24 黒の直感・鎮魂曲

「――まさか……⁉」


 電話越しでシンがそう呟いていた。突然動き出した俺の行動に、シンは勿論本部まで慌ただしい様子になっていたが、そのシンの声も本部の慌ただしい音も、俺の耳には何も入ってこなかった。


 爆破まで、残り1分――。


 皆が困惑するのも分かる。俺だって未だに信じ難い。


 こうして銃口を突き付けている今この瞬間もな――。



「テメェなんだろ? ソサエティ最後の1人……」


 俺はどんな顔をしている?


 鏡がないからいちいち確認なんかしていられないが、俺がどんな表情をしているにせよ、テメェがその顔をするのは可笑しいだろうが。あぁ? 何“笑って”やがるこの婆。


「け、刑事さんッ⁉」

「何しているんですか!」

「何故お婆さんに銃をッ⁉」


 残った人達も困惑している。

 そりゃそうだよな。刑事がいきなりお年寄りの額に銃向けてるんだから。


 不気味な笑みを浮かべた後、奴は俺の目を真っ直ぐ見つめ返しゆっくりとその口を開いた。


「――ヒッヒッヒッヒッヒッヒッ。なんだ……遂にバレてしまったかぃ。良く気付いたねぇ」

「くだらねぇゲームは終わりだ。爆弾を今すぐ止めろ。頭撃ち抜かれたくなかったらな」


 婆さんの返事が返ってくる僅か数秒が、もの凄く長く感じた。


 残り30秒――。


「どうやら本当に終わりの様だねぇ。他の奴らも捕まったんだろう? ヒッヒッヒッ。惜しかったねぇ。まぁ十分楽しませてもらったよ。長生きもしてみるものだねぇ」

「グダグダお前の遺言聞いてる暇はねぇ。直ぐに止めなきゃ殺す」


 ――ガチャ……。

 ハンマーを起こすと同時にシリンダーが回転する。

 俺はそのまま再度引き金に指を掛けた。


 脅しではない。


 次止める素振りを見せない様なら撃つ――。


 そう思った瞬間、婆さんが何かを取り出した。


「コレが爆弾の停止スイッチさ。まさかとはね。ヒッヒッヒッ。年甲斐もなくゾクゾクしたよ。何十年ぶりだろうかねぇ」


 残り10秒――。


「さっさとソレ渡しやがッ――⁉」


 俺が婆さんから停止スイッチを取ろとした刹那、婆さんがまた不気味な笑顔を浮かべながら、スイッチを俺の後方へと投げ捨てた。


「テメッ……!」

「ヒッーヒッヒッヒッ! 楽しかったわぃ! 拾って間に合えば、正真正銘お前さんの勝ちじゃ!」


 ……チーン!


「――⁉」


 アイツいつの間にエスカレーターまでッ……!

 俺が数メートル先のスイッチを拾おうと走り出した瞬間、今まで止まっていた筈のエレベーターの扉が開いた。


 婆さんの姿を最後に確認したのが、そのエレベーターに乗り込む後ろ姿だった。


 残り5秒――。





「……間に合えッ……!」
































 ――ピッ……。



「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……!…………止まった……?」


 停止スイッチを拾ったと同時、直ぐにそのスイッチを押した。


 思いっ切り廊下に飛び込んだ俺はうつ伏せの様な態勢。持っていた銃と携帯も、いつの間にか手から離れ廊下に転がっていた。俺はそのスイッチを持ちながら、急いで落ちた携帯を手に取った。


「爆弾は……⁉ 爆弾はどうなった⁉」


 その問いかけに、直ぐにシンから返事が返ってこなかった。

 相変わらず、何やら慌ただしい音だけが聞こえてくる。


「お、おい……おいシンッ! 返事しろッ! 爆弾はどうなった! 碧木は無事なんだろうなッ!」








「――うるさいな。そんなに叫ばなくてもスピーカーになってるからちゃんと聞こえてるよ」

「シン……」

「よくやったな千歳! 爆弾は無事止まったぞ! 聞こえるか? 本部中からのこの“歓喜の声”が!」

『『ワアァァァァァァァァ!!』』

「安心しろ。碧木刑事も無事だ」

「よくやったわね黒野君!」

「遅いんだよ。また爆破してたらどうするんだ」


 山本さん……藍沢さんに水越さんも……。

 その声を聞いた瞬間、全身の力が抜けた。


「あ、やべぇ! 婆さんどうなった⁉」


 忘れる所だった。

 今さっきエレベーターに乗って逃げた筈。


「大丈夫だよ。ほら」


 シンはそう言って、携帯の画面で本部に映し出されている映像を映した。


<――妙な動きをするんじゃないぞ! そのまま両手を挙げてゆっくりこちらに来い!>


 そこには、シティホテルのロビーが映し出されていた。SATから送られているリアルタイムの映像。ここのシティホテルのロビーのエレベーターから、あの婆さんが両手を挙げてゆっくりと降りてくるところだった。


<よし。そのままこっちへ歩いてきなさい!>


 取り囲む様にSATが何十人も銃を構えながら婆さんを包囲している。映像が荒く見づらいが、婆さんはまたあの不敵な笑みを浮かべていた。そしてそれを見ていたシンが俺に話しかけてきた。


「完全に終わったな」

「ああ。やっとこの瞬間がきたみたいだ」

「シティホテルもセントラルタワーも無事。今待機していた警察が保護に向かってるよ」

「そうか。これで本当に終わったんだよな」

「現実だぞ千歳。これでやっと一真にもッ……<――待て! 貴様何をする気だッ!>


 突如SATの誰かが荒げた声を出した。

 よく見ると、婆さんの手には何か黒い物体が握られていた。


「ヒッヒッヒッヒッ」

<隊長! 目標対象の手に何か“スイッチの様な物”が握られています!>

「――⁉」


 なにッ……⁉ あの婆さんまさかもう1つ起爆スイッチを……⁉


「ヒッヒッヒッヒッ! 」

<動くな! 少しでも不審な動きをしたら発砲する!>


 そんなSATの警告を無視し、婆さんは両手を挙げたままゆっくり歩みを進めた。


<動くんじゃない!>

「撃ちたいなら撃てばいいわぃ。ほれ、どうした? 撃たぬのか?」

<隊長どうしますか?>

<やむを得ん。本部長! もしこれ以上警告に従わない様であれば、発砲許可を>

「ああ……仕方がないが皆の命を守る為。次の警告でも従わない場合は発砲を許可する」


 ちょっと待て。

 本当に爆破なんてする気なのか……?

 もしそのつもりならばとっくに押してもいい筈だ……。それに、俺に渡した方のこのスイッチは何だ? 実際に爆弾は止まったし、フェイクだとしたら一体何の為に――。


「……そうか。婆さんは初めから“そのつもり”で……」

「どうした千歳」

「シン! 直ぐに発砲を止めさせてくれ! 俺の勘が正しければ、婆さんの持っているスイッチはフェイクだ! 初めから婆さんは“死ぬつもり”だッ……『――バンッ! バンッ!』





 俺とシンの会話を遮る様に、乾いた銃声がその場にいた全員の耳に響き渡った――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る