第126話 着地失敗

 年輪のように何層かに分かれているくるわを進んでいくのはそんなに難しいことではなかった。初めのうちは。

 

 俺とジェナ、それからトモアキは特に隠れる必要もなく三つ目のくるわを中に入り、四つ目も目の前というところまで来ていた。ジェナは念のため、俺のよろいの下に隠れていたけれど。

 呼吸のためのマスクはまったく慣れない。時々位置を調節しながら先に進む。


 トモアキは立ち止まるとけんしわを寄せる。


〝ここから先は門番がいるな〟


 門は開いていたし、門番をしている騎士は二人だけだったが、トモアキは少し警戒した。どういう人たちが中に入れるのか少し観察していたが、しばらくして首を横に振る。


〝この先に進んでいるのはお偉方ばかりみたいだな〟


 俺も一緒に観察していたが確かに中に入っているのは皆、服装がしっかりとしている人たちで、俺のような適当な服を着た人間は門にすら近づかなかった。


 トモアキは少し考え込むと『こっちだ』と俺の頭の中で話しかける。ついていくとくるわの壁に近づいた。門がない代わりに門番もいない。トモアキは身を隠すといとも簡単に地面を蹴って壁を登った。音もほとんどしなかったけれど、かすかに砂が落ちてくるのでそれがわかった。


 飛び上がるのは得意だ。《身体強化》を使ってジャンプすればいいだけだからな。ジェナに身を隠してもらって、飛び上がる。壁を超えるのはいとも簡単にできた。余裕を持って壁を飛び越え、眼下をみて、ぎょっとした。


 まずい。


 壁の向こうには池があって、しかもその中に魔物が数匹くつろいでいる。


 トモアキみたいに壁に着地するべきだった!


 さやを取り出す時間はない。俺はとっさに感圧式魔法を足下に展開して跳び上がり、体勢を崩しながらなんとか背中から着地した。ゴロゴロと転がり、止まる。侵入と言うにはあまりにも派手過ぎる。


 トモアキが姿を現して俺を見下ろした。俺は文句を言う。


〝池があるなら先に言ってください!〟

〝飛び越えるとは思っていなかったからな〟


 もっと慎重に行動しろ、と言われてその通りだったので反省。いつも行き当たりばったりの人生だからな。


「ここ、なに?」


 ジェナがよろいの下から声を出す。確かに、どうしてこんな場所に魔物がいるんだろう。俺が突然落ちてきたので水辺の魔物は驚いて顔を上げている。四足歩行の馬のような魔物だったが尻尾にも背中にもひれのような物がついている。見たことのない魔物だった。俺は立ち上がって土を払い、あたりを見回す。


「牧場、かな?」


 他にもたくさんの魔物がそこらにいるのがわかった。種類が様々で食肉用とは思えなかったけれど。


 俺が考えているとトモアキが〝早くここから出よう〟と言うのでうなずく。どう考えても誰かの敷地だ。見つかるのも困る。


 ジェナに身を隠してもらって、魔物たちのそばを通ってすすむ。魔物は放し飼いになっていて、本当にすぐそばを歩かなければならない。


 と、どうしてだろう、俺たちは身を隠しているはずなのに、オオカミのような大きな犬の魔物が数匹近づいてきた。


 体は隠れているはずだ。俺の影は見えていないのに……と思ったけれど草を踏む足跡はそのままだし、よく見るとオオカミの魔物たちは鼻をクンクン言わせている。


 匂いでばれたのか!


 オオカミたちに襲ってくる様子はないけれど、うろうろとついてこられると他の魔物、というより人たちに場所がわかってしまう。隠れている意味がない。


「ねえ、ついてくるよ」


 ジェナが小声で、少しおびえた様子で言うのが聞こえる。


〝追い払うんだ〟


 トモアキが言うが、オオカミたちはどちらかと言えば甘えているような、遊びたがっているような感じで尻尾をぶんぶん振っていて、これを脅かすのは心が痛む。マジックバッグに肉でも入れていればよかったのだろうけど、あいにくそんな持ち合わせはない。


「しっしっ。あっち行け」


 と声を出すと、一匹がぴょーんと飛びかかってきた。ジェナが悲鳴をあげて魔法を解く。影が地面にできたのを知ったのと、俺が地面に転がったのは同時だった。オオカミたちは俺の姿に一瞬ぎょっとしたが、鼻でしきりに俺の胸のあたりを嗅いでいる。

「ひいい」とジェナが悲鳴を上げている。


 ジェナの存在に気づいたからか? ホムンクルスの匂いがわかるんだろうか?


 そう思っていたが、オオカミが鼻を突っ込んでいるのはよろいの下のさらに下。服の中だった。底に何か入れていただろうか……あ!


 俺は気づいて体を起こし、胸ポケットから布を取り出した。オオカミたちはそれにしきりに反応している。軽くその布を開いてみると、髪が入っていた。


 アリソンの髪だ。彼女と別れる時に交換した、髪の一部。


 どうしてこれに反応するんだろう。アリソンがここにいるんだろうか? 


 ここはテイミングの施設で、魔物がたくさんいるのはそのせいなのかもしれない。オオカミたちは世話をされているのだろう。


 それにしてもこんな小さい物の匂いも嗅ぎ分けられるのか。すごいな。


 ほんの一瞬この髪を投げれば肉の代わりになるのではないかという考えが浮かんだが、それはひどいなと思って止めた。けれどこれを持っている限りオオカミたちはくっついてくるだろう。


 どうしよう。


 と、建物の扉がバタンとひらく音がして、一人の男がバタバタと走ってきた。


 まずい!



――――――――――――――――――――――――


次回更新は土曜です。

6月23日(金)に2巻発売予定です。よろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る