第54話 バルーン・スクワールについて
「ああ、レガス家ね。ここを牛耳ってるめんどくさい家系だよ」
ヴィネットに話すとそう言われた。やっぱりめんどくさい家系らしい。
「あんまり関わらないほうがいい。取り巻きも面倒くさいし」
そうですか。学内政治みたいなものがあるんだろうか。
あれから一週間が経って、ようやく、風の属性の『精霊の血』の解析が済んだようだった。
「錫との合金で出来るみたい」
「じゃあ早速」
俺は腕を出したが、ヴィネットは首を横に振った。
「ちょっと待って。今回はちゃんとデータを取りたい。ここでなら色々つかえるから。その準備には時間がかかる」
「どのくらい?」
「発表が終わるまでは待って」
随分待たないといけないな。
俺は滞空の魔法を使えるようになりたかったので、風の属性は早く手に入れたかった。
以前、ミックがホムンクルスに襲われたとき、風の魔法で体が浮かんで飛んでいったと話していたから、滞空もできるんじゃないかと思っていた。
となると、ますます暇だ。一度座学に忍び込もうとしたが、高度な魔法の授業ほど少数で潜るには目立ちすぎることが判明した。
「ここに来たメリットがいまのところないな」
と、ひとりごちて、学校のハズレにある人通りの少ない広場で腕を組む。魔法の練習に最適そうなのがここしか見つからなかった。生徒じゃない俺は学内の施設を使えないし。
俺はウンウンとうなりながら火やら水やらでナイフを作ってみたけれど、一向にうまくいかず、サーバントを使わないエルフたちはどうやっているんだろうと考えた。剣撃を飛ばすことは出来るんだけどな。
『やさしい魔法 第5版』をパラパラとめくったが、具体的なものの造形については書いてなかった。
空に浮かぶ方法も書いてない。
ここに来れば何かヒントが得られると思ったのになあ。
そう思って地面に寝転がっていると、ふわふわと宙に浮く謎の物体が見えた。
何だあれ?
魔物か?
《感覚強化》を使って視力を上げて見ると、それは膨らんだ袋のようなものだった。ただ風に舞っているだけかと思いきやそうではなく、バランスをとって浮かんでいる。
袋は徐々に高度を下げて、地面に落ちたようだった。俺がその近くに歩いていくと一人の少年が袋を拾い上げた。
「もうちょっと改良が必要だナ」
浅黒い肌をした少年で、髪もまつげも真っ白だった。ベルトにたくさんの小さなバッグのような物がついていて、工具らしきものがぶらさがっている。
少年は俺の姿に気づくとハッと驚いたような顔をして身構えた。
「ナンダ」
「いや、それが飛んでるのを見つけて気になったから。それ、なに?」
少年は俺を警戒するようにジロジロと見てから言った。
「気球ダ」
「……なにそれ?」
「バルーン・スクワールという魔物がいるんダ。しってるカ?」
俺は図鑑を思い出してみた。皮が袋みたいに背中にある魔物だ。リスやモモンガの仲間だった気がする。
「皮が袋みたいになった、有袋類の仲間でしょ?」
「そうダ。アイツラは空を飛べるんダが、モモンガと違って滑空ではないんダ。上昇できル」
なんかそれ読んだ記憶があるけどどうやってだっけ?
「アイツラは火の属性魔法を使って、空気を暖めて空を飛ぶんダ」
「上昇気流を作るってこと?」
「それとはまた別ダ。魚の浮き袋のほうが原理としては近イ」
どう近いのかわからず俺は首をかしげた。
少年は、先程空に飛ばしていた袋を手にとった。
袋の入り口には何本かの糸がついていて、その先に板がついている。板の上にはバランスを取るための重りと、ろうそくがついている。
少年はろうそくに火をつけ、袋を広げた。袋は布でできていたがテカテカと光る何かが塗られていて、空気を漏らさない作りになっているようだった。
袋はどんどん広がってパンパンになる。
「こうすると、袋の中の空気が温まル。温まった空気は膨張して外に逃げていク」
俺が空を跳ぶときに鞘のなかで起きてる現象と同じだなと思った。
「すると、体積は保ったまま、袋の中身だけが周りの空気に比べてどんどん軽くなル」
少年はろうそくが乗っている板から手を離した。気球はふわふわと宙にうかんで、徐々に上昇していく。
「水の中で空気が上に昇るのと同じように、軽くなった空気を入れた袋は空に飛んでク」
そんな方法があったのか。バルーン・スクワールは知っていたが、飛ぶ原理はちゃんと知らなかったし、それを使って実際に物を飛ばしてみようなんて思っても見なかった。
これを使えば、滞空とまでは行かずとも、体制を立て直すために余分な力がいらず、ゆったりと長距離を進むことが出来る。
「なあ、これって人が乗れるくらいまで大きく出来るか?」
と、俺が聞いた瞬間、ぐぐぐと少年の腹の音がなった。
少年は恥ずかしそうに腹を押さえた。
昼は随分前に過ぎたはずだが……。
「昼飯食ってないのか?」
「昨日から何も食べてなイ。……お金が無くテ」
俺は空飛ぶ気球を見上げた。こんなすごいものを作れるのに、金がないのか。
「なあ。昼飯おごるよ。その代わりもっと話を聞かせてくれ」
少年は俺を懐疑的な目で見た。
「何を企んでるんダ」
「企んでるっていうか……、もっとうまく空を飛びたいんだよ。今の方法は疲れる」
俺はそういいながら、『マジックバック』から鞘を二本取り出した。
少年はぎょっとしてそれを見ていた。
「お前、金持ちだナ」
「え? ああ、これ? 貰い物だよ。俺は金持ちじゃない」
俺はそう言うと、魔法を使ってぴょーんと跳んだ。
少年は唖然として俺を見ていた。
ひとしきり跳び終えると、少年のそばに降り立った。
「疲れるんだこれ」
「……お前……人間なのに、魔法が使えるのカ? あ、『マジックバック』も開いてタ……。そんなに魔力があるのカ。属性もあるし」
「まあ、そうだけど」
「羨ましいナ」
少年はちらと俺を見て言った。
「つい最近までこの魔力のせいで大変だったんだよ。魔力中毒症でね」
「そうカ。人間ならそうだよナ、普通」
少年はうなずいた。
「お前、変なやつだナ」
「それは俺が一番良くわかってる」
俺が笑うと少年も微笑んだ。
「昼飯おごってくレ。お前の話も聞きたイ」
「ニコラだ。よろしく」
「クロード」
少年はそう名乗って、俺と握手を交わした。
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