第3話 健康になった!!

 はっと目を覚ましたとき、自分がどこにいるのかわかっていなかった。


 死んだと思っていたがそうじゃないらしい。


 俺の体は流されていたのか川中にあった大きな岩場に引っかかっていて、下半身は完全に水に浸かっていた。あたりは完全に森で、全く見たことのない場所だった。


 俺は咳き込んで、大量の水を吐き出した。呼吸できていたのが不思議なくらい水が出てきてびっくりした。


 でてきた水は妙にキラキラとしていた。まるで金属光沢みたいな……。


 ああ、これ『死の川』だ。


 大量のアニミウムが含まれた水の流れる川。絶対に近づいてはいけないと遠い昔、母に言われた気がする。


 水飲んじゃったよ。まあ、アニミウムを投与された今はもう関係ないけど。


 体中が冷え切っていて、慌てて立ち上がるとガクガク震えながら岸に向かった。川の深さは腰くらいまであったがそれほど流れは速くない。ゆっくりと歩いて岸にたどり着いた。


 寝間着を脱いで投げ出し、下着姿になると自分の体の細さが良くわかる。肋は浮いているし骨と皮だけみたいだ。


 よくこんな体で川を渡ってこれたな。


 そう思った瞬間いろんなことに気づいた。


「あれ?」


 まず、頭痛がまったくない。今まで慢性的にあった痛みがスッキリとなくなっていた。こんなに頭が軽いのは初めてだった。


 それから、息苦しさもない。流石に寒さで顎はふるえているものの、息を吸うときにあったゼエゼエという不快な音がしないし、少し吸い込むだけで胸の底にまで新鮮な空気が入り込んでいる気がする。


 腹痛もなくて俺は背筋を伸ばした。なんだかとても視線が高い気がした。


 すべてが快適で俺はしばらく寒さを忘れた。


「何だこれ。体が軽い!!」


 今まであった苦痛が嘘みたいに、なにかから解放されたように俺の体は軽かった。


 ずっと願っていた体がそこにはあった。


「すごい!! なんでだ!?」


 俺は考えて、一つの答えにたどり着いた。


「……アニミウムのせいだ」


 俺は裏切られてアニミウムを注射される直前まで読んでいた本を思い出した。


 エルフや獣人は魔力を循環する器官があって、魔力が一箇所にとどまっていないから魔力中毒症を起こさない。


 いままで、俺の体には大量の魔力があるくせに一箇所にとどまっていた。


 だが、今、俺の血管には、体内には、大量のアニミウムがある!!


 そして、アニミウムは魔力を伝達する!!


 つまり、俺は魔力が循環する器官を擬似的に作り出したんだ!!


 ああ、俺は……。


「俺は新しい人生をこの体でやり直せる」


 辛くて苦しい毎日だった。真っ暗で茨だらけの洞窟の中を裸足で歩いているようなそんな毎日だった。


 その道を抜けて俺はようやく太陽の下に出られた。そんな気がした。


 俺は無一文だったし、着の身着のままだった。もう貴族ですらないただの16歳だ。


 けれど、生きていて、健康だった。


 ただ、そのことに感謝をした。


 次こそは幸せな人生を歩こう。


 そう思った。




 けど、俺は半裸で、しかも風が吹いてきて急に鳥肌が立った。


「ひいい」やっぱり寒いものは寒い。


 俺は濡れたままの服を手に取ると、風を凌げる場所をさがして、あたりに鬱蒼と茂る木々の中に足を踏み入れた。しばらく歩くと洞穴のような場所が見つかった。なんかかすかに光ってるけど気にしない。


 俺はいそいそと中に入った。


 洞窟の中は深くて広かった。壁が光っているのかどこまで行っても視界が良好だ。


 火を起こそうと思ったけど、この洞穴、奥に進むとすこし温かい。


「火でも焚いてるのか?」


 洞窟をすすんで曲がり角を曲がると、通路の更に先にゆらゆらと揺れる光が見えてきた。


 人がいるのかもしれない。


 光源は通路を進んで更に曲がった場所にあるようだった。


 俺は早足で進んで声をかけた。


「すみません! 火を貸して……」


 曲がり角を曲がって、俺は目を見開いた。


 松明についた火はたしかにあった。


 だがそれを持っていたのは小さな緑色をした生物だった。


 ゴブリンだ。


 そこでようやく俺は気づいた。


 あ、ここダンジョンだわ。


 俺の胸くらいの身長のゴブリンは左手に松明を、右手に石でできたナイフのようなものを持っていた。火の光の下に浮かび上がった顔にはこぶし大の鼻がボンとついていて、くりくりしたつぶらな瞳がその上にポツポツとついていた。顔の上半分を見ればなにか小動物のように見えなくもなかったが、口は尖った黄色い歯がズラリと並んでいて、耳まであるんじゃないかと言うほど大きかった。はっきり言って台無しだった。


 ゴブリンは俺に威嚇するようにそのつぶらな瞳でにらみ、巨大な鼻にシワを寄せて口を開いた。


「グワゥ」とゴブリンはナイフを突き出した。


「危な!!」俺はぴょんと後ろにはねてそれをかわした。


 というか今気づいたが、ゴブリンはものすごい筋肉をしていた。つぶらな目からは想像できないほどパンパンに張った筋肉で俺を切ろうとナイフを振る。


 と、突然ゴブリンはジャンプをして、俺に切りかかってきた。


「うわ!!」


 俺は驚いて地面に転がった。ゴブリンが馬乗りになって俺の腹にナイフを突き立てようとしてくる。俺はゴブリンの手を掴んでさせまいと抵抗する。


 結果は明らかなはずだった。俺の細い木の棒みたいな腕で、ゴブリンの血管の浮いた筋肉に対抗できるはずがない。


 ナイフが俺の肋の浮いた腹に近づく。


 死ぬ!


 やっとやり直せると思ったのに!


 そんなのいやだ!


 やっと解放されたんだ!


「死んでたまるか!!」


 俺は全身に力を入れた。


 と、突然腹や腕に力がみなぎった。


 細い腕で、俺はゴブリンを押しのけただけでなく、壁に向かってぶん投げていた。


 ゴブリンは壁にゴシャっとぶつかって、ぐでんと倒れ込んだ。どうやら頭をぶつけたらしい。血がどくどくと溢れた。


「え?」


 俺は体を起こすと自分の腕を見た。ぶら下がるブレスレットも力のなさそうな細い筋肉も今までと変わらない。


 そしてこの力の感覚も。


 それはよく知っているものだった。いつもいつも練習をして、うまくいかなかったあの感覚だ。


「これ……《身体強化》だ」


 俺はアビリティを使用したときの感覚を思い出して再現してみることにした。暖かくなって力がみなぎるあの感覚。


 集中する。


 徐々に体が暖かくなってくる。


 今までまだらにしか強化できなかったのに、今は全身くまなく強化されている。寒さが全身から消えたことでそれがよく分かる。


「すごい。今まで何度やってもできなかったのに」


 高揚感があふれると同時に体を動かしたいというウズウズとした欲求が溢れてきた。


 腕を振って力が入っているか試そうとした。


 が、


「うわ!!」あまりに軽くて、腕がぐんと体の後ろまで回った。それにつられて俺の上半身が回転、転倒しそうになる。俺は慌てて踏ん張ったが、足も強化されていることを忘れていた。


 体が浮く。


 脚が頭の上、斜め上空に放り出される。天井、後方、地面の順に視界が移ろう。バック宙のように俺の体は転回して、地面に落ちてきた。当然着地なんて出来ずに、石の地面にうつ伏せに体がぶつかった。


「痛った!!」傷こそつかなかったものの、顔がじんじんと痛んだ。


 これは明らかにアビリティだ。サーバントもいないのにどうして……。


 ああ、そうか。


 俺の体には魔力が循環している。


 循環していれば魔法が使えるんだ。エルフや獣人たちのように。


 俺はもしかしたら初めての魔法を使える人間かもしれない!


 今までぜんぜん何もできなかったんだ。アビリティも使えない、運動もできない、本当にただ毎日が過ぎ去るのを見ていることしかできなかった。今度は違う。


 魔法を練習しよう。「何かができる」というだけで俺はわくわくしていた。


 寝転んだままそんなことを考えていると、通路の奥の方から声が聞こえてきた。


「コルネリア、さっき声みたいなのが聞こえなかった?」女性の声がする。


「どうせゴブリンだろ」男性だろうか女性だろうか、ハスキーな声だった。


 足音が徐々に近づいてくる。


 俺は立ち上がって、ゴブリンの松明を手にとった。まだ火はついていて、遠くがよく見える。


 彼女達の姿が見えてきた。


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