旅立ちⅡ

阿紋

 恵子は加工場の仕事を終えて家に帰ってきた。いつもどおりの乱雑な部屋。そのうち片付けなければと思いつつジャンバーを脱ぎ捨て、台所の流しに放置された食器を洗いはじめる。

「これが終わったら洗濯か」誰もいない家に恵子の声が響く。疾風は今日も部活で遅いだろう。ひと段落したら買い物にも行かなければならない。恵子は思い出したように冷蔵庫をのぞいてみる。

「なんで男の子なんて産んだのだろう」

 疾風が生まれたときの義理の親たちの喜ぶ顔が浮かんだ。そして、安堵した自分のことも。

「ねえ、恵子じゃないの」

 恵子は智美に声をかけられた。

「何してるの、こんなところで」

「旅行?」

 恵子は智美を見てにっこり笑った。

「疾風君は元気なの」

「元気なだけが取り柄かな」

「あれからずっとここ」

「いろいろ巡って流れ着いた」

「一緒にいるの」

 智美は不安気に恵子に尋ねた。

「あの人は本当に流れる人だから」

「そうか」

「お土産買うの」

 恵子は自分たちを見ている女性たちに気づく。

「案内するよ」

 恵子は智美の手を引いて女性たちのほうへ歩いていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る