第40話 一つになる

(カタリナ視点です)


 時は少し遡ってニコラが上空に跳び、森を越えた翌日。

 私は親指の爪を噛んで苛ついていました。


――いらねえよ。とっとと失せろ。


 その言葉が私の頭の中に響いていました。


 今までどれだけ私が惨めな思いをしていたか、彼は知らないんです。

 あなたのせいですよ、ニコラ。


 ずっと体が弱く、アビリティをろくに使えなかったあなたと契約させられたせいで、私はずっとずっと惨めな思いをしてきたんです。

 その償いはするべきです。


 契約できないのはわかりましたが、それでも私と契約するために体を治す努力をするべきです。そうでしょう?


 周りでは騎士や冒険者たちが調査のために動き出しています。

 ニコラが森の向こうに行った昨日の調査はなんの収穫を得ることも出来ませんでした。

 武力実力主義の騎士たちは手柄をあげようと躍起になっていて、今日こそはと己を鼓舞していました。


 私はブツブツとつぶやきながらライリーのところに戻りました。

 彼は今、馬車の中でゾーイと二人きりでいるはずです。


 最近本当にひどい。ライリーは私のことをほとんどいないものとして扱っているような気がします。新しいママのゾーイに甘えてばかり。苛つきます。


 私は馬車に近づくとどんどんと扉をたたきました。


「ライリー、皆さん動き出してますよ?」


 しかし、反応がありません。

 何度かドアを叩きましたが、同じです。


 怖気づいたんですか?

 私はドアに手をかけました。

 

 ドアはすんなりと開いて、私は少し体勢を崩しました。

 わずかに開いたドアから見える馬車の中は真っ暗でした。窓のカーテンはすべて閉められていて、入り口からの光がわずかに足元を照らしていました。


「ライリー?」


 私はドアを完全に開いて、青ざめました。


「ああ、カタリナ」

 

 そこにいたのはゾーイだけでした。彼女は体が一回り大きくなっていて、馬車の中で少し窮屈そうにしていました。

 私が後ずさると彼女は馬車のドアをくぐり抜けて外に出てきました。


 ものすごくというわけではありませんが、絶対に大きくなっています。

 彼女は舌を出して手をなめました。

 そこには赤いものが……。


「ライリーは……ライリーはどこです?」

 

 私は震える声で尋ねました。

 とにかく、怖かったのです。嵐の前の静けさとでも言うのでしょうか。

 ゾーイは目が据わっていて、私を見ているのか、遠くを見ているのかさっぱりわかりませんでした。


「一つになったんだ」「そう一つになったの」


 二つの声が聞こえて来ます。

 一つはライリーの、一つはゾーイの。

 ライリーの声が言いました。


「とても気持ちがいいよ、カタリナ。ずっと抱きしめられているみたいだ。ふわふわして、高揚感があって、何でも出来る気がするよ」


 ゾーイの声が言いました。


「私達は理想に近づいたの。雌雄同体の姿になった。アビリティ……いえ、魔法だって使えますよ」


 ゾーイは右手を突き出しました。彼女の目の前に突然剣が出現します。それがゾーイ自身なのかどうかはわかりません。

 彼女はその剣を構えました。


 瞬間、私の体に激痛が走りました。私が呻いてうつむくのと、ゾーイが地面に向けて剣撃を飛ばすのが同時でした。

 ないはずの骨が悲鳴を上げてきしむような音がします。

 ないはずの内臓が腹の中で裏返っているような気持ち悪さがあります。


 見ると剣撃は広範囲に渡って地面をえぐって草や土を掘り返していました。明らかに今までより強力になっています。

 ゾーイは少し不満そうな顔をしました。


「ダメだね。やっぱり魔力量が足りないや」

「でもすごい力だよ」


 同じ口で、ライリーが話します。一人で喋っているので奇妙な感じがします。

 ゾーイは私を見下ろしていいました。


「苦しい? そうだよね。ライリーと契約してるんだもん。苦しいよね」

「なんです、これは……」

「この姿になるとね、私以外の契約を排除しようとするみたいなの。体に入った異物を追い出そうとするみたいに。だから私達が魔法を使うたびに、あなたにはものすごい苦しみが襲うことになる」


 私は恐怖しました。

 さっきの痛くて苦しいのが、アビリティを使うたびに何度も?


「嫌です……魔法を使わないでください」

「それは出来ないよ。だって僕たちはこれから、兄さんを殺さないといけないんだもん」


 ライリーが当然のようにそういいました。


「は?」

「兄さんは僕に呪いをかけたんだよ。水の属性がなくなって魔力が少なくなったのは兄さんの呪いのせいなんだ。だから殺すんだよ」

「あれは、アニミウムのブレスレットのせいだって、説明され――」

「うるさい! 兄さんのせいなんだ! 僕に口答えするな!!」


 今度はライリーがアビリティを使ったのでしょうか。そう考える間もなく、苦しみが全身を覆い尽くしてしまいました。


 肋が内側に折れて内臓をかき回しています。息ができない。頭の中で何かが膨らんで目玉の後ろから圧迫しているような感じがします。

 私には臓器なんてありません。けれどそうとしか形容できない痛みが苦しみが体を駆け巡りました。


 私は悲鳴を上げました。


「これは呪いのせいなんだ! いいな!?」

「わかりました!! だからやめてください!! 痛い痛い!! ヤダ! 苦しいのはヤダ!!」


 ふっと苦しみが消えましたが、全身がまだじんじんと痛みます。

 私は地面で体を折り曲げて、荒く呼吸を繰り返しました。


 誰か……誰か、助けてください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る