第三章〈水たまらねば月もやどらず〉4-2 市の姫

「旦那の浮気を確かめんのに、旦那の声で相手の女に電話すんのにはええやろ」


 まず旦那にムッチューって接吻して、「どないしたんやおまえ、頭沸いたんか?」ゆうて気色悪がられなあかんけどな。

 ひょっとしたら、それで夫婦仲が改善するかもしれへんえ。


 むひょひょひょひょ。

 烏帽子男が、歯をむき出して軽薄に笑う。

 紫さんは、

「悪趣味な」

 と眉をひそめたが、それでも飴をつまみ上げ、チュニックの前ポケットに落とし込んだ。


「もう少しましなものはないの」

「ほな、これ。〈招き猫マタタビ〉」


 烏帽子男が出してきたのは、印鑑サイズの真っ黒な招き猫だ。手の部分がちまちま動いて、

「狙った相手を、来い来いと誘って連れてくるんやな」

「犯罪誘発商品ね」

 紫さんは冷たく評しておいて、しかしこれも受け取って無造作にポケットに滑り落とす。


「ほんなら、これは?〈夢真っ暗獏遣い〉」

 お次の商品名は、明らかに某作家のペンネームのパクリだったが、招き猫より凝っていた。粘土細工に色を塗った、フィギアっぽい雰囲気。足が隠れるくらいのピンクのドレスに大きな鍔のある帽子を被った貴婦人が、犬の代わりに鼻長の白黒獏に紐をつけてお散歩中――

「この獏遣いが、夢の中の住人を自分とこに連れてくるんやな」


 んなアホな。

 猫といい漠といい、そんな与太に騙される人間がいるもんか。


 だが紫さんは、「これは、使えそうだ」と嬉しそうにいった。〈夢真っ暗獏遣い〉をひょいとつまむと、やっぱりポケットへ。


「ではまた」と微笑んで、そのまま立ち去ろうとする。

 烏帽子男も「毎度おおきに!」と笑顔で手をふる。


 いや、ちょっと待て。

 深月は紫さんの腕をつかんで止めた。


 いくらインチキ眉唾商品とはいえ、

「代金は?」

「必要ない」

 紫さんがしれっと応じる。

「デパ地下に出店しているどこかの菓子屋が『これがこの秋のうちの新商品です』とフロアマネージャーにケーキを持っていったとして、菓子屋はその代金を要求するか?」

「いや――」しないか。販売商品の味を知っておくのもフロア責任者の仕事のうち。


「それじゃあ、紫さんはこの市の責任者?」

「がらくた市のすべてではないけれど。彼らの市に限っていえば、そうだ。世話人をやっている」

「彼らって、さっきの小さな人たち?」

「人ではなく、屋敷神たちだ」

「屋敷……?」

「最近、京の古い町家が、どんどん売られている。所有者が変われば、家を支配する信心の在り方も変わる。それで、これまで屋敷や座敷で大切にされてきたものたちが、行き場を失くしているんだ」


 骨董市に潜んでいるのは、新しい住処が決まらない童たちだという。


「童って……座敷童? この間、加藤さんの家にいたみたいな?」

「そう。あの子も老舗の呉服屋が店を畳んで、家移りを余儀なくされた。一時的にこの市に来ようとしたらしいが、洛中に入れず」

「洛中に入れない?」


 それって、まるで紫さんみたいじゃない?

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