第101話 王と姫【アリソン視点】

 城につく前に頭に透明な球体をかぶせられた。どうやら魔道具らしく、魔石を入れる場所が後頭部のあたりにぼこんとついている。なんて不格好。気を失いこそしなかったが吐き気と立ちくらみに襲われて、それから先はビーの上に乗って登った。

 

『前に乗せていた人は風魔法を使っていたからいらなかったのよ。忘れてたわ』


 ビーは言い訳を繰り返している。わかったから静かにして、頭痛い!

 だんだんと気分がよくなってくる。しばらくこの魔道具にはお世話になるだろうけど、不格好。


 いくつものくるわを超えて、城までやってくる。やっぱり城と言うより塔だ。アリソンたちを案内した男は真ん中の塔へと進んでいく。


 通されたのはえつけんの間のように巨大な椅子のある円形の部屋。周囲に騎士らしき男たちが並んでいて、上部にある窓から光が差し込んでいる。その光はちょうど王の椅子を照らすように設計されているようだった。アリソンのいるあたりは対して暗い。


 しばらくするとごうしやな身なりの男が入ってきた。多分あれが王なのだろう。ぼうっとアリソンたちの方を見るばかりで何も言わない。アリソンを連れてきた男はひざまずいた。ビーも敬礼しているので、アリソンもそれにならう。頭に透明な球体をかぶったままだけど。


 アリソンたちを連れてきた赤ら顔の男は顔を上げ、王に紹介した。


「今グリフォンがやってきたのは吉兆と捉えるべきでしょう! 島の魔力が低下し、徐々に崩れ落ち始めている今こそ、グリフォンという、空飛ぶ魔力の大きな客人を呼べたことを感謝しなければ!」

『島が崩れ始めている?』


 ビーは敬礼をやめ、頭を上げる。王は姿勢も視線も変えない。


「ああそうだ。何年か前から島の魔力が弱まっている。それに伴って島の周辺からボロボロと崩れ始めているようだ。高度も徐々に下がっている。このままではいずれ、ノルデアは空飛ぶ島ではなくなるだろう」

『それはまた奇妙な話ね。原因はわかってるの?』


 赤ら顔の男は首を横に振った。


「いえ、わかっておりません。調査をしておりますが。今はただ突然落下しないか祈るのみなのです」


 それでグリフォンの来訪を吉兆と言っていたのか。アリソンは小さくうなずいた。

 王はぼうっとしたまま、アリソンの方をみた。


「それで、そちらの者は何をしにこの島に?」


 今まで空気のように扱われていたのに突然王から話を振られてアリソンはビクッと驚いた。


「私は……」

『私の恩人でテイミングを学びに連れてきたの。ここに来たのはそれが理由よ』


 赤ら顔の男は大きくうなずいた。


「なんとなんと、あなたがビー様をお連れしてくださったのですか。これは感謝しなければ」


 この男はなににつけても大げさな気がする。ただ、そうはいいつつも彼の顔には一瞬軽蔑の色が浮かんだ。それを隠すようにして口角を無理矢理上げ笑っている。テイミングが気に食わないのかもしれない。彼は魔力至上主義者だから。

 一方の王は表情を変えずアリソンに言った。


「城の中に生活場所を確保しよう。好きなだけ滞在するといい。困ったことがあれば使用人たちに話せばある程度は解決するだろう」


 王はそう言うと立ち上がった。他にも仕事を抱えているのか、これ以上ここで時間を割くわけにもいかないとでも言うようにこちらを見向きもせずに部屋を出ていく。突然の訪問だったし仕方ないと言えば仕方ない。と言うか庶民であるのにえつけんを許されただけ異例だろう。

 コルネリアが王をじっと見ている。


「なんか、ずいぶん表情が少ない王だな。ぼうっとしてるというか」

「まあうん。そうかもね」


 アリソンは小声で答えた。






 アリソンが与えられた部屋はそこらの宿なんかよりずっと広く、居心地が悪くてどうしようかと悩んだ。ベッドも広いし、ソファーなんかあるし、床に広がっているカーペットは分厚い。メイドは「ご用があれば何なりと」と壁に備え付けられたレバーを指さした。回すとベルが鳴ってメイドが飛んでくるらしい。あんまり使わないようにしよう。


 ビーはと言うとアリソンとは別室に連れて行かれた。グリフォンである彼女はどこで眠るんだろう。馬小屋だろうかと一瞬考えたが、吉兆と考えているのにそれはないかと考え直した。彼女がいなければテイマーを紹介してもらえないので、機嫌を損ねられるのも困る。


 紹介は明日してくれる運びになっていたので今日は暇になってしまった。一瞬城を探索しようか悩んだがコルネリアに止められた。


「ま、その金魚鉢みたいな透明なかぶり物をつけたまま歩き回れるなら別だけどな」


 アリソンは「うう」とうめいて頭に触れた。そろそろとってもいいんじゃないのこれ?


 そこにコツコツとノックがある。またメイドだろうか。そう思ってドアを開くとそこには一人の女性が立っていた。


 アリソンより少し年上くらいだろうか。メガネの下には理知的な光を宿す目が光る。鼻の頭からほおにかけて薄くそばかすがあって、雲の上にあるこの島では日に当たる時間が長いからだと考えた。同じ理由から、茶色よりもオレンジに近い髪は緩くカーブを描いて肩まで伸びている。装飾品の類はほとんど見られないが服は高価そうだった。


……肘当てを別にすれば。どうして高価そうなドレスの肘に布が追加であてがわれているんだろう。


 女性はにっこりと笑みを浮かべた。


「こんにちは。うわあ、同年代のお客様なんて久しぶり。それも金魚鉢をかぶるなんて奇抜な女の子! 島の下ではそれが流行なの?」

「好きでこんな格好をしてるわけじゃないの! 高山病対策で仕方なくかぶってるだけ!」


 アリソンはかぶり物の中でむすっとした。


「ああ、ごめんなさい。てっきりおしゃれなのかと思って」


 女性はクスクスと笑った。


「でも高山病対策なら口につけるマスクだけで十分だと思うけれど。私がよく見るお客様はそうしているわよ?」


 ってことはこれはかなり大げさなものなのだろう。誰よこんなもの作ったのは!

 女性はひとしきりクスクスと笑うと、思い出したように言った。


「ああ、自己紹介がまだだった。私はペネロペ。よろしくね」

「アリソン。この子はコルネリア」


 コルネリアは「よろしく」と軽く手を上げた。


「ねえ、少しお話しない? まだここに来たばかりだろうから城を案内してあげる。私と一緒ならそれをかぶってても平気でしょ」

「その前に、あの、あなたは何者?」


 ペネロペは少し考えて、「まあすぐにばれるし」とつぶやいた。


「私はここの王様の妻の母親の一人娘の夫の子供。遠い親戚ね」


 アリソンはしばらく考えていたが、コルネリアが先に口を開いた。


「王様の子供じゃん。全然遠くねえよ、直結じゃねえか」

「気づくの早い!」


 ペネロペは不満げに「もお」と膨れた。こういうところを見るとまだ幼さが残っている感じがある。いや、それよりも、


「王様の子供!? ってことは姫ってこと!? うわ、失礼をおびします」

「敬語はやめて! だから嫌だったの!」


 ペネロペはますます膨れている。


 あの王の娘だから同じようにぼうっとしているのかと思っていたのに、ペネロペはなんともフランクで、そのギャップに戸惑った。

 

「あの、お姫様が何でここに?」

「お姫様も禁止! さっき言ったでしょ、同年代のお客様が久しぶりだからって。お友達になれるかなって思ったの。ここは退屈だから」

 

 そういうこと、と納得してアリソンは答えようとしたが、コルネリアが口を挟んだ。


「一つ聞きたいことがあるんだ。魔力の少ない人間をあんたはどう思う?」


……「あんた」って。敬語を使わなくていいとは言われたけど、そこまでじゃないでしょとアリソンは苦笑した。対してペネロペはまったく気にした様子がない。


「別に? 魔力がある人が偉いって考える人もいるけど私はそう思わないかな。魔力があってもお馬鹿さんな人、結構見てきたし」


 ペネロペの目が理知的に見えたのはどうやら間違いではなかったらしい。城というノルデアの中心部で生活する王の娘が、周りに流されず、自分の頭で考えている。ビーは「城の人間はあまり信用するな」と言って、まるで城が魔力至上主義者のそうくつみたいなことを言っていたから緊張していたけれど、姫の存在を知って少し和らいだ。


 アリソンは改めてペネロペに言った。


「じゃあ、うん、案内よろしくお願いします」

「敬語はやめて」


 そう言いつつも彼女はほほんでいた。





――――――――――――――――――

次回は火曜日更新です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る