第60話 お金の問題
「面白いことやってるね」
獣人の女性が一人、手でひさしを作ってやってきた。
馬の蹄が足についていた。上半身は完全に人間だが。
ショートヘアでぱっつん。ツリメだが、丸いメガネをかけているからそれほどキツイ印象はない。たぶん俺と同い年くらいの歳だが、俺よりも背が高くて足が長い。
腰のベルトに先の広がった筒のようなものをぶら下げている。何につかうんだろう。
彼女はクロードが上げている気球を見上げていた。と、地面においてあったゴブリンの置物に躓いた。
「痛っ! ひい!! なにこれキモい!!」
女性は悲鳴を上げて、後ずさった。
「本物じゃないよ。置物だ」
俺はゴブリンの置物を持ち上げた。壊れてはいないようだった。
女性は置物を見て、俺をみた。
「これは君が作ったの?」
「俺じゃない。あそこにいるクロードだ」
「趣味が悪いね」
クロードはムッとした。
「置物を作ったのは俺じゃなイ。落ちてたのを使っただけダ」
「それも君が作ったの?」
彼女は気球を指差して言った。クロードの気球は小さいものの改良に改良を重ねてかなり安定して飛ぶようになっていた。今では下にカゴがついていて、軽いものなら乗せても落ちること無く飛ぶようになっている。
「俺が作っタ。材料費はニコラに出してもらったガ」
「ニコラって君?」
「うん」
俺が頷くと、「ふうん」と言って彼女はまた気球を見上げた。
「ニコラはどうしてお金を出してるの?」
「俺が使いたいから。あれを大きくして俺が乗れるようにすれば便利でしょ」
「そういうこと……」
彼女はふふと笑った。
「自己紹介してなかった。私はブリジット。ねえ、私も一枚噛ませてよ」
「乗りたいの?」
彼女は首を横に振った。
「もっと面白いことに使う。ね、どう? 協力するよ?」
そう言われてもな。
俺はクロードと顔を見合わせた。
「いま、手詰まりなんダ」
クロードは必要な大きさについて話した。改良をしたけれどそれでも結構な大きさは必要だし、代わりになる素材もまだ決まっていない。
「だから協力してくれるのは嬉しいが、難しいんダ」
「なんだ。そんなこと。私の得意分野じゃない」
ブリジットはそう言ってメガネをくいと上げた。
俺は首を傾げて尋ねた。
「得意分野? 素材集めとかってこと? ここでそれを勉強してるの?」
「違う違う。私の得意分野はお金とか経営とかそういうこと。私の実家は商人で魔道具を扱ってるんだけど、基本的なことは知っておかないといけないからここに通ってるの」
「それで……その得意分野でどんな協力が?」
「お金を集められる。これを使えばかなり長い期間ね」
俺は眉根を寄せた。
「でも完成しないと集められない。人を乗せて客からお金をもらうんでしょ? ものがないとお金は集まらない」
「そうじゃないよ。別の使い方をすれば、完成する前からお金を集めることが出来る」
「どうやって……」
ブリジットはニンマリと笑った。
「気球を看板にするんだよ!!」
俺は一瞬固まって、理解した。
「あ、ああ、そういうことか! 空飛ぶことしか考えてなかった」
「俺も作ることしか考えてなかっタ」
クロードは腕を組んでうなずいた。
そうは言っても、どうやって店と交渉すれば良いのかわからない。
「新しい看板を出すから出資してくれっていうのカ? 俺は学生だし、ニコラは学生ですらないゾ。信用されない」
「君、学生じゃないの?」
「研究の手伝いでここに来ただけ」
「ふうん。まあそんな些細なことは良いんだけど。私が信用されてればそれでいいの」
彼女は腰に手をあてて胸を張り、話しだした。
◇ ◇ ◇
うちは金持ちだけど、学費以外は出してもらえなかったから自分で稼いで生活する必要があったのね。私は、獣人だけどそんなに魔力があるわけじゃないし、手だって器用じゃない。戦いなんてできないから、冒険者ギルドに登録して稼ぐのも無理。
昔から店の手伝いはしていたから話すことは得意だったし、馬の獣人だから重い荷物を持って走ることも得意だった。
で、最初何をしたかと言うと、店から小物を買って、学校内で売ったのね。ちゃんと店主に許可はとったわよ。
学校のそばの大通りだと高いものも、街ハズレの誰も足を運ばないようなところだと安かったから。それに他の店で品切れでも遠い場所だとあったり、素材の処理の仕方が丁寧だったりしたから。
デルヴィンって、かなり建物が密集していて、入り組んだ道を進んだ場所に店があったりするの。立地が悪くて全然売れないなんて事がザラなのね。そういう店たちはみんなほそぼそと経営をしているわけ。
だから私が売れる場所に持っていって売るのは、彼らにとっても利益になるのね。
そんなことをしているうちに、店主と仲良くなって、荷物を運ぶ仕事をもらったり、後払いで品物を預けてくれるようになった。信用してもらって嬉しかった。
でも、問題はそういう店がわんさかあるってこと。店主に「あそこの店も手伝ってやってくれ」と言われても難しかったの。私が仕入れているのはごく一部だし、全部を回ることはできない。私はこれ以上店を回れないと思ったし。
で、そういうお店はお金をもらって宣伝することにしたの。この筒を使ってね。私は街の色んな所を大きな荷物を持って走り回っているから結構目につくのよね。声を出しながら走るのは結構大変だったけど、この筒、魔道具で声を大きくしてくれるから喉が潰れることはなかった。
でも大変なのは大変。だからもっといい方法はないかと思ってたら、気球を上げてたでしょ? これだと思って近づいたわけ。
◇ ◇ ◇
ブリジットはそこまで話すと「ふう」と息を吐いた。
「気球なんて誰もやったことないし、絶対目立つでしょ? それを広告に活用しない手はない」
俺は少し考えてから言った。
「話はわかったけど、本当にお金集められるの? 小さい店ばかりなんでしょ? 負担なんじゃ?」
「色んな店から集めるから大丈夫。策もかんがえてあるし」
俺はクロードをみた。彼はうなずいていた。
「良いんじゃないカ? それで手詰まりは解消されるんだロ」
こいつは作れれば何でもいいと思っているのか。まあ、俺もそんな感じだけど。
広告か。広告ね。
自分の分を作るのはまだまだ先になりそうだし、別に金を払う必要がありそうだ。
冒険者ギルドで稼ぐか。
何にせよものが作れて飛ばせるかどうかと言うのが最初の課題だからそれをクリアできる算段がついてのは大きい。
「クロードがいいならそれでいいよ」
「じゃあ、よろしくね」
ブリジットはそう言って微笑んだ。
一歩前進、だろうか。彼女は明日から投資or融資してくれる店を探すとやる気になっていて、「準備しないと」とクロードに気球について質問していた。
俺はといえばほとんどやることがなかったので、今日は研究室に顔を出して宿に戻ろうと思い、彼らと別れた。
ダレンの研究室をノックすると、ヴィネットがでてきたが顔が赤くイライラしているみたいだった。ダレンの姿は見えなかった。
「どうかしたの?」
俺が尋ねると彼女は言った。
「研究の発表ができなくなったの!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます