第94話 気球をもう一度【改稿済】

 学校に向かう途中レガス家の屋敷の前を通った。いろんなことが公表されてその地位をはくだつされた彼らは街から追放される。あれだけでかい顔をして面倒を起こしていたのでまわりからの攻撃は大きかったが、そのくらいで罪に問われなかったのは、最後は領主に協力したからだ。領主も彼らとの約束を守ったのだろう。


 屋敷ではわたわたとメイドが作業をする様子がみえた。それに騎士やらいろんな人が調査のために出入りしている。それは教会もそうだった。セブンスが活動の拠点にしていた教会。ここに何があるのかというのが目下、俺たちの関心の的だった。何かわかるといいのだけど。


 学校ではクロードとブリジットが待っていた。彼らはいろいろとうわさを聞いていたみたいだったが、


「戻ってきてくれてうれしイ」


 とだけ言って深くは聞かなかった。ただ、一つ、もう呪いにおびえなくていいということだけは伝えておいた。彼らはうなずいてほっと胸をなで下ろしていた。


 ここまで一緒についてきていたジェナは遠くの方で隠れていたが、俺が呼ぶと渋々と言ったように出てきた。紹介すると、クロードたちははじめは驚いていたが、同じレガス家に虐げられてきた仲間だからだろう、すぐに打ち解けて握手をした。ジェナはうれしそうにほほんでいた。


「よし、気球を完成させよう」


 誰ともなく言って、俺たちは作業を再開した。俺がわたわたしている間にクロードはイーニッドを乗せるための安全策をいろいろと考えていて、作業自体はテキパキと進んだ。


 で、二週間後、気球が完成して、俺とジェナが試乗した。火の出る剣を握りしめて炎を出し空気を暖める。袋が徐々に膨らんで、そして、カゴが浮かび上がった。


「おお!」とジェナは感嘆の声を上げる。


 前よりも安定して昇っていく。これならイーニッドを乗せても大丈夫そうだ。

 茶色い屋根が眼下に並ぶ。とおくに街を囲う壁が見えてその向こうには平原が広がっている。ジェナはカゴから乗り出さんばかりに前傾して下を見たり、カゴの中を行ったり来たりして感動していた。


「すごいすごい! あんなに遠くまで見える!」

「ねえ、私も!」


 と、久しぶりに聞く声がジェナの口から発せられて、ぱっとヒルデに姿が変わる。今回の功労者。呪いを解くだけでなく、この街の呪縛さえ解いたヒルデがカゴの縁によじ登る。


「十年休むんじゃなかったのか」

「これは別。何のために脱走したかわからないじゃん」


 まあ確かにな。


 ヒルデはカゴによじ登りすぎて落ちそうになった。危ねえだろ! 俺は彼女の背中をつかんで支えてやる。それでもヒルデははしゃいできゃっきゃと笑っていた。


 イーニッドを乗せたのはさらにその翌日のこと。下に落ちても大丈夫なように、布と水で作ったクッションをおいて準備をする。領主が心配そうに見つめる中、こもに乗ったイーニッドはワクワクしてずっと笑顔だった。


 彼女を乗せた気球が俺の手によって空に浮かび上がった。



 

◇◇◇



 

 ヴィネットの研究発表を忘れるところだったけれど、元はといえばデルヴィンというこの街にやってきたのはそれが目的だった。すっかり忘れていた。


「怒るよ」


 ヴィネットはほおを膨らませている。


 研究発表当日。ヴィネットはものすごく緊張していて、カタカタふるえていた。ゴドフリーに邪魔されていた多くの研究がやっと日の目を見る。ヴィネットのものはそのひとつに過ぎなかったけれど、彼女にとっては心血を注いだ研究だ。子供を抱きしめるように論文を胸に抱いている。


 彼女が理論を説明して、実験の概要を説明して、俺が駆り出された。話を聞いていた研究者連中から矢継ぎ早に質問が飛んできて、ヴィネットはそれになんとか答え、ダメ押しで実際に俺が魔法を使う。火、水、風の魔法を作り出すと彼らは「おお」と感嘆の声を出した。複数の属性を持つ人間は存在しない。これは合金の効果だと皆が納得したようだった。


 発表が終わってダレンの研究室に戻ってくると、ヴィネットはどっと疲れたように椅子に倒れ込んだ。


「ああ、よかった。これでようやく……ようやく目的を一つ達成できたよ。ありがとう」


 彼女はほほんで俺をみた。

 

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