第三章〈水たまらねば月もやどらず〉2-1 恋か故意か
程よいざわめきに満たされた、喫茶シャヴァンヌ。
ドビュッシーの《ベルガマスク組曲》が静かに流れる店内で、やかんに手を伸ばし、蛇口の水を注いで火にかけるバイトくん。湯が沸くまでに、温めたティーポットに茶葉を入れ、やかんの横でスタンバイ。
三、二、一。
素早く火を止め、沸騰直前の湯を勢いよくティーポットに注ぎ込む。終わると同時に、砂時計をひっくり返す。
砂が落ち切ると、ポットの蓋を開け、スプーンで軽く混ぜて。
カップの湯を捨て、茶漉しで茶葉を切りつつカップに紅茶を注いで――
いつものように、滑らかな仕草。
いや、いつも以上に、しゃっきりしてるか?
どっちにしろ、紅茶は彼に入れてもらうに限るわ。
ほくそ笑みながら、魁人は盆を片手に歩いていくバイト青年ミッキーを横目で見やった。
彼をこっそり目で追いかけているのは、店主だけではない。女性客もまた然り。
「お待たせいたしました。和紅茶と本日の焼き菓子、檸檬ケーキサワークリーム添えです」
ミッキーがにっこりすれば、周りのテーブルの女客まで、ぽっと頬を赤らめる。
しかし、いくら女がモジモジしても、ミッキー青年は面白そうに見下ろすだけ。自分のせいだとは、微塵も思っていなさそう。
お子様すぎんで、ほんま。
気付いてへんみたいやけど、最近、シャヴァンヌにバイトの姿がないと見て取った女客は、漏れなくこう呟くんやで。
――今日は朔か……。
ちゅうか、はよ覚らんかい。
茶髪カールのあの子も、
携帯をいじっているふりのあの女も、
着物姿のあの娘も。
みーんな、ミッキー目当てで来とるのに。
レジの所でミッキーマウスの財布を見せびらかしている三つ編みちゃんなんて、ここんとこ毎日来てはる。
「あの人、よく出くわすんですよね。この間なんて大学の学食ですよ」
外でバイト先の常連さんに出くわすなんて面白いですよねぇ、なんてミッキーは笑てたけど。
偶然やないで、青年! そりゃ故意やで、恋!
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