第2話 崩された平静

 ホームルームが終わって解散になってから、俺はクラスの奴らと少し話していた。なんでもない、ただの雑談だ。クラブが同じ奴もいたので、そんな話も出た。俺が話をリードしていたおかげか、叶依の話にはならずに済んだ。

 適当に話を切り上げて、俺は親友を探した。彼──深沢史ふかざわふみは教室に姿はなく、廊下のほうから声が聞こえていた。待たせては悪い、と教室の中から彼を呼びながら出ていくと、そこには叶依とその友人・天岸海帆あまぎしみほの姿があった。

 俺は一瞬ドキッとしたのを必死で隠しながら、三人に近付いた。

 そんなことを知ってか知らずか、普通に話しかけてきたのは叶依だ。史とは俺の知らない間に絆ができていたらしい。

「もしかして、友達?」

「そうそう、俺ら小学校から一緒やねん。あ、そうか、叶依と海帆、こいつ知らんかったんか」

 俺の知らない間に何があった、と気になったのと同時に、史は俺を二人に紹介した。史はサッカー部で俺より明るい、まぁ、イケメンの部類に入るとは思う。俺はよくある髪型だが、史の髪はまるでサボテンだ。

「こいつのことやったら何でも知ってるで」

 最後に史がそう笑い、俺もつられて笑った。が、ちょっと待て。

「いや史、それ怖いやろ? 全部は知らんと思うけど」

 それはそうだ、と笑いながら、史による俺紹介は、いつしか二人の比較になっていた。どちらかといえば成績は俺のほうが良くて、運動神経も俺のほうが良い、と言っている。そして自分に良いところがない、と気付いて落ち込みかけたが、史は俺にないものを持っていた。

「あるやん。誰とでもすぐ仲良くなるとこ」

「おお、そうやな。勉強できても、友達おらんかったら寂しいからなぁ……」

 実際、これまで俺は接点がなかったにしても、叶依とはとても仲が良さそうに見えた。史と叶依の初対面がいつどんなだったかはわからないが、俺の場合、その場から逃げだした。史が俺の立場だったら、きっとすぐに捕まえているはずだ。

 そんなことを考えていても仕方がない、俺は叶依と仲良くなりたい、出来れば彼女にしたい──と妄想を巡らせている間に、史につられて足は玄関へ降りる階段のほうへ向いていた。

 このまま帰ってしまうのは俺らしくない──気がする──。

「なぁ、叶依ー、さっきはごめんな」

 気付けば俺は、謝っていた。

 自己紹介でまさかの共通点カミングアウトをして、トラブルに巻き込んでしまった。本当ならばこんな形ではなく、もっと自然に偶然を装って、いや、本当に偶然が一番良いが、普通の感じで仲良くなりたかったし、叶依もそうだろう。

「さっき? あ──ううん。別に良いよ、気にしてないし。ちょっとびっくりしたけど。それより……」

 叶依の声は小さくなって聞きとりにくかったが、どうやら俺が名前を呼んだことを気にしていたらしい。しかし、自己紹介で自分からそれを希望したことを思い出したのか、少し照れて下を向いていた。

「それじゃ、また明日」

「あ……うん」

 叶依には軽く片手を上げてから、俺は史と一緒に階段を下りた。


 玄関から正門までは塀に沿ってコンクリートの道があるが、グラウンドを横切るほうが近い。自転車通学の生徒は仕方なく自転車置き場のほうへ行くが、徒歩通学者はグラウンドを横断する。

 俺は徒歩通学なので何も考えずにグラウンドに入ったが、自転車通学の史は自転車を取りに走り、それを押して俺の隣を歩いていた。いつもと同じ下校風景、いつもと同じ空気、と思っていたのは、どうやら俺だけだったらしい。

「おまえ、何か良いことあったんか?」

 史が突然、そんなことを聞いてきた。

 俺はつい、笑ってしまったが、もちろん嫌なこともある。

「別に。田礼のクラスとか嫌やし」

 担任の名前は田礼たれ巻雄まきお。教師に見えない部分があるにもかかわらず他の先生より出しゃばっている感じがあり、嫌っている生徒は多い。気持ち悪いとか体罰とかはないが、特に女子に嫌われている気がする。二十代後半だと聞いたことはあるが、静かに厳しく語ることがあるせいか、もっと老けて見える。

「そうか? なんか今日、テンション高いぞ」

「いや……。普通」

「普通か? なんつーか、おまえさぁ、変やぞ」

「変って、何が?」

 聞きながら俺は、フン、と笑った。

 史が何を言いたいのかは、もちろん理解していた。俺は確かに人気があって友達も多いが、あまりクラスで騒いで目立つ存在ではなかった。バスケをしている時は、もちろん本気でやるが──、教室ではいつも、授業は真面目に受けて、発言することも少なかった。まして初対面の女子と仲良く話すなど、ありえなかった。

 史は、俺の気持ちの変化に気付いたのかもしれない。しかし俺はまだ普通を貫く、つもりだった。

「何がって、おまえ……」

「俺は普通。いつもと変わらん」

 努めて平静を装って歩き続けたが、そろそろ限界が来てしまったらしい。

「アッ、伸尋クーン、叶依チャントハドウイウ関係デースカー?」

 前を歩いていたクラスの奴が振り返り、俺は彼に飛びかかっていた。笑いながら、何度もパンチを喰らわせながら、黙ってろよ、と言いながら、彼が逃げていくのを見送った。

「伸尋ー、バレバレやぞ」

 後ろから史の声が聞こえたが、俺はそのまま歩き続けた。

「なぁ、ワカナって知ってるやろ? 駅ビルにおったやつ」

 叶依は高校一年生のとき、駅ビルの広場でよく歌を歌っていた。駅ビルには何度も行ったことがあるし、その度にギターの音と歌声を聴いていた。ギャラリーが多かったので残念ながら姿を見ることはできず、初対面は今日になってしまった。

「ちゃんと見たの初めてやけど」

「あいつ最近、駅ビルにおらんやん? なんでか知ってる?」

「知らん。最近行ってないし……なんで?」

「俺をふったから」

「──なに?」

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