第167話 フォースとおぼしき女(多分バカ)
ここでこの場にいる登場人物を確認しよう。
俺(アニミウム人間)。
アルベド(適当、始まりのサーバント)。
カタリナ(おバカサーバント)。
ウィンター(赤ちゃんドラゴン)。
フォースとおぼしき女(多分バカ)。
……まともな奴が一人もいない。
フォースは挙動不審にブルブルと震えて俺たちを見て、青くなっている口元に手を当てて、
「い、いい、言っちゃった。言っちゃいました! ファーストの事もセカンドの事も、サードにこき使われている可哀想で可愛いあたしの事も! どうしましょう!?」
「俺に聞くな」
てか、コイツも被害者面するタイプか。
カタリナだけで十分なんだけど。
「ふええ、冷たいです! 冷たいです! きっとあなたもあたしの事を襲いに来たんでしょう? 大教会みたいに! 『ルベドの子供たち』みたいに! どうやって見つけたんです!? 隠れてたのに!」
「ふふん! それは優秀な私がクソガキたちを導いたから成し得たことなのです。褒めなさい」
「…………俺、カタリナにはライリーを探せって言ったはずなんだけど」
「コイツを拷問すればきっとライリーの居場所を吐きますよ」
「ふええ! 嫌ですぅ! 痛いの嫌ああ!」
泣き出して
と言うか、たぶんコイツ、ライリーのこと知らないと思う。
カタリナは自分の失敗をリカバリーするために飛躍した論理を展開している。
ただ、『七賢人』のところにやってきたのは確かに手柄でそれはそれで腹立たしい。もしかしたらマジでカタリナは『七賢人』発見器として機能するのかもしれなかった。
本人がバカすぎて、『七賢人』とライリーの区別ついてないけど。
まあ、まだ一回目なので、カタリナの実力は測れない――ライリーだと思って訳わからない場所に来た時点でだいぶお察しかもしれない。
とばっちりを食らったフォースには災難と言うほかない。
そんな不運なフォースは涙を拭くと顔を上げて上目遣いで、
「ど、どどど、どうしたら許してくれますか? 何したら逃がしてくれますか? 一回くらいなら殴られてもいいですけど、殴ったら許してくださいね。はいどうぞ」
「逃がさないけど」
「うううう! じゃあ、何ですか! エッチなことですか! 脱げばいいんですか!?」
「黙れ! 赤ちゃんがいるんだぞ!」
「あたしに赤ちゃんまで作らせるんですか!?」
話通じねえ。
マジでカタリナと血のつながりがあるんじゃないかと思い始めてきた――カタリナは血が流れてないからそれはあり得ないけれど。
……ん?
いま一瞬何かを思いつきかけたけど、何だろう。重要なこと――なのかは解らないけれど、何かに気づいたような……。
と、俺が考え事をして黙っているのをいいことに、フォースは騒いで、
「きっとあたしの考えつかないような酷いプレイをするんでしょ! そうに違いありません! こんなに可愛いあたしは初めてなのにえげつない陵辱で汚されてしまうんです!」
「ねえねえニコラパパ、陵辱ってなんですかっ?」
「ほら! ウィンターがおかしな単語を覚えようとしているだろ! やめろ!」
ウィンターが母ドラゴンのところに戻ったときに卑猥な単語を覚えてたらどうするんだ!
ぶち殺されるの俺だぞ!
俺がウィンターに「何でもない」と説明しているのをよそに、フォースは驚愕の表情をうかべて、
「パパ!? その子のパパなんですか!? あ、あああ、あなたいくつですか!? 若者の性の乱れ! は、はは、破廉恥! こんな可愛いあたしですら、まだやってないのに!」
「……きっと、そのうちいい出会いがあるよ」
「あからさまな同情はやめてください! どうせあなたもあたしを行き遅れだと思ってるんでしょう! だ、だだだ、誰も拾ってくれない女だって思ってるんでしょう! うわーん!」
また泣いた。
本当にコイツ『七賢人』なのだろうか?
セブンスとかサードとの違いがあからさま過ぎるというか、あいつらの仲間として本当にやってこれたのか疑問、一瞬で追放されてしまいそうだった。
害はない――と考えてしまうのは早計だろうけど、とりあえず情報を聞き出すか。
俺がそう思って口を開こうとした瞬間。
「この女めんどくさいですね」
あろうことかカタリナがそう呟いた。
お前、これ以上にめんどくさいんだけど。
「あ! 言った! 言っちゃいけないこといいましたね! 許しませんマジで!」
どうもフォースにとってそれは禁句だったらしい。完全にぶち切れた彼女は顔を真っ赤にして、
「表に出てください! お、怒りましたよ、あたし! 怒ってしまいましたよ! け、けけけ、けっちょんけっちょんにしてやります!」
「さあ、ニコラ! やっちゃってください! 私の契約者!」
「お前マジでへし折るぞコラ!」
お前が怒らせたんだろうが。
お前が責任取れや!
俺はどうやってカタリナを廃棄処分しようか検討つつ、フォースをなだめる作戦に出る。
「このバカの言うことは気にしなくていい。嘘ばっかりだから」
「い、いまさら遅いです。あなただってあたしのことめんどくさい女だって思ってるんでしょ!」
「思ってない思ってない。可愛くて可哀想な人だと思ってる」
「じゃああたしと結婚してください」
「………………」
「ほらねほらね! やっぱりダメなんです! めんどくさい女って言われ続けるんです。あたしのことこき使ってくるサードにだって言われました。あいつからやっと逃げてきたのに、また言われました! うううう!」
そこでフォースはばっと顔を上げて、
「あ! さ、さささ、さっきそのサーバントがあたしを見つけたって言ってましたよね? って事は、そのサーバントがある限り、どれだけ隠れてもあたしは見つかるってことですよね!? サードの手に渡ったら、またこき使われるってことですよね!?」
「いや、カタリナはアホだから、たぶん、次隠れたら見つからないと思うけど」
「嘘です! 嘘です! そ、そそそ、その剣をへし折ります!」
俺もそうしたい。
とは言え、へし折るのはライリーを探し出してからと決めているので、いまやられる訳にはいかない。
「コイツをへし折るのは同意するけどいまやられるのは――」
と、俺が言うか言わないかのタイミングでフォースは両腕を広げて明らかに攻撃準備を始めた。
やっば。
俺の背によじ登ってうとうとしていたアルベドとキョトンとしているウィンターをしっかりと掴んで、両足に《身体強化》を施し、離脱する。
ボン!
と音がして、フォースのいた小屋のような家から炎が噴出して、地面があっという間に黒焦げになる。
村の人たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、相変わらず俺の腰にぶら下がっているカタリナが、
「情緒不安定な女ですね」
「誰のせいだボケ。狙われてんのお前だからな」
そう文句を言いつつフォースがいた場所を睨む。もくもくとあがる煙が晴れてフォースの姿が明らかになる。
「逃げないでください。逃げないでください。逃げないでください。あたしが逃げるために」
そう、ブツブツと呟いたフォースは両手で顔を覆って、叫んだ。
「アデプト!」
彼女の身体が、服が一瞬で真っ白に染まり、胴を巻くように螺旋状の装飾が走る。サーバントの特徴が全身に現れる。髪まで真っ白になると腰の辺りまで伸びて、緩くカールする。
俺はその姿に絶句した。
セブンスも使っていたアデプト――サーバントを使う契約者が最後に至る技に恐怖したわけではない。
いや、本来ならアデプトを使われた時点で俺は恐怖すべきだった、すぐに距離を取って対策を考えるべきだったのだろうけれど、できなかった。
「そうか、そういうことだったのか」
俺はさっき自分が何に気づいたのかをようやく理解した。
疑問はずっとあった。
カタリナはライリーを探していたはず――にもかかわらず、どうしてフォースを見つけ出してしまったのか。
カタリナがアホでバカだから、と思っていたけれどそれにしたって隠れていた『七賢人』をピンポイントで見つけ出すなんて相当運がいい。
と言うか、あり得ない。
出来すぎている。
カタリナが運ではなくもっと別の何かに導かれてここに来たのだとしたら?
その答えが、今目の前にある。
アデプトを発動し、契約したサーバントの特徴が身体に表れたフォースの姿は、
カタリナに酷く似ていた。
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