しでも良くしたいという気持ちが勝った。
「うん。いいよ。じゃあ後ろの席に」
「いえ、後ろはちょっと狭いので、よかったら助手席に乗せてもらえますか?」
確かにお嬢様に軽自動車の後部座席は狭すぎる。
渚は置いていた鞄を後ろにやると、助手席の扉を開いた。
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