第11話

「山村先輩の死が殺人かもしれない!?しかも犯人が島津先生の可能性があるって?」

本当に教室から移動して良かったと思う。

話を聞いた俊は大声で叫ぶ様に僕の言葉を繰り返したのだから。

「俊、声がマジででかい」

やっぱり話したのは失敗だったろうか?

早速後悔をする中、俊は口を塞ぎ辺りを見渡す。

僕たちがいる3階の非常階段のまわりに人の気配はなく。

放課後グランドにいる生徒たちにも今日の部活もできないでだろう強風で俊の声は届いていない様だった。

念のため外に出てて良かった。

「ゴメンゴメン。確かにこんな話誰かに聞かれたらまずいよな。でも信じられないわ。マジなの?」

「どうかな、あくまで可能性の話だったけど。あの島津先生の態度、何かあったとしか思えなくなった」

何もないならあそこまで反応するはずがない。

なのにあの態度は見逃せない。

「そうだよなぁ、アレ見た後だと現実味も出てくるよな」

俊もうんうんと頷きながら同意をしてくる。

「でも怪しいならそのこと警察に話さないと」

「まぁね。警察には言おうとは思ってるよ。だけどまだ証拠ないし、今行っていいものなのかなって」

変に話して操作が止まるその方が今は嫌だ。

「でも捜査とか警察に任せるもんだし、変に首突っ込むと千草も危ないだろ。そこまでしなくてもいいじゃないか」

心配そうに聞いてくる俊。

その心遣いはとてもありがたい。

こんな僕を心配してくれるなんて、彼は本当に心からの友だ、そう思える。

だけど僕はまた彼の期待を裏切る様に首を振った。

「どうして?」

ショックを受けた顔をしながら俊は怒らずに理由を聞いてくれた。

「僕は知りたいんだ、山村先輩がどうして死ななくてはならなかったのか。あの人が死ななければならないその理由があったのか、それが知りたい」

「そんなの知ってどうするんだよ」

「まだわからない。今はただその死の理由が知りたいんだ」

そうだ僕は知らなければならないその理由を。

こればかりは俊に止められても辞めるつもりはない。

できる限り想いの強さが伝わる様真っ直ぐに俊の目を見て話す。

しばらく僕らは互いに無言のまま視線だけを交えた。

「はぁ、なんだかなぁ。千草ってもっとのらりくらり生きてるヤツだと思ってたんだけど、なんか変な情熱持ってたんだな」

そう言う俊にそんな大層なものじゃないとつい否定しそうになる口を閉ざす。

そんな僕の様子をどう受け取ったのか俊はちょっと気まずそうな顔をした後。

「真相早くわかると良いな」

そう小さな声で言ってくれた。

「うん。じゃないと山村先輩が報われない」

僕はそう呟きながら山村先輩が落ちた校庭の一角を見据えた。



日が暮れより一層不気味さの増した古い木造校舎、そこに不釣り合いなソファーに栗見さんはいつもの様に腰掛けていた。

もうここで集まるのが恒例になり出したなとこの光景が慣れ親しみにつれ思えてくる。

「へぇ、じゃあその友達とは仲直り出来たんだ」

俊との事を取り敢えず報告してみるが明らかに興味なさげな声が返ってくる。

どうやら僕らの友情物語には関心がない様だ。

そんな栗見さんが興味を示したのはその後に話した島津先生の態度の件だった。

「怯えた様に動揺したねぇ。それは是非見たかったな」

「あの反応は異常でした。アレを見た後だと栗見さんの言う殺人の可能性もあり得ると思えてきました」

そんな事ありえないと思っていたことがだんだんと現実味をおびてくる。

真実に近づいておるはずなのになんだかとても嫌な気分だ。

「それで、君はその反応を見て島津先生が犯人だと思ったの?」

ひとしきり笑い終えた栗見さんがそう尋ねる。

「まぁ、あの転落に何か関係してるとは思ってます」

「それには同意」

と言うことは栗見さんは島津先生が犯人だと思っていないのか?

「教えてください。誰が一体山村先輩を殺したんですか?」

多分栗見さんはもうそれが誰なのか分かっている。

だからもう確信を聞くことにする。

今日まで色々考えたけどどうにも僕は推理というものが苦手みたいだ。

求める答えが目の前にあるなら僕は考える事なくその答えに飛び付こう。

「ミステリーではご法度だよ推理の途中で真相を知るなんて」

「これはミステリーじゃ無いですから」

そうキッパリ言うと栗見さんも確かにと頷いた。

「確かにこれはミステリーなんかじゃないね。なら手順を踏み必要もないか」

しばらくブツブツと呟くと栗見さんはスタッと立ち上がる。

「よし!じゃあ行こうか答え合わせに」

そしてそのまま教室から出て行ってしまったので僕は慌ててその後ろ姿を追いかけた。


「どうしたんですか?急に!」

早歩きで廊下を進む栗見さんに駆け足で追いつく。

「もういい時間だからね。いるとすれば自宅かな」

並走する僕に見向きもせず栗見さんが答える。

僕の質問に答えたと言うよりはまるで独り言の様だ。

迷いなく歩くその様はまるで何かに導かれておるかの様だ。

そのまま僕の方に見向きもせず廃れた校庭に停車している例のバイクに跨った。

「さあ早く乗って」

常に持っているのか?

僕の分のヘルメットを投げよこす栗見さんはまたこのバイクで街まで戻るつもりの様だ。

どうやら僕を無視していたわけではなかったみたいだ。

「無免許なのにヘルメットだけは用意するんですね」

後ろに跨りながらそういうと栗見さんはブーンとエンジンを吹かす。

小刻みな振動が骨まで伝わり少しむず痒く感じる。

「だって警察に目つけられると面倒でしょ」

そう言うと栗見さんはまたバイクを急発進させた。

「ひっ」

小さな悲鳴と共に栗見さんの腰にしがみつく。

ほんと男女の立場が逆転している気がする。

抱きしめてしまったその体は女子らしくとても華奢なのに今勇ましく真実へと向かう姿は敵陣へと向かう武士のようだ。

そうだ、真実といえば結局僕たちはどこへ向かっているのだろうか?

「ところで、今一体どこへ向かっているんですか!?」

荒い運転に下を噛みそうになりながら尋ねる。

「犯人の家だよ」

危機感なんて一切感じさせない呑気な言い方だったけど、向かう先は僕の想像した場所であっているようだ。

「このまま向かうつもりですか?警察とかに知らせないと!」

「でもそれじゃあ、犯人と喋る時間ないよ。君、聞きたいこととかあるんじゃないの?」

それが僕への気遣いだった事に少し驚く。

「それはそうですけど」

「なら私たちが真相に一番乗りしようよ!」

楽しそうな栗見さんはアクセルを吹かしさらにスピードを上げる。

豪快なエンジン音は栗見さんのテンションが上がっているのを告げているようだけど、わかっているのだろうかこの先にいるのは殺人者だと、親友の命を奪った相手だという事に。

少なくとも僕はこれから行く先に殺人者がいると考えると心に暗いものが広がるのをどうしても止めることができなかった。



バイクが空気を切る音が耳に届く。

街の騒音はその音にかき消され、耳障りな雑音は風とともに消える。

どのくらい走っただろうか?

暗闇に染まる空を埋める繁華街の光。

そこに集まる人たちは楽しそうに群れをなしている。

その人通りの多さに今日は金曜日だったと気づく。

皆んなこれからどこかに遊びに行くのだろうか?

知らない夜の街並みは僕にとっては別世界だ。

そうして街を後部席から眺めていると本当に景色は知らない場所へと移り変わった。

先ほどの繁華街とは打って変わっての、無数の民家が立ち並ぶ狭い路地。

街中のような煌びやかな灯りはないが家々から漏れる光はなんだか優しく温かかく感じた。

それを見ているとなんだか無性に家に帰りたくなった。

今すぐ家族が待つ家に帰ってテレビを見ながら夕食を食べたい。

そんな衝動が体を駆け抜けた。

これから向かうのは殺人者の待つ場所、そんな日常とはかけ離された世界。

今ならまだ真な世界から逃げられる。

栗見さんは落胆するかもだけど、でも今までに日常に戻れる。

そんな誘惑に揺れる。

だけど、頭によぎる山村先輩の顔。

あの人から命を奪ったものの正体、それがなんなのか僕は知らなければ進めない。

左手に力を込め、自らの弱さを握りつぶす。

それと同時に、栗見さんがバイクを路地脇に駐車した。

「何か覚悟は決まったみたいだね?」

ヘルメットを外し振り返った栗見さんはニヤリと笑っていた。

どうやら僕の心境は筒抜けだったようだ。

自分の心のうちを知られるのはこうも恥ずかしいものなのか?

僕は耳がカッーと熱くなるのを感じ、その感覚を振り払うように努めて冷静な態度を取り繕う。

「何のことです?覚悟なんて最初っから決めてますけど」

フルフェイス越しなのを良い事にそう強がってみる。

けどそれもお見通しと言うばかりに栗見さんは不敵に笑う。

「そう、それは良かった。ここに来て足がすくんだじゃ興醒めだからね。なら覚悟はできたという事で行きますか」

「行くって、じゃあここが?」

栗見さんは頷きながらビッと十字路脇に佇むアパートを指さす。

「さぁ、犯人が待ってるよ」

そうニッコリ笑った。



犯人の居城は二階建ての灰色の壁に黒い屋根のアパートだった。

2階の壁には白い文字でコーポすさのと書かれている。

その古びれた文字や二階へと続く階段の錆びついた手すりを見るに築十年程はたっていそうだ。

一階から2階まで計6部屋あるどの窓からも日常の明かりが漏れ出していて、周囲にも民家が立ち並んでいる。

それはどこにでもある日常の光景。

「本当にこんな場所に殺人者がいるんですか?」

ついそう尋ねた僕を栗見さんは鼻で笑った。

「そりゃいるでしょ、殺人犯と言ってもただの人間、人を殺しただけの。別に化け物に会いに来たわけじゃ無いんだから。ソイツらにも生活があるんだから」

それはその通りなんだけど。

人の命を奪って置いて自分は日常を生きている?

それは凄く間違っている気がする。

なんだかその不条理が憤りとなって胸にたまる。

「まぁでも平和な生活は今日で終わり。日常が終わる時どんな顔するかなぁあの人」

クスクス嗤う栗見さんを横に駐車されている車を見る。

部屋の数と駐車スペースを見比べるとどうやら一部屋につき2台車が止められるようだ。

という事は此処は1人暮らしというよりは家族で暮らすことを想定して作られたのだろう。

そしてその駐車されている車の中に一台見覚えのある車があった。

それは以前コンビニで出会った教師が乗っていた車。

島津先生の車だった。

やっぱり犯人は島津先生。

僕はじっとその車を見据える。

「わぁ、怖い顔。怒りに満ちてるね。でも、一つお願い冷静さを無くさないでね」

最後の言葉だけやけに真剣に笑みを消して忠告してくる栗見さん。

そのいつもと違う顔がやけに印象的だった。


「それで、どの部屋かわかってるんですか?島津先生の部屋」

「もちろん、尾行してちゃんと突き止めてるよ」

一体いつのまにそんなことまでしてたのだろうか?

その行動力の高さには驚きを超えて慄きさえ覚える。

けれどそのおかげで僕らはこうして迷わず此処へ来れたんだから感謝しないといけないな。

「案内お願いしていいですか?」

僕がそうお願いすると栗見さんは笑顔でもちろんと答えた。

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