第112話 海岸で魔法訓練を

 と言うことで魔法訓練である。ここに来てからほとんどしてなくて久しぶりの魔法訓練だった。というか実験に近い。俺は風魔法についてそれほど多くを知らない。


 トモアキとともにやってきたのは砂浜で波が打ち寄せている。俺もジェナもこんなに海に近づいたことがなかったので大はしゃぎでザブザブ膝まで入っていったけど、トモアキに怒られて戻ってきた。ジェナは不満そうだ。


「もっと遊びたい」

「これでも急いでるのだ。我慢してくれ」


 ズボンの裾がれてしまったので風と火の混合魔法で乾かしつつ、トモアキの話を聞く。


「まずは音というものについて話しておく必要がある。具体的には音が伝わると言うことについてだな」


 そこでトモアキは海を指さした。相変わらず波が打ち寄せて、ざざざと音を立てている。


「音というのはあれと同じだ。静かな水面にものを落とせば水面には波紋が浮かぶだろう?

 ある場所で音を出せば、それが波紋のように周囲に広がっていく」


「でも、俺たちのまわりにはなにもありませんよ。水なら揺れるのがわかりますけど」

「空気があるだろう」


 ああ、確かに。目には見えなくとも空気を伝わって音が届くのか。


「つまるところ、それを遮断してしまえば、音は外に伝わらない」


 そうは言われてもな。遮断するイメージがわかない。


「空気を止めれば遮断できるってことですか? 空気を止めるって言われても……どうしたら?」


 すると、トモアキは右手の上に光の球を浮かべた。ヒメツルをつかむ様子もない。触れなくても魔法を使えるのか。


 と、今度はそれにすこし意識を集中する。トモアキ手のひらの光が徐々に曇って、そして、真っ黒になった。まるで空間に穴が開いたように見える。闇魔法ではないかと一瞬うたがった。


「これは、『光を浮かべて止めている』といえる。光が完全に静止すれば、そこにあるものを見ることはできなくなる。水や火の属性でも同じことができないか?」


 言われて俺は水の球を手のひらに浮かべる。確かに重力に逆らって、手のひらに浮かぶ水は止まっていると言える。こぼれることがない。揺れてはいるが。


「それを静止させる訓練をすれば、おのずと風魔法でも静止できるようになる。後は自分で調整してみてくれ」


 どうやらヒントはそれだけらしい。トモアキは「忍び込めそうな船をさがしてくる」と言ってその場からいなくなってしまった。


 いなくなった途端、ジェナが海に駆け出した。


 ずるいぞ! 俺だって遊びたいのに!


「わーい! 海だ! 海だ! しょっぱ!」

「ジェナ交代! 交代!」


 ヒルデが出てきて、はしゃぐのかと思ったらぷかぷか浮かんで波にさらわれそうになっている。気をつけろよ!

 二人してはしゃぎやがって。


 風魔法をとっとと身につけて遊んでやるんだ!


 そんなどうでもいい決意をして、魔法訓練を開始する。トモアキが言っていたように、手のひらの上に水を出してそれを静止するイメージをする。水の球を浮かべるのは何度もやっていたのでその点は簡単。揺らめいていた球の水面が徐々にうごきを緩める。凍らせてしまってはいけない。あくまで動きを止めるだけだ。


 徐々に徐々に水は動きを止めていき、ついに、静止した。いびつな球体のまま水が静止している。


「おお、これでいいのか?」


 俺は試しに砂浜に落ちていた流木らしきものを手にしてその球体を突っついてみる。抵抗はあるものの、流木は水の球体の中に入り込む。何というかスライムを突っついているような感触だ。粘度が高くなっているのだろうか。流木でたたいても球の水面に波は発生しない。


 これを風魔法でやってみればいいのか。できるかな。


 とりあえず盾というか壁の形に空気の層を作ってみる。いまだに盾はいびつだが、目に見えないので別にいい。この状態で静止するイメージ。海からの音が徐々に小さくなって、消える。まるでそこに大きな壁が本当にあるかのように、音が何かをかいするように左右からだけ聞こえてくる。


 成功だ!


 これを体のまわりに球体に展開すれば完成だ。そう思って体の周りに持ってくると…………。


 ――――。


 息ができない!


 慌てて魔法を解除して深呼吸する。ヒューヒューと喉を降りていく空気。どうやら口や鼻に密着させてはいけないらしい。危うく死ぬところだった。今まで炎を爆発させたり、水浸しになったり、感圧式魔法で飛び上がってぐるぐる回ったりして、魔法練習では散々危ないことをしてきたくせに、一見全然危なくない、音を遮断する魔法で窒息死しそうになった。どうなってんだマジで。


 いや、これは俺が考えなしの大馬鹿野郎だというだけだ。水の魔法がスライムみたいにうごかなくなるのに、口の周りの空気が吸い込める訳がない。


 呼吸を確保するべく盾にした魔法を体から離して展開してみる。今まで水の球体なんかを作ってはきたけれど、なんだかんだ体から離して円蓋ドーム状に展開したことはなかった。


 何度か試して、二度くらい窒息しつつ、いびつえんがいを形成する。たぶん、ところどころぼこぼこしているけれど一応体の周りは覆えているし、風魔法の盾から体までの間に空間があるので息もできている。


 音は……まったく聞こえない。俺自身の呼吸と拍動の音だけが聞こえるけれどそれも反響することなく消えていくから、なんとなく耳が圧迫されているような気分になる。


 多分これで完成のはずだ。外にも音が聞こえないはず。そうだよな?


「ジェナ! 遊んでないで手伝ってくれ!」


 彼女を呼ぶと、水でびしょびしょになったまま走ってきた。


「たのしー! でもベタベタする! 洗って!」


 満喫しやがって。水の球をジェナに落としてやってから、火と風の混合魔法で乾かしてやる。


「ふう! すっきり! で、何をすればいいの!?」

「今から歩くから音が聞こえるか聞いててほしい」


 そう言って俺は風魔法を使い歩く。ジェナは耳を澄ませていたが、うーんと首をかしげた。


「どう?」

「聞こえないけどさ、足跡残ってるよ。それに歩くと地面に当たって震動みたいなものを感じる」


 それに関してはどうしようもない。


「靴に布を巻くよ。そうすれば少しは震動を抑えられるだろ」

「不格好だね」

「俺がどうやって空を跳んでるのか忘れたのか」


 不格好上等だ。


 とりあえずこれで音は大丈夫だろう。近くで動いてもまずばれない。あとは体を隠す方法だが……、


「確認だけど、ジェナの光魔法って本当に何も見えなくなるんだよな」

「うん。姿どころか魔力も見えなくなる」


 それってすごいことだよな。セブンスにもばれなかった優秀な魔法だ。


「ジェナとヒルデはすごいな」

「そうでしょ、寝てばっかりでもヒルデはすごいんだよ」


 ふふんとジェナは得意げだ。この二つがあれば潜入くらい簡単にできるだろう。


 一度ジェナにはりついてもらった状態で二つの魔法を同時に使ってみる。ジェナとヒルデの魔法で体を隠し、その内側で音を消す魔法を使う。これで外側からは見えないだろう。足跡がいきなり現れる幽霊みたいな現象を目撃することにはなるだろうけど。


「ねえ、これ外の音聞こえないけどどうすんの?」


 ジェナがごく当然のことを聞いてきた。


 うーん。と考えて結局首から下だけを《闘気》のように風魔法で覆うことにする。ジェナはどうやら空気がなくても生きていけるらしい。そこら辺はホムンクルスだった。もしもジェナと会話をしたいときは、さっきまでのように球体を大きくしてそのなかで会話すればいい。


 よし、いけそうだ。


 そう考えていたところに、トモアキがやってきた。俺たちが姿を現すと彼はうなずいた。


「足跡以外は完璧だな」


 ジェナにも伝わるように声に出して彼は言う。こんなに早く戻ってきたということは……、


「もう忍び込む船は見つかったんですか」

「ああ。二日後にノルデアに向かうらしい。それに乗っていく」


 二日後か。クロードに話しておかないとな。


 トモアキは「ふむ」と少し考え込んでから言った。


「ジェナ殿は体を隠す以外で何か魔法をつかえるか?」


 ジェナは俺の体からしてきて、姿を見せた。


「あんまり。攻撃魔法はからっきしだめ。この体だから。呪いを解くことはできるけど、それ以外にできるのは体を隠すことと、ちょっとあたりを照らすことくらい。……《身体強化》で人は殴れるけど」


 そういえばアルベルトのことを殴ってたな。顎がはずれるくらい強く。

 トモアキはまた考えこむ。


「何か一つジェナ殿も攻撃手段を持っていた方がいいだろう。ノルデアにはもしかすると『七賢人』がいるかもしれない」


 ううんとジェナは考え込んだ。多分彼女は戦いたくないんだろう。そりゃそうだ。ジェナは別に冒険者って訳じゃない。それでも、攻撃手段は身につけておいた方がいいだろう。


「ジェナには潜入を手伝ってもらうだけだ。戦ってほしいわけじゃない。危険そうならすぐに逃げてもらう。でもそのとき、ジェナに攻撃手段があった方が安心だろ? 体を隠して逃げ切れるだろうけど、もしもの場合ってのがあるだろうから」


 ジェナは少しむっとした。あれ、何か変なこと言ったかな?


「私のことどっかに置いてくつもりなの? そんなのひどい。私たちだって『七賢人』に人生を狂わされた張本人なんだよ?」


 うっと俺はうめいた。確かにその通りだ。ジェナは小さくため息をつくと続けた。


「そりゃ戦うのは怖いよ。でもそれと同じくらい、『七賢人』のことはなんとかしたいと思ってる。考えてたのは私とヒルデの体でどうやって攻撃魔法を使ったらいいか想像できなかったからなの」


 ジェナは思っていたより強い子のようだった。

 トモアキはまた少し考えると言った。


「ジェナ殿はニコラ殿に魔力を送ることはできるのか?」

「うん。ニコラからもらった魔力を変換して、ニコラに戻したことあるから。ヒルデが、だけど」


 あのときはヒルデにかなり無理をさせてしまったからな。反省している。

 トモアキはうなずくとあごをさすった。


「それであれば、ニコラ殿に光魔法の術を教えた方がよさそうだ。もちろん、ジェナ殿にも一つ教えておこう。きっと何かの役に立つ。二日も時間ができてしまったからな。練習はできるだろう」



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次回は土曜日更新です。

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